
田辺聖子からずれてしまうけど、最近、ネガフィルムを整理していて、場所のわからない複数の写真を見つけた。古い護岸が見え、運河のような景色とメモから、兵庫区の中央市場あたりではないか? と思うようになった。兵庫県神戸中央市場のある埋め立て地の西側一帯が大輪田泊なので、神戸市ではもっとも古い港で、平安時代から築堤が行われていたはずだ。

新潟県新潟市西区五十嵐新川漁港周辺の生物・食物図鑑を作っていく。新川漁協に水揚げされる水産物は量的には多くないが、多彩であるし、おいしいものだらけである。新川漁港の周辺には磯や護岸もあるし、きれいな砂浜もある。多彩な生物がいて、そんな生き物とふれあえるのも魅力的だ。カレイやヒラメの仲間で、菱形の体に目が右の方だけにあって、右の方の体は茶色で、左側は白い。不思議な姿だけど、生まれたときは普通の魚と同じで目は左右についていて、大きくなるにしたがい、左目が右側に移動してくる。右側を表といい、左側を裏と言ったりする。北海道から九州北部の浅い砂や泥のある海底で暮らしている。新潟県では「くちぼそ(口細)」と呼ばれているのは、口がちっちゃいからだ。

念のために、ボクのデータベースは水産生物だけではなく、伝統的な野菜や加工品も含む。いろんなメッセージをいただくが、水産生物は我がデータベースの半分でしかなく、水産生物だけ調べていても水産生物は、まったくわからないということも明記したい。さて結構、麩が好きで、旅に出ると贅沢に生麩を買うこともあるし、常にあるもの、常備している焼き麩を買うこともある。特に焼き麩は全国に散らばっていて、様々な形態がある。滋賀県東近江市永源寺で、帰宅後の夜飯(よめし)用のミンチカツを買っていたときのことだ。揚がるのを待っていたら、滋賀県東近江地域の肉屋につきものの「丁字麩」が目に飛び込んできた。滋賀県では直売所に寄るたびに1袋買ってしまっているのが丁字麩であるが、今旅は、人に話を聞くための旅なので、慌ただしくて買い忘れてしまっていた。ミンチカツが揚がるまでの時間が、ボクには自分を取り戻すためのいい時間だった。

年年歳歳、6月には初ハモ、9月に名残のハモとなりにける、なのだ。あまりにも不器用なボクが、あまりにも不器用だと思い知るのが6月のハモで、さんたんたる仕上がりになり、これが8月になると結構やれるじゃないか? と思い、9月にはしゃりしゃりとリズム感よくハモが我が手中にあり、って感じになる。今季初ものはぎりぎりの合格点だとは思うけど、完璧ではない。落とし(ちり)も結構問題があるががんばった結果、及第点ではある。開いてていねいにていねいに骨切りをする。できるだけ、皮半分まで切れ目をいれ、身がひらっとするように切る。これを塩を加えた湯に落として身が開いたら氷水に取り、水分をきる。そのまま少し冷蔵庫で冷やし込んだもの。梅肉は梅干しをつぶし、すり鉢ですって、みりん少々を加えて、またすり、なので在り来たりすぎるものだ。ボクのハモの骨切りの腕はスカタンそのものだけど、山口県産活け、 全長90cm・1.04kgのハモがよかったので、助かった。思った以上に脂があって、口の中でちゃんとほろりと崩れて甘い。

境港は鳥取県最大の漁港で、川のような境水道の対岸は島根県である。巨大な魚市場があるが、この市場に並ぶ大方は島根県産の魚貝類なのである。だから今回の境港産のマアジも鳥取県の海域ではなく、島根県の例えば島根半島で揚がったものだろう。ちなみに今でも思い出す、すごいマアジがあって、それは島根半島の東端、美保関漁港に揚がったものである。さて、茶漬けを作るために、1尾だけ買って、刺身にしたら、いきなり全部を茶漬けに仕込むにはもったいない、そんな刺身であった。念のために冷凍庫で冷え冷えにした器に盛って、食卓に置いたら、それでも表面が溶け始めた。まさかこれが今季一番のマアジだとは、思いもしなかった。脂が豊かなだけではなく、強いうま味がある。まさかまさかで半身の半分を刺身で食べてしまった。これ、並アジ(通常流通)でいいの? と思うほどの、見事なマアジだ。

子供の頃から、親鶏が好きだ。ボクの生まれた徳島県美馬郡貞光町(現つるぎ町)の家から道路を挟んだ向かいが肉屋だったが、この硬い「かしわ」はなんとなく我が家に来るもので、昼ご飯のお汁(おつい)に入っていたり、親子丼(汁掛け飯)にしたりした。もちろんすき焼きは、ライスカレーと同じくらいご馳走だった。卵を産まなくなった鶏を「親鶏」というのだと思うが、買うのではなく親戚当たりからのいただきものだったのだ、と思っている。若鶏とは違ってとても硬い。硬いけど味がある。東京ではやけに店構えのいい、鶏肉専門店では手に入るが、近所のスーパーには売っていない。関西では鶏肉専門店にあるのは当たり前、スーパーでも手に入るし、肉屋にもある。だから関西に行って、見つけるとついつい買ってしまう、それが親鶏だ。今回は滋賀県東近江市永源寺のスーパー『八尾亀』で買った。これと東近江市『麸重商店』の丁字麩ですき焼きを作った。ちなみに関西の肉屋では卵(きんかん)は別売りで買わなくても済むが、『八尾亀』ではキンカン入りのパックだった。それにしても子供の頃からの親鶏好きはなおらない。甘辛く煮ながら食べるのだが、噛み噛みするのが楽しくてたまらない。いい味が割り下の地にいっぱい出て、それを丁字麩が吸い取る。焼きとうふも加えたが、丁字麩には敵わない。親鶏を買いに、関西に行ってもいい、くらい親鶏が好き、だと改めて思う。■鳥与 滋賀県近江八幡市安土町

鹿児島県鹿児島市、田中水産さんにスマをいただいた。うまかー! だった。スマは今食べ頃なのである。それにしてもこんなに脂ののったスマは久しぶりである。やはり、6、7月のスマはいい。今回の個体は全身がカチンカチンに硬くて鮮度が抜群によかった。鹿児島からなので日数がたっているが、水揚げしたてのようだ。スマ特有の皮下に厚みのある脂の層があるのだからたまらない。クロマグロの大トロの脂は上質でも胃の腑に強い負荷をかけるが、スマの脂は一向に腹に堪えない。酸味はマグロ類よりも弱い。だから口溶け感からくる甘味が強く感じられる。面白いもので日本酒よりもビールが合う。スマを頬張りながらぐいぐい飲めてしまう。

水産物を調べているが、水産物だけを食材として調べても、なんのもならない。余計に水産物がわからなくなる。野菜や加工品など水産物以外のものと水産物を合わせて料理するから、水産物がわかってくる。水産物だけを考えて作るよりもおいしいし、また常日頃のものとなる。さて、滋賀県東部の東近江市や日野町では年間をとおして「焼きとうふ」が売られている。これを使った郷土料理もある。中になまり節(キハダマグロやカツオの)と焼きとうふの煮物がある。これをクサヤモロの煮節で作ってみる。市販のなまり節を使ったものよりもうまい! とまでは言えぬものの、実にうまい。滋賀県東部の焼きとうふそのものがおいしいのもあるし、クサヤモロの煮節から出ただしがうまいのもある。二つの素材が合わさってともに別のおいしさを作り出している。毎日食べても飽きぬ味というとわかりやすいだろう。

淡路島の釣りサバ(マサバ)は有名であるが、まだ6月、体長35㎝・643g とやや小振りで脂はあまり感じない。1ヶ月後だと値が上がり始めるはずなので、このへんで1尾買うというのもある。ついでに言えば、ボク自身が脂脂といって脂ぎっていたときを過ぎているので、触った感じ、ボク好みだなと思ったのもある。念のために、人生いつまでも脂が乗り乗りの魚を好む、とは限らないのだ。釣り物で淡路は扱いがいいので、鮮度抜群である。さて、赤酢じめとワインビネガーでのマリネの二品を作った。ミツカンの「純酒粕酢三ツ判山吹」は刺身の酢洗いなどに常備しているものだけど、あまり酢じめに使ったことはなかった。我がデータベースでも十数回といったところ。久しぶりでもある。酸度が低く(ボクの感想だけど)こくがあり、香り高い。酢の鋭角的な味ではなく、マサバのうま味を引き出してくれる。七割方酢でしめたので、柔らかく、まず初めに少ないながらマサバの脂の甘さがあり、うま味が感じられる。柔らかいのは少ないながらも脂があるためだ。背の青い魚特有の微かな酸味が生の部分にある。粕酢での酢じめは我が家の定番になりそう。酒は「喜楽長 権座 純米吟醸 生酒(喜多酒造 滋賀県東近江市)」だ。

さて、神戸市岡本駅、谷崎潤一郎という文字が突然浮かんで、突然下車した。なんの当てもなく下車するなんて移動日だからこそ、できることだ。さすがに大正末年の面影はなく、駅の周りをぐるりと一回り。駅南側に見つけた建物に見覚えがあった。昔、魚貝類と無関係のいろんな仕事をしていたことが、こんなときに役立った。食パンで有名な『フロイン堂』である。通りすがりなので、食パンは無理として、店に並んでいるものをいくつか買った。田舎パン、カレーパン、バゲット、バターケーキだ。田舎パンとても味わい深く、ディスクにのせて、ちぎっては食べたが、ボク好みの味だった。

温暖化で急激に種を増やしているフエダイ科フエダイ属の魚である。昔から本州伊豆半島西岸以南に生息域を持っていたが、幼魚が多かったのではないかと思っている。現在では幼魚は宮城県でも見つかっているし、漁業的な対象となる成魚は房総半島・山口県以南に生息している。またインド洋・西太平洋の熱帯・亜熱帯・温帯域で見られる。フエダイ科の魚には深場にいるものと、浅場にいるものに分かれる。フエダイ属は浅場、汽水域にもいる魚である。フエダイ属は非常に種が多いが本種がもっとも北に生息域を持っていた。本種の地方名を見る限り、駿河湾以南は本種を指す呼び名があり、伊豆半島以北には呼び名自体がない。

密閉された茶碗蒸はお椀形のものが多いが、東北地方に点々と長方形のものが存在する。新潟県ではこれがお初である。お椀形よりもレトロな懐かしい感じがして好きだ。また、冷たいまま、このまま食べられるのでとても便利である。

舵丸水産のクマゴロウが利島沖で釣り上げてきたアオダイである。東京都、鹿児島県を代表する魚で、東京を始め関東の流通のプロの間では古くから知られていたが、未だ本種は一般にはマイナー魚そのものである。常に高値で取引され、引く手あまたの魚であるが、「青鯛」という地味な名前なので、目立たないのかも知れぬ。伊豆諸島に多く、これから水揚げ量も増えるし、味もよくなる。味がよくなると書いたが、正確ではないかも。年間を通して味が落ちないので旬がわかりにくい。これから食べる機会が増えるだけ、とすべきだ。まあ、ボクにとっては今年、3度目の刺身だが、自分で下ろして自分で食べたのは、今年初めてである。3度とも、まさに思わず踊り出してしまいそうになるほど美味であった。当然、この日の刺身も5切れ切って、5切れが消えるのが早かった。東京で白身の筆頭を本種としている料理人がいるが、なんど食べてもおいしいことから、安心して使えるのだろう。さて6月26日のアオダイは脂こそそこそこだったが、鮮度抜群なので食感が心地よく、多様なアミノ酸が生み出す、甘味が豊かだった。呈味成分だけではない、複雑だけど嫌みのない、甘味に思える旨味だ。今回は今までやらなかった料理を作るために手に入れたのに、刺身で大方終わってしまいそうで、恐い。酒は「喜楽長 権座 純米吟醸 生酒(喜多酒造 滋賀県東近江市)」だけど、本種の刺身にもやたらに合う。

1チャンネル2秒くらいしか見ないので、テレビは見ているんじゃなくて、いらいらしたときの、いらいら解消でしかない。ある日、イタリアの映像だろうか? パスタを片手で器用に食べているところだった。曖昧な記憶だが、『鉄道員』(違う映画かも)という映画でパスタを食べている光景があったはず。白黒画面で、ごっつい体つきの男性が、片手でまるで鉄棒を握るようにフォークを持ち。くるくると巻いて器用にパスタを盛んに口に運んでいる。見ていたらパスタが食べたくなった。八王子卸売協同組合、舵丸水産でパスタ用の魚貝類を探していたら、安いトリガイを見つけた。たぶん、売れ残りだし、時季も遅いからだろう、思った以上に安い。この内臓とひもなど、普段ぬたや湯引きに使わない部分を使ってカッペリーニを作った。貝類のパスタは我が家では定番料理で、簡単でおいしい。

新潟県で菓子屋巡りをしていると、やはり特色は中皮(ちゅうか)かな? なんて思う。もうひとつ感じるのは和菓子店なのに洋菓子を売っている店が少なくないこと。今回の『東まんじゅう』は下越でも最北にあるが、やはり中皮がある。レモン風味の白あんと、こしあんの2種。あんも生地もどちらかというと素朴である。『東まんじゅう』で買ったのは中皮こしあん、白あん(レモン)、田舎まんじゅう、抹茶まんじゅう、城山の月である。

ボクの先生、バングラデシュ人のエムディがアカツルムラサキ、アオツルムラサキはベンガル語(?)でプイシャクだ、と教えてくれた。エムディは赤の方がうまいという。ツルムラサキ科の野菜でほかにも種類があるのか、などよくわかっていないけど、食文化的には熱帯・亜熱帯のものだ。近年、とりあえず、言葉を教わり、魚貝類に使えそうな料理を教わりたいと思っているので、次はプイシャク料理を教わりたい。ベトナム人のオネエサンにも、ベトナムでも食べているのか、聞かなくてはならない。多国籍になって、市場は二倍楽しくなった気がするのはボクだけか。

八王子総合卸売センター、八百角で淡竹を買い、舵丸水産から勝手にクサヤモロを連れ帰り、煮節にしたことは前回書いた。ボクは季節が感じられる料理、昔から普通に作られてきた普通の料理が好きだ。カツオなどの生利節と竹の子、里芋などを煮るのは昔々からの家庭料理であるが、ときどき無性に作りたくなる。家庭料理の基本は簡単で、たいしてコツがいらなくて、短時間で出来ることだ。これをクサヤモロの煮節で作る。淡竹と煮節、醤油とみりん、酒だけの簡単な料理である。煮節・なまり節は山椒と相性がいいので、乾燥した有馬実山椒を加えている。たぶん、醤油が一般化した江戸時代には同様の料理が作られたであろう、普通の料理である。淡竹のよいところは「竹の子(孟宗竹)」よりも味があることだと思う。甘味は控えめながら、竹の子らしい風味が豊か。しかも一緒にたいた素材のうま味に素直に煮染まってくれるのもいい。淡竹を煮染めるほど、煮節からたっぷりうま味が出る。やや甘めに煮た、煮節が口の中でほどよく崩れながら、口の中にもうま味を放つ。不思議なことに煮節だけ食べてもおいしくはない。淡竹と交互に食べるからうまい。たっぷり食べられる、やや塩気の薄い味つけにしたが3日くらいは食べ続けられる。

サバ科スマ属スマは回遊性の肉食魚で最大で体長1m前後になる。インド洋、太平洋の熱帯域から温帯域に非常に広い生息域を持つ。国内では北海道でも発見されているが、山口県・房総半島以南に多い。スマという標準和名を知っている人は意外に少ない。今、全国的に標準和名を表示することが多くなっているが、それでもスマという人は少なく、もともと東京の呼び名だったスマは東京ですら使われなくなっている。岸上鎌吉(1867年11月29日~1929年)は標準和名「ヤイト」を提唱している。胸鰭の下に丸い点が並ぶのが灸(やいと)の痕に見えるためで、非常に呼び名としてわかりやすい。多くの地域で今現在も、「やいと」なので、この動物学黎明期の和名をそのままにしておけば混乱はなかったのだ。また、市場などでよく、「やいとがつお」、「すまがつお」と呼ばれることがあるのは、見た目がカツオに似ているため。また、古くはカツオ科(今現在はサバ科)の魚だったためでもある。

醤油味のだしにクルミを混ぜ入れて寄せたものは秋田県、山形県、新潟県で発見している。これににんじんやヒジキ、豆腐などを加える。新潟県では村上市でしか見つけていないが、他の地域にもあるのだろう。今回の「豆腐寄せ」は「道の駅 朝日みどりの里 農産物販売所」という直売所で買ったものだが、この村上市と旧岩船郡には面白い産物や食品が無数に見られる。やけに面白い地域なので通ってみたい気もするが、非常に遠い。

1928年(昭和3年)、田辺聖子は大阪府大阪市福島の商店街で生まれ、兵庫県尼崎市出屋敷、兵庫県神戸市異人館通り、同市湊川神社上、そして兵庫県伊丹市と居を移している。ある意味、田辺聖子は摂津のエトランジェである。湊川神社上(山に近い方が上、海に近い方が下)に住んでいたので、湊川の市場と隣り合わせの東山商店街にも来ていたはずだ。初めて歩く、東山商店街は非常に長く、また路地が木の枝のように伸びて、そこにも商店が並んでいた。雷と土砂降りの雨で、夕闇迫る商店街には人がまばら、ほとんどの店が閉まっている。途中、店仕舞い中の豆腐店『原商店』の方にご飯を食べられるところを聞く。商店街を奥に行くとロータリー(?)に行き当たり、そこに「うどん屋」があるという。店を選んでいる余裕はないし、だいたい食べ歩きなんてやったことがない。予めネットで調べたことがないので、旅先の食事は博打に近い。この日は伊丹市からして歩きに歩き、雨に打たれてまた歩きで疲れと、空腹で行き倒れてしまいそうだった。商店街を上ると奥の方に灯りが見え、「手打ちうどん」とある。砂漠でオアシスといった思いがこみ上げてくる。

昨年のお盆前以来の山口県、「瀬つきのあじ」が来ていた。山口県日本海側、長門・萩の中型船による巻き網でとったもので、脂質も10%以上という規定がある。ブランド化のよいところは漁業者だけではなく、出荷体制がブランド化以前よりもよくなることである。6月22日、舵丸水産にたどり着いたとき、すでに残り少なくなっていた。「兵どもが夢の跡」とはこのような惨状をいうのだろう、いいものから持っていくのは人の情というもので、残り物に福はなしだ。それでも1尾だけ選んで持ち帰った。山口県にとって理想的な値だったといっておきたい。ちなみに残りは少し値を下げて売られていくか、開きにするなどの処理がなされる。魚屋でひらいたものや、水洗いしたものを見つけたら、非常にラッキーだと思うべし。念のために、漁師さんと話をすると、仲卸で1㎏1000円だったら5㎏で5000円なんて話になる。例えば仕入れ値半分の500円(せいぜい7割くらい)だとして2500円はボロ儲けだろう、という。実は全部売り切ることはまずなく、ときにまったく売れないこともある。水産物はリスクの塊だというと、漁師は不機嫌になる。「瀬つきアジ」は売れ残るリスクが低いのは仲卸(魚屋)にとってもありがたいはずだ。消費者はこのような魚屋の機微を知ると、生活にプラスになる。ボクが食べたかったのは「アジフライ」だけど、念のために昼ご飯に刺身を作る。味見のつもりの刺身だったけど、実にウマスギ、踊り出したくなる味だった。クロマグロの大トロは口溶け感があって、甘く、口の中が濃厚な何かに満たされる。脂ののったマアジも口溶け感があって甘く感じるが、それ以上にアジ科特有の強いうま味が、甘味と口の中で徒競走をするがごとくだ。思わず、酒が欲しくなったが、ご飯、ご飯で、イケないことに一合飯となりにける。

八王子総合卸売センター、八百角の店頭に淡竹(ハチク)が並んでいた。魚屋に行く前に中くらいのを2本、バアチャンにお願いして確保する。淡竹はあまり大きくても小さくてもだめだ。八王子卸売協同組合、舵丸水産に行ったらクサヤモロが2尾並んでいた。寂しそうだったので連れ帰ってきた。これを煮節(生節)にする。煮節にはクサヤモロ、ムロアジ、マルソウダガツオなどいろんなものが使える。煮節の出来上がりはあんまりきれいではない。でも塩気の強い湯で煮上げたムロアジ属の魚は非常にうまい。マアジ属のマアジはおいしいことを誰でもが知っているが、ゆでたり、煮たりして、豊かなうま味が楽しめるのはムロアジ属なのだ。出来上がりを、尾の方を三分の一だけマヨネーズをつけて食べた。夜酒に食べたら、やけにおいしい。非常に豊かなうま味があり、小骨がないので食べやすい。さて、代金ゼロの生節で淡竹をたき、滋賀県日野町の焼き豆腐をたく。料理に関しては次回。

今回は道の駅で買ったが、「大滝豆腐店」は新潟県村上市から山形県鼠ヶ関に抜ける道、国道7号線沿いの板屋越という集落にある。村上市から北上すると商店もなく、昔はやけに寂しいところだった。1980年代、真夜中、ポンコツおんぼろシビックが故障したら、だれも助けてくれそうにない、なんて心細かったのが思い出される。今考えると、ただ通り過ぎただけ、だったのがちょっとだけ心残りだ。確かこのあたりは「しな布」で有名ではなかったか?今回の「大滝豆腐店」の豆腐は「栄養豆腐」とも言うのだと思うけど、この大きなチューブ型の豆腐を見つけると必ず買っている。「充填豆腐」には直方形の牛乳パックに入ったものもあるし、普通の豆腐型もあるけど、このチューブ型がいちばんかわいいし、おいしい。たぶんチューブと充填機がセットになって日本各地に普及したのだと思う。青森県、山形県、岐阜県で見つけて、すべて「栄養豆腐」だったが、今回はまったく同じ物なのに「手づくり豆腐」でしかない。イラストがやけに懐かしい。

ハタ科アカハタ属の魚だ。ハタ科の中でも小型である。古くは本州中部以南という曖昧な生息域だが、現在は、本州以南に生息している可能性が高い。アカハタ属はハタ科の中でももっとも種が多い。南に行くほど種が多くなるが、アカハタはもっとも北に生息域を広げていた。関東では昔、地物のハタというと本種とマハタ属のマハタだったことがある。現在は北上しているが、昔、関東では伊豆諸島には非常に多く、まとまってとれる魚だったが、相模湾北部に、いることはいるがとても少なかった。駿河湾、遠州灘、紀伊半島なども産地だったが、最大の産地は九州だった。

1ヶ月に1㎏くらいの緑番茶を飲む。煎茶は200gほどで、ここに自分で焙じた番茶も加わるので総量は不明だ。700㏄の薬缶に3杯の緑番茶と、450㏄の急須1杯の煎茶、1.5ℓの焙じた番茶なので、ボクの体の多くはチャノキでできている。

赤道直下、ポキは小さな怪しい店でたむろしていた無国籍な人たちに教わる。フィリピン人の発音ではポキでミクロネシア生まれの男性は、どちらかというとポケだった。(逆だったかも)通訳は沖縄に出稼ぎに行ったため、日本語が話せるフィリピンの優男だが、ボクの特技は言葉がしゃべれなくても仲良くなれることなので、通訳以上のことが読み取れた。ポキは生で食べられる魚(なんでもいい)を細かく切って、ごま油とねぎなどでマリネする。ねぎとごま油が基本だけど、ねぎは熱帯では非常に高いのでティティレム(?)という葉を使うこともあるらしい。ポキはルール無用の混沌とした料理なので、あれがいいとか、ベストだとかくだらないことは考えない方がいい。作ったものは総て正解である。長崎県産天然ブリ・切り落とし(236g・税込み431円)で2品だけど、まずはポキを作った。ねぎとごま油と、ミニトマトだけの非常にシンプルなものだが、醤油を利かせると、結構うまい。今回はバゲットのスライスですくってはスエーデンのウオッカ、アブソルートの水割りをやり、またすくっては水割りをやる。醤油を使っているのに、なぜかスピリッツに合うが、たぶんこれは醤油多めで塩分濃度が高いからだろう。ミクロネシアかどこかの島生まれの男性にもらったトウガラシ(熱帯に多いキダチトウガラシ)のペーストを、楊子の先くらいの量つけると、ぐんとおいしくなる。量を間違えると地獄に落ちるけど、最小限でツンとくるくらいだとやけにうまい。考えてみるとブリである必要があるか、といえばない。ブリを堪能できたかというと、できなかった。生で食べられる魚だったら、マダイだってメジナだっていい。白身よりも赤身の方がいいけど、赤身でなければならない、ともいえない。ご飯にも合うのは、ポキ誕生に日本人も関わっているからだ。蛇足だけど、キダチトウガラシのペーストは非常に危険である。むしろタバスコやわさび、コショウなどの方が安全だと思う。

和歌山の「あじ(マアジ)」は関西では有名だけど、関東ではだれも「和歌山」に反応しない。大阪(大阪府大阪市)のすし屋さんなどで、「アジ 加太(かだ。和歌山市)」などとあると、さぞやと思うが、東京の人間には和歌山はみな和歌山でしかない。例えば最南端の串本で揚がろうと、箕島(有田市)で揚がろうと同じだ。だから今回の荷に「和歌山」だけではない情報があったはずだけど、舵丸水産(東京都八王子市)では、「和歌山がわかるだけで充分でしょ」となる。たぶんこれは豊洲市場でも同じである。和歌山県産は兵庫県淡路島産の半分以下の知名度しかない。「釣りアジ」なので、それ相応の値段であるし、単に和歌山県産だけとしかわからないのは残念だけど、ここ数ヶ月でもっとも上等な「あじ(マアジ)」だった。二日間に渡って刺身で食べた。その日に食べたら、不思議なことにあまりおいしくなかった。というか期待が大きかっただけに、落胆した。食感が強く硬いのである。翌日、食べたら激変していた。舌に触れた途端、ほどよい脂を感じたし、口溶け感もあった。しかも2日目なのに食感が心地よい。要するに下ろしているとき、2日目がいいと気づくべきだったのだ。我ながら修業が足りぬ。それにしても1切れの味が実に豊かである。満足度が高い。新潟県村上市「大洋盛 紫雲」がやたらにうまいが、「あじ(マアジ)」の刺身がうまいからかも。

我がサイト最大のテーマのひとつが地域性だ。地域性のある食べものだけではなく、言語も集めている。水産生物はそのほんの一部でしかない。ただ、昔、和菓子の名は集めていたけど、パンの名は集めていなかった。集めるきっかけとなったのが愛媛県伊予市だ。昔、愛媛県伊予市で好きでもないのに好奇心で「メロンパン」と「サンライス」を買った。関東の「メロンパン」と似ても似つかない、アーモンド形というか、昔の洋食屋さんのチキンライスの形をした「メロンパン」だ。ところが別のトレイに表面が少し硬い、例えば別の種類の菓子が張りついているような、パンがあって、明らかに関東の「メロンパン」に見え、後に食べたら間違いなく関東の「メロンパン」だったものが、「サンライス」だった。同市散髪屋(理髪店)で散髪してもらっていて、その話になって、神戸も同じですよ、と教わった。実際に神戸のパン屋さんに行くと、関東の「メロンパン」は「サンライス」で、神戸の「メロンパン」はカステラ生地のアーモンド形で白あん入りだ、というのを確認するようになった。ただパン屋によって少しずつ違いがある。

さて、まだ魚料理を作ったことのない人へ。けっして魚料理のハードルは高くない、とにかく作ってみなはれ! という話である。やたらに通ぶる人に限って魚をやけに選択的に食べていたり(魚を限定的に食べる行為は最低である)、たいして食べていなかったり、する。そんな偽物にはなって欲しくない。数打てば当たる、というか魚は日常的なものでしかないので、普段から食べるべしという話だ。ついでにもしも真の魚通がいるなら(まだ会ったことがないけど)、魚を食べた経験が多い人と=(イコール)である。ときに、この人、魚通かも知れないという人に会うけど、魚が好きで、日常的に食べているだけ、という人が多い。ひとりでも多くの人に、このような人を目指して欲しいものだ。マダイと言っても、今回のものは小ダイなので、非常に安い。安いけど、どんな料理にしてもそこそこおいしい。それがマダイのよさでもある。例えば、1尾で430円くらいなので、これで4人前(4回分)の料理を作り、おいしい時間を過ごせるのだからほんまに安い。さて、塩焼きは家庭料理の基本のキである。家庭料理は基本さえ学べばあとは自分流にアレンジするなり、しないなり、好きにすればいい。脂のないときなどバターや、マヨネーズ、オリーブオイルで食べてもいい。さて、小ダイの二枚下ろしなので片身は骨なし、片身は骨ありで、骨のある方を塩焼きにした。焼き上がったら冷めるまで待つ。焼きたてよりも、冷めた方が好きだからだが、焼きたてが好きならアツツといいながら食べるといい。まずは手で食べるところだけほぐす。これを肴にちびりちびりと5勺ほどの酒を飲む。酒は新潟県村上市「大洋盛 金乃穂」で、夜酒だけど、仮眠のための酒だ。それにしても冷めたマダイの塩焼きとは、なんとおいしいものか。皮の香りが冷めているのにするし、香りなのに甘く感じられる。そして端的な、わかりやすい身のおいしさ。半分だけ食べて、残りは翌日にご飯に炊き込むはずだった。困ったことに朝、仕事をしながら、お茶を飲みながら完食する。

新潟県新潟市西区五十嵐新川漁港周辺の生物・食物図鑑を作っていく。新川漁協に水揚げされる水産物は量的には多くないが、多彩であるし、おいしいものだらけである。新川漁港の周辺には磯や護岸もあるし、きれいな砂浜もある。多彩な生物がいて、そんな生き物とふれあえるのも魅力的だ。マアジは北海道から九州までの沿岸に生息している。稚魚や若い個体は水深2mくらいの浅場にいて大きくなると沖に出る。成魚は寒い時季になると水深100mほどの深場に落ちていく。国内でもっとも人気のある食用魚で、マアジの嫌いな人はめったにいない。日本海側でマアジの産地というと、島根県や山口県が有名だが、新潟県でも素晴らしいものが上がる。新川漁港では水揚げもあるし、漁港で釣ることもできる。

フエダイ科フエダイ属フエダイなので、科・属の和名のもととなった魚でもある。フエダイ科全体を代表する魚のようだが、フエダイ科には膨大な種が存在する。沖合いの深海に近いところにいるもの、サンゴ礁にいるもの、汽水域にいるものもある。その中にあってフエダイは浅場にいる種の代表といった存在でしかない。フエダイ科の魚は熱帯域に多く、先にも述べたように魚類の中でももっとも繁栄しているグループである。一属であるフエダイ属でも未だに新種が発見されているので「約」がつくが、国内に26種以上生息しているはずだ。本種は魚類学的に長い混乱期があり、和名は非常に古いが、現在の学名がついたのは宮崎大学の赤崎正人によって1983年である。また、昔の多くの図鑑や魚類検索で「本州中部以南のサンゴ礁や浅い岩礁域」という曖昧な生息域がのっているが、これも発見された海域での話であり、漁業的には鹿児島県以南の魚だった。徐々に北上しており、2026年現在の生息域は日本海は青森県深浦以南、太平洋側では茨城県以南だ。ただし漁業的には太平洋相模湾、山陰以南である。フエダイ属には西太平洋の温帯域から南半球までの広い生息域を持つ種が多い中、本種は中国大陸までの狭い海域にしかいないのも特徴である。比較的浅い岩礁域やサンゴ礁域にいる魚だが、非常に大きくなる。体長70㎝近くなるというと、マダイなど1m近くなるではないか、と思われるかもしれない。ただマダイは左右に平べったいがフエダイは厚みがある。例えば体長60㎝前後を実見するとびっくりするほど大きく感じる。紫がかった暗色の体に背中の後半に小さな白い点があるので、産地によっては「白星ふえだい」とも呼ばれている。

麦飯と「はぐらうり」の醤油漬けというのも、夏、そのものだと思う。トラブル続きのけだるい朝に、かりこりとしゃきしゃきとした「はぐらうり」が体の火照りをとってくれる気がする。お茶の友として、そしてご飯の友とする。この場合、麦飯でなければ、もちろんボクだけの話だが、と思う。ウリ科の味の共通点は、ほの甘いところだと思う。あまり味がないのも特徴だけど、青い味というか名状しがたい味だ。しかも醤油との相性が抜群にいい。味よりもむしろ心地よい歯触りだとか、音だとか、がいいのかも知れない。「歯がぐら」つくようになった老人でも食べられるほど柔らかい瓜なので、「はぐらうり」だという。確かに食感がいいのに柔らかい。「はぐらうり」は雨除けのハウスくらいはあると思うが、基本、露地栽培だろう。無理矢理促成栽培することはない、はず。だから季節をテーマの中心としている我がデータベースでは、貴重だと思っている。

栃木県芳賀郡茂木町に和菓子屋が多い。そのどれもが魅力的であんこや皮などが申し分なくうまい。さて、関菓子店の名物は「おふくろまんじゅう」みたいだ。茶饅頭で、生地に黒糖を混ぜており、つぶあんで、実に素朴だ。

久しぶりに「あじ煮干し(マアジの幼魚の煮干し)」でとっただしで作ったつゆで食べる冷たい素麺がやけにうまい。マアジの煮干しは浅い味のだしになる。カタクチイワシの強くて、喉元を過ぎても残るというのではなく、あっさりしているのだ。ボクの故郷、徳島県美馬郡つるぎ町半田の杉本手延製麺の太めの素麺が、「あじ煮干し」のつゆにからむと、思いのほか深い味になる。みょうがを刻み、ちょっと贅沢だけど走りのすだちを絞り込んで、すすると名状しがたい味である。我が家で使っている煮干し類の基本はカタクチイワシ、ウルメイワシ、マアジだけど、マアジのよさをわかっていなかったかも。大阪に行ったら、煮干しを買いだおれするのだ。

八王子卸売協同組合、舵丸水産に静岡県下田産、並タカベ(体長20㎝弱)が来ていた。今や上タカベ(体長20㎝以上)は豊洲に行かないと見られない。それでも今回の体長18㎝は充分な大きさだし、決して安くはない。東京都民にとっては庶民的な味だったのに、いつの間にか手の届かない存在になっている。さて、タカベといえば塩焼きで、念のために作り方は下記に。残念ながら今回の個体は炎が出るほど脂があるわけでもなく、満足度はほどほどなれど、やはりうめーな、なんて落語の八っつぁん、くまさんのごとき言葉が飛び出してくる。落語の主人公が今の値段を聞いたら、べらぼうめ! なんて言いそうである。それでも食べないと夏が来た気がしないのがタカベだ。50年ほど前、神楽坂とか八重洲で炎を見ながら焼けるのを待っていたのが、ボクの人生の初タカベだけど、そんな景色も今は遠い昔のこと。昭和は遠くなりにけり(矢野誠一のまねなのだ)。タカベの味は独特の脂の味だと思う。鋭角的な例えばウニを思わせるような、硫黄系の風味のある脂が作り出す味というか、あれこれ言葉が出てくるが、説明すればするほど実の味から遠ざかる。小魚なのに強い味である。ついでにこの脂は皮近くに多いので、皮が矢鱈においしく、身もおいしいという感じ。初物は小さめだったのでビックリ仰天するほどの味ではなかったけど、その内、豊洲にいってビックリ仰天するくらいの値のタカベを買って、ビックリ仰天したい。もちろん合わせたのはサッポロの黒ラベル。

いろんなことが重なって道具類を整理した。持っている包丁を並べてみると、ボクの人生からすると二度と包丁を買うことがないだろうな、と思うほどの数だった。中に菜切り包丁(東京都下町では「なっきりぼうちょう」で、地域によって呼び名が変わると考えている)があって、秋田県横手市十文字町の朝市で買ったものであることを思い出した。朝市に店を出していた鍛冶屋の近田久さんから買ったもので、農機具である鍬や鍬は並んでいなくて、包丁だけを売っていた。並んでいたのは菜切り包丁と出刃包丁で、まあまあしつこく買ってくれと言われた末に、菜切り包丁を買う。刃渡り16cmほどの小振りのもので、2017年に買って一度も使っていなかった。せっかく発見したのだからと研いで、使ってみたらよく切れる。ただし数回使うと研ぎ直さなければならない。

八王子卸売協同組合、福泉で見つけたクロコショウダイは、我がデータベース、2個体目である。産地は大分県佐伯産で、体長36cm・1.8kgであった。成魚の北限は三重県熊野市というイサキ科コショウダイ属の仲間である。熊野市の前に成魚が上がったのが愛媛県愛南町で、豊後水道を挟んだ大分県佐伯市の四国側、北緯はほぼ同じだ。珍魚の定義は難しいけど鹿児島県本土以北では珍魚だけど、沖縄県で揚がったら食用魚でしかない。さて、2014年、鹿児島県鹿児島市の田中水産、田中さんに送ってもらったとき、刺身にしたら文句なしにおいしかった。卵巣が膨らんでいて、脂がさほど乗っていなかったためかも。それでも豊かな脂が口の中で溶けて濃厚だけど、素晴らしい味だった。ところが今年、2026年に食べたら、素晴らしいというよりも、味が強すぎた。前回の11月の抱卵個体以上に脂が強く、口に入れると硬いのに口溶け感がある。口溶け感からくる甘味も強く、魚らしい味はいちばん後にくる。今回は生殖巣が膨らんでいなかったというか内臓脂肪がつまっていた。脂という意味では最旬かも。

今回はあくまでも魚を普段食べない人のための話であるが、もっと小売店、スーパーマーケットや魚屋をちゃんと活用すべし、という話でもある。小売店で魚(水産物)を買うことは魚を学ぶことにもなる。もしもそこから上に踏み出したいなら踏み出してもいいけど、それ以前にたくさん水産物を食べるべきだ。ついでに魚(水産物)は上等なものでもダメなものでも、徹底的に食べてみないとわからない。取り分け、いいものだけを食べていると、水産物オンチになってしまう。かねがね天然の水産物をもっと日常に取り入れるべきだと思っている。その方が自然に優しいし、体にも、水産物の勉強すれば家計にも優しい。ついでにいうと、普通に暮らしている人は、魚を下ろす必要もないと考えている。例えば魚のための包丁・まな板だって不要である、という話もしたい。包丁などできるだけ買うな、と言いたい、要するに包丁を買うくらいなら、魚を買って〈魚経験〉を増やせ、だ。包丁を使う部分はスーパーがやってくれる。その親切度に違いはあるが、料理法まで教えてくれて、下ろしてくれる小売店が増えている。もちろん切り身になっていたり、水洗いしていたりというものは昔からあった。この社会インフラ(ちょっと大げさだけど)は、全国的に整い始めている。日本中のスーパーマーケットをまわっていると、それがひしひしと感じられる。魚料理はできるだけ小売店に頼り、できるだけ手間をはぶけ、だ。今回は近所で売っていた宮城県産の小ダイ(たぶん体長25cmくらいのマダイ)税込みほぼ430円を料理してみる。水洗い(鱗と内臓を取る)して、二枚(頭部を落として左右いずれかの身を切り取る)に下ろしている。骨つきと、骨なしがある。この骨なしをこってり「からめ煮」にしてみた。煮染めるのではなく、とろとろの煮汁をまとわせたといったものだ。思ったほど難しくないので、作りたい方は、下記に。さて、こってこての煮汁だけど、マダイの身を割ると煮染めていないので中は白い。これを煮汁をからめて食べる。マダイの身の味わいはそのままで、皮目の独特の風味すら感じられる。面白いもので、料理法としてはご飯の友だが、酒の友という人も多そうである。ボクはこの半身の半身を夜酒の友とした。430円の4分の1で、夜酒が飲めたことになる。合わせた酒は、「最近、灘の酒売っていないね」、という好奇心だけで買った「白鶴大吟醸(白鶴酒造 兵庫県神戸市)」。大吟醸なのに非常に安く、可もなく不可もなくという味だった。

1928年(昭和3年)、大坂市福島生まれの田辺聖子は大阪府大阪市福島の商店街、兵庫県尼崎市出屋敷・三和市場、兵庫県神戸市異人館通り、同市湊川神社上、そして兵庫県伊丹市と居を移している。ある意味、田辺聖子はエトランジェである。1924年(大正13年)、神戸市元町生まれ陳舜臣が一時住んでいたのが異人館通りだ。神戸っ子の陳舜臣は、無国籍な神戸そのものの明るさと潔さがある。大好きなふたりの作家が暮らしていた異人館通りは通ったことはあるが、通り過ぎただけだ。だいたい観光地が嫌いなので、無理に行かなくてもいいかも、と三宮駅で考えていたら、急に当たりが暗くなる。北の方を見るとモクモクと雲が沸き立つ。そこにどーん、と重い地響きがきて、真横にいたオバチャンたちが「雷はんや」と騒ぎ始める。雨が落ちてきたと思ったら、車のボンネットがとんとんを音を立てる。驟雨沛然、ならいいが一向に雷はんも小さな雹混じりの雨も止まない。がんばって雨が上がるまで待ち、生田神社を抜けるとまた雨が落ち始めた。

魚ポチ、フーディソン(魚ポチ)の星野健一郎さんから愛知県蒲郡市で大形のコモンハタが揚がったと連絡が来た。今回のものは若いとき事故にあったようで寸詰まりだが体長53㎝・4.7kgもある。漁港の競り場には、もっと大形が写真には写っていたので、改めてコモンハタの大きさを再認識した。できるだけ大形のコモンハタを探しているのでありがたい。さて、刺身にもしたし、いろんな料理にしてみたが、最後に2回2種類のカルパッチョを作った。カルパッチョは本来、イタリア、ヴェネチアにあるハリーズバーで出された肉料理で、画家のカルパッチョに因む名だと、30年くらい前の専門料理(柴田書店)にあったはず。誌面を思い出しながら書くと、にんにくの香りをつけ、オリーブオイルを塗った皿に生の牛肉の薄切り並べて、上からとんとんとたたき馴染ませる。上から白いマヨネーズソースをかけるというもの。要するに非常に単純な料理だ。イタリア料理だというと大層なものに思ってしまうかも知れないが、魚貝類を使うと和食になる。イタリア風和食である。たぶんだけど料理店の、イタリア風和食カルパッチョよりも、自宅で作るイタリア風和食カルパッチョの方がうまい。しかもオコチャマが作るとなおうまい。魚貝類で作ると和食となるが、このイタリアのカルパッチョの基本的な作り方には従う、もちろんぼくはだけど、こととしたい。ちなみにカルパッチョはボクの師匠、当時小学生(今は高校生)にも教えたが、家の定番料理になっているという。たぶんオコチャマの方が発想が自由なので上手に作れるのだと思う。上に乗せるものは、本家本元とはなんの関係もないので自由自在、勝手にしやがれ! といった感じで作るといい。本格的なんてアホな言語は捨てて作るべし。カルパッチョの作り方は下記に。今回は上に乗せるものを変えて2種類作った。最初はディル、紫玉ねぎ、甘夏、ピンクペッパー。コモンハタの身は薄く切りつけてもうま味がある。そこに、ひと味足すとぐんを味がよくなる。基本的にはオリーブオイルと塩と果物だと思っているのだけど、肝心の果実である甘夏は酸味と薄皮の微かな渋味で、十二分においしいとは思うものの、ボクは甘いのが好きなので、もの足りない。

八王子卸売協同組合、舵丸水産、クマゴロウが銭州で大釣りをして帰ってきた。持ち帰った魚を見ると、ウメイロは数知れず、「おなが(ハマダイ)」だって大きいし、気になるメイチダイらしき魚も連れ帰ってきた。そこから選んで持ち帰ったのがボクにとっての今季初、ウメイロとなる。昔、夏になると白身魚がなくてこまっていたときに伊豆諸島から来るウメイロは多くの都内料理人にとって救いの神だったはず。ついでに言わせてもらうと、ウメイロはとってもかわいいのである。小さいという意味ではなく、コケティッシュというべきか? つぶらな目を見ているとついつい手が出てしまう。このウメイロも目立たぬ程度だが、入荷量が増えている。さて、ウメイロの刺身は東京では、今や夏の定番といったものかも知れない。東京を代表する魚となったのは、かなり昔のこと。伊豆諸島、小笠原から築地に魚が送られてくるようになった途端に知る人ぞ知る、となった。ただし量的には少なかった。それが入荷量が増えたのは流通が発達するとともに、知名度が上がったためだ。ちなみにこの知名度というのは流通のプロの間のことであって、消費者にとっては未だにマイナーな存在でしかない。今や夏の魚の代表格となったウメイロをまずは生で食べてみるといい。刺身はいつ食べても、何度食べても感激一汐の味だ、としかいいようがない。丹精な味わいで欠点がない。5月以降の個体は脂がのっていて、口溶け感からくる甘さがある。非常にうま味豊かで、後味がいいときては手放しでウメイロを食べていることに喜びを感じる。

ハタ科アカハタ属の比較的浅い岩礁域にいる小型のハタだ。生息域は琉球列島を除く本州以南の日本列島から朝鮮半島、中国大陸、南シナ海・トンキン湾まで。日本列島から真南に熱帯にまで生息しているのだはなく、生息域は西の中国大陸方面に伸びている。キジハタという標準和名は相模湾と駿河湾東部での呼び名を採用したもので、鳥のキジを思わせる文様があるからだ。ただ、この地域ではそれほど重要な魚ではなく、馴染みのない魚であった。むしろ「あこう」と呼ぶ地域の方が本種を珍重していた。これが関西から瀬戸内海にかけての地域である。

アオメエソ科のアオメエソ・マルアオメエソ問題には苦しめられた。あのようなものは大量に集めて、同じ船の50個体くらいを比較して、個体間でどれくらい変異があるかを調べればわかりそうなものだが、種をなくすというのは魚類学者にとってはもっとも難しいことのようだ。さて、今回のものは茨城県北茨城市のものなので旧マルアオメエソで、今やアオメエソだ。南の個体でついた標準和名が、北でついた標準和名を消したことになる。でも、北の呼び名、「目光」が全国で使われるようになっているので、南北名前では1勝1敗ともいえる。持ち帰ったらささっと鱗をなぜるように取り、頭と内臓も取る。水分をよくきり、片栗粉をまぶして二度揚げする。揚げ上がりに塩と五香粉を振る。もちろんコショウでもチリペッパーでもいいし、なにも振らなくてもいい。ということで、「目光」の定番料理、唐揚げにかぶりつきながら、ビールを逢魔が時に飲む。頭を取ったらら3尾で40gほどなので軽いおやつといった感じだし、まだ明るい内のビールは仮眠をとるため、なのでなんとなく自由な、よい時間が過ぎていく。それにしても1980年代、茨城県日立港で、船が出なかったので魚を買った苦い経験がある。そのときにオマケでもらった「目光」が、安すぎるという意味での未利用魚ではなくなっている、そんなことも思い出す。

6月4日は、台風一過で八王子綜合卸売協同組合、舵丸水産にめぼしいものはなかった。でも、このとき豊洲仲卸から、「これいらないか?」と魅力的な画像が送られてきた。こんなとき、東京豊洲と八王子の経済力の差を感じてしまうが、魚のないときの魅力的な魚の値は法外なものだった。。我が家でも災害が、もちろんボクのだらしなさからくる災害が起きていて、できるだけ手抜きの出来るものを探した。あったのは大形のカツオで、千葉県産と三重県産があり、三重県産のカツオを安いと言うだけでの理由で買った。もとは10㎏あまりで、これを4分の1にしてもらい持ち帰る。朝ご飯はカツオを乱切りにし、朝ご飯とする。ご飯をチンしていて思ったのは、白飯の時は過ぎているのに、白飯だということ。あわただしいので麦飯に切り替えるのを忘れたのだ。三重県産は脂はないよ、と言われたが、ボクにはどんぴしゃりのカツオだった。近年、脂脂したものよりも軽い酸味とうま味がけれんなく楽しめる、のが好き。にんにくとしょうが、走りの青ゆずを張り込んで、刺身定食にする。たっぷりカツオを食べて、5勺弱のご飯をくらって、時計を見ると午前9時となっていた。

1928年(昭和3年)、大坂市福島生まれの田辺聖子は小説、エッセイを読む限りでも、お上品なマダム的な店ではなく、福島の商店街、尼崎出屋敷・三和市場、神戸の湊川・新開地の市場が好きだったようだ。少しでも多くの市場を見てみたいと、岡本駅から王子公園駅で途中下車して、気がついた。そうだ、今日は水曜日だ。聖子を探す旅は市場旅でもあると、わざわざ市場最寄りの改札を出て、曜日が浮かび、同時に中華料理店があったという次第だ。12時前、その店は実に狭くカウンターだけの席はほぼ埋まっているように見えた。のぞき込んでいたらオカミサンらしき方が「席ありますよ」と指差して、おいでおいでする。手前のお客が少し体を反らせて、どうぞ、と言っているようだった。前日の夕方に軽く食べて、伊丹でしょうが天を1個だけなので、お腹と背中がくっついている。見たところ地元の人ばかりなのでへっこんだ腹が期待で膨らむ。いろいろ考えている余裕がないので、目の前の張り紙のいちばん上の中華丼とワンタン(小)にする。隣のオッチャンは小柄なのに天津飯大盛りなんて注文して、あいよ、という感じでカウンターの中のオヤジサンが大量のご飯を丼に盛り付ける。作り慣れて適当に力がぬけた感じがいい。オッチャンが1人で料理を作り、小柄なオカミサンは幅の狭い厨房を一二の三とタイミングをとって左右に入れ違う。それを見ているだけで待つ間が楽しくなる。ビールをお願いすればよかった、かと思ったけど、最近、昼酒はききすぎて困る。さてワンタン(小)がやってきた。空きっ腹なので急いで口に運ぼうとしてあまりの熱さに、レンゲが近づいただけでアツツとなる。ものすごく熱い。でも、フーフーを10回くらいして口に入れたスープがものすごくおいしい。

突き出しに煮た巻き貝は、とても一般的である。でも煮た巻き貝で夜酒を飲むことはめったにない。その日、深夜とまでは言えない、夜にほっと一息、酒を飲みたいけど、少しだけ何か、というときの何かがなかった。そこで「磯つぶ(エゾバイ)」の醤油煮、「煮つぶ」を肴とする。酒が主役に飲むのが夜酒だと思っているので、肴はさほど存在感を感じないものの方がいい。この場合の存在感は味だけではなく、ボリューム、歯ごたえも含んでいる。「煮つぶ」は存在感が強すぎる。しかもいちいちわずらわしいので酒に集中できない。失敗とまでは言えないが、突き出し(お通し)ならいいが、夜酒には向かないな、と思う。それでも「磯つぶ」の醤油煮は身(足)が柔らかく。わたには甘味がある。この、わたの甘味を伴う、ほくほくした感じがいい。次回は酒の初手に食べよう。酒と合わせるちょっとした「食べもの」の、ちょっとしたことに思い巡らせながら、新潟県佐渡の酒、「北雪」を5勺だけ。

昔、大阪府、兵庫県や岡山県の山間部で淡水魚の「はえ(オイカワ)」を焼き、弁慶(藁を束ねたもの)に挿して干したもの(焼き枯らし)をたきものに使っていた。この「はえの焼き干し」が手に入らなくなったところに、日本海のニギスを浜で焼いた「焼にぎす」が入ってきて、代わりに使ったみたら「はえ」以上にうまかった。以後、「焼にぎす」が山間部だけではなく都市部にも広がったという話を、大阪市での水産の集まりで聞いている。兵庫県美方郡香美町で「焼にぎす」を作っている『浜貞商店』のパンフレットに「焼きす、豆腐、ねぎの炊き合わせ」がある。現在では「焼にぎす」だが、古くは単に「焼きす」だったことがわかる。横道に逸れるが、最近、なんでもかんでも標準和名にすべき、とか標準和名が正しい名だとかいう愚か者がいるが、やはり本来の「焼きす」がいいと思っている。さて、消費地での話では、田辺聖子の小説、『朝ごはんぬき?』(田辺聖子 新潮文庫 1979年単行本 1982年文庫化)に「焼にぎす」のことが出ている。ちなみに田辺聖子は食通ではないが、食に関しては実にリアルである。食通以上に食のわかる人と言ってもいいだろう。1970年代、神戸市の普通の通念がこの会話に出ている。主人公、お手伝い兼秘書の明田マリ子が、小説家、秋本えりかの夫、土井氏に。「買物をしますが、何かお好きなもの、ありますか。———でも、お口に合うようなお料理ができるかどうかわかりませんけど……」「うーん。そやな。では……」と土井氏は起き上がった。「キスの焼いたのを串にさして売ってますなあ。あれを甘辛う煮(た)いて、そのおつゆで焼豆腐をたいて下さい……」明田マリ子はこの日、新しいスーパーではなく、その奥の市場で買い物をする。会話の中の「キス」はシロギスである可能性もゼロではないが、当時からシロギスは高級だった。とても市場で気軽に買えるものではない。明らかに、日本海から来ていた「焼にぎす」である。兵庫県神戸市湊川に住んでいた田辺聖子が通っていたのが湊川の市場である。この市場や商店街で作り方などは、市場で聞いた可能性が強い。この「焼にぎすと焼豆腐のたいたもの」を実際に作ってみる。まずは「焼にぎす」を酒・みりん・醤油・水で甘辛くたく(関西の料理なので煮るではなくたく)。「焼にぎす」を取り出して、今度は焼き豆腐をたく。ねぎなどはお好みで加え、炊き上がりを皿に盛る。浜で焼いたニギスから脂と濃厚な味が出る。甘辛くたいた「焼にぎす」のおいしさに驚くかも知れないが、本命は焼き豆腐で、味に滅法奥行きがある。また、内臓の入ったままたくと、こくのある味になるが、苦みが出るので万人向きとは言い難い。取った方が苦みが少なくて、ご飯などに合う。

比較的漁獲量が多く一般的なコウイカ類(体の中に貝殻の痕跡である甲を持っている)の中では本種は少しだけ評価が低い。昔、江戸湾(東京湾)にたくさんいたので東京都・千葉県西部で「真いか」と呼ばれていたのだけど、安くておいしいので庶民の味方だったはずだ。大方のイカが高止まりしていて、海は大荒れというときには、現(うつつ)に生きるボクにも、シリヤケイカは救いの神のようだ。シリヤケイカはコウイカ同様、刺身で食べることが多い。コウイカと比べられることが多いが、劣るのは食感だと思う。少し柔らかいのだ。ただし、イカらしいう複雑なうま味成分からくる甘味と、イカらしい風味が楽しめる上に、あえて言うと柔らかいのが好きならシリヤケが好きという向きもあると思う。

ボクの生まれた徳島県美馬郡貞光町(現つるぎ町)の商店街に1960年代、「ミンチカツ」があったのか、どうか記憶にない。ボクの家の前、狭い道路の向かい側が肉屋で、ときどき10円、のちに20円のコロッケを買って食べていたが、「ミンチカツ」は食べた記憶がない。ときどき泊まりに行っていた徳島市の親戚のおばちゃんの家は助任橋そばだったけど、ここで初めて「ミンチカツ」を食べた。「コロッケもうまいけど、ミンチカツの方がええなー」と思った。上京して江戸川区小岩に住んでいたとき、「ミンチカツ2つください」、と言ったら、「メンチカツ2つだね」と言われた。学校の隣の居酒屋でも「メンチカツ」だった。なぜ、関西とか徳島では「ミンチカツ」で、関東では「メンチカツ」なんじゃろう? と思ったものだ。そして今回の神戸旅、神戸市兵庫区東山商店街、『ほたかビーフ』で買ったのが、「ミンチカツ」と「牛カツ」だった。

田辺聖子を探す旅の伊丹市歩きは意外にも引っかかる点はほとんどなかった。阪急伊丹線伊丹駅からそのまま塚口駅まで南下する。ここで阪急神戸線に乗り換える。塚口は田辺聖子が学徒動員で通っていた郡是(現グンゼ)の工場があったところだ。滋賀県長浜市で田辺聖子と同年配の女性に、いかに学徒動員がたいへんだったか、というのを長々と聞いているが、田辺聖子の場合、比較的悲壮感がなく明るいのはなぜだろう? 田辺聖子の性格からだろうか?駅構内に天ぷらの店(薩摩揚げ)があるのが兵庫県らしいなと思ったが、すぐに電車がやって来た。阪急神戸線の運行本数は丸で山手線のようで、途中下車してもロスがない。あまりにも短時間で終わった伊丹市散歩で、少し時間があるので岡本駅で降りてみた。ここは谷崎潤一郎が多額の印税で建てた御殿のような家があったところだ。どんな町なんだろう? という好奇心と山手線なみの阪急電車の運行本の多さで降りた。参考文献/『花筏 谷崎潤一郎・松子 たゆたう記』(鳥越碧 講談社文庫)北口は住宅地でなにもない。南口にまわっても谷崎的なものはなにもない。短時間なので、近くまできただけ、に終わる。ただそこに『フロイン堂』があった。

ヒゲダイ科(イサキ科)ヒゲダイ属の魚だ。ヒゲダイ属の魚は皮膚が髭状になる。ヒゲダイはこの鬚が長く、本種ヒゲソリダイは短い。同属のヒゲダイとの混同があって、呼び名などでもどちらのものか判断つきかねるものが多い。ヒゲダイ属は魚類学的にも混乱期があって、標準和名・ヒゲソリヒゲダイ、ニラミヒゲダイなどもいたことになっている。また2005年まで学名的にも混乱があった。実際、並べてみると真っ黒なヒゲダイと縞模様のあるヒゲソリダイ、鬚の長いヒゲダイと鬚の短いヒゲソリダイを見間違う余地がないが、例えば1930年代などは比較的珍しい魚だったのかも知れない。本州以南に生息。琉球列島にはいない。生息域は真っ直ぐ南に琉球列島から南の西太平洋の熱帯域や赤道以南ではなく、朝鮮半島から台湾、中国大陸方面に生息域を広げている。

神戸市中央市場『財木商店』で平子ちりめん(マイワシ)を買った。煮干し、ちりめんには目がないので、見つけたら買うのがボクのならい。「平子」とはマイワシの稚魚、「しらす」ではなく、色素が発達して少し色づいた全長4㎝から6㎝くらいになったもののことだ。これを塩ゆでして放冷し、干したもので、そのままでも食べられる。単純そのものの料理、大根おろしと三杯酢で和えただけで、丸一日食べられる。三杯酢とちりめんだけ和えておくと数日にわたって食べられるので、そのつどの状況でやり方を変えるといい。彩りが地味というなら青みである、ねぎを散らしたり、きゅうり、赤ピーマンを加えたりすればいい。このようなありふれた何でもない料理が、急激に消滅しつつある。実はグルメとか食通が好むもの、はだれでも作れる低級なものでしかないが、地味な日々作り続けるものこそがいちばん難しく、いちばん大切なのだ。さて、ボクはこれを朝ご飯にちょぼっとつまみ、昼ご飯にもつまみ、夜は酒のつまみにする。平子ちりめんのうま味と三杯酢が合わさると、さっぱりしているのに強いうま味がある。数日同じものを食べても飽きが来ない。これはおかず、ではなく、食事時の合いの手、というか気分転換というか……。当然、意味もなくときどきにつまんでもいい。

田辺聖子は生まれも育ちも、その生涯も摂津の国の中で終える。大阪府大坂市福島は商人の町でメリヤス工場があり、日常のものは何でも買える商店があった。ABCホールがあったり、好きな居酒屋があったりで福島駅、新福島駅周辺は何度も歩いている。福島から兵庫県尼崎市出屋敷に移るが、ここも商店街があり、庶民的な町である。尼崎には今も三和市場が残っているが、それ以上に阪神ファンの町といった感じ。結婚後、一度、神戸市の異人館に移り住むが、すぐに湊川神社の上に引っ越す。「湊川神社の上」は、湊川神社よりも北という意味で山よりになる。ここなど完璧に商店街、庶民的な町だ。

大坂風(関西風)江戸前ずしを初めて食べたのは2000年以前、1987年だったことがポジフィルムが出て来たことでわかった。てっきり2008年の堺魚市場が初めての大坂風だと思っていた。大坂風のすしの食べ方の面白さにちょっとだけ感動した憶えがある。1980年代は「すし」を調べ始めたばかり、すし種は調べていたが、食べ方には考えが及んでいなかったことがわかる。大坂風江戸前ずしというのは、注文を受けると3個ずつ握っ(つけ)てくれ、粉わさびを溶かした醤油を塗って食べるというもの。粉わさび抜きの醤油も用意されている。2008年の時点で、3個握る店は少なくなり、「塗るのがお嫌なら皿出しまひょか?」と鶴橋のすし屋で言われた憶えがある。この粉わさび溶かし込み醤油を久しぶりに作る。店によって違うが、刺身醤油もしくは濃い口醤油に煮切りみりん、錬った粉わさびを合わせるだけ。大坂市都島のすし屋では直接粉わさびを醤油に溶く、と言われたが、溶けにくいので錬ってから溶いている。粉わさび直の方が香りがいい気がするので、これから数日かけて比較していきたい。

八王子綜合卸売協同組合、舵丸水産、クマゴロウが銭州から持ち帰ったハチビキは体長48cm・1.98kg だった。ハチビキは大きいほどおいしいが、このサイズはその大きさを満たしている。卵巣が少しだけ膨らんでいて、そろそろいい時季かも、なんて思う。またハチビキの脂の補給源はクロタチカマス科(クロシビカマス)やハダカイワシからのもので、独特の風味を持つ。ほとんど赤身魚のような身色の身を、刺身にしたら、思った以上に脂がある。層を作るほどではないが、身に混在して、身が柔らかい。舌にねっとりとからむ。ハチビキのうま味は赤い身に、カツオマグロ類のような酸味ではなく、脂以外のうま味成分が複雑にからみあった甘味があるのこだ。脂が豊かなのに後味がいいのも魅力だろう。銭州で釣り上げられた翌日なのでほどよい硬さも魅力である。酒は新潟県村上市の「〆張鶴 花」で、でしゃばらないところが、やけにハチビキに合う。

神奈川県小田原魚市場、二宮定置で泳いでいたイサキは体長33cm・665g なので大型である。この日はとにもかくにも、イサキだけは連れて帰りたいと思って市場中を探して、いちばんいいのが二宮定置の活魚だった。さんの水産さんに締めてもらって持ち帰る。下ろさなくても身質がわかる、と言ったものだった。これほど背中が膨らんだイサキとは、この時季にしか巡り会えない。当日の夜から、酒を用意して刺身にして楽しんだ。口に入れると、あれれと思うほど味がない。むしろ脂の口溶け感からくる甘味があり、しかも食感が強い。初日はとても食感の強い、という意味では完成された味とみていいだろう。

初めて「豚まん(ぶたまん)」を食べたのは、1970年のことだ。万博で大阪市内まで行き、会場に行く前に普通の食堂で食べた。当時、ボクの生まれた徳島県美馬郡貞光町(現つるぎ町)に「豚まん」はなく、当時テレビに出てくる言語、「肉まん」と「豚まん」の違い、にまで考えが及ばなかった。言葉が気になり始めたときなので、ノートに書きとめただけに終わっている。あまりにも普通の大坂の食堂の「豚まん」が、あまりにもおいしかったので、丼ものを食べているのに、2個も食べた。初めて神戸市垂水の市場に行ったときも「豚まん」を食べているが、これは今でも記憶に残る味だった。今回、神戸では、東山商店街で買った。有名な店ではないけど、ボクにはとってもおいしい「豚まん」だった。初、「豚まん」のときは醤油と酢で食べた記憶があるが、ボクはそのままでいい、と思っている。神戸の商店街の「豚まん」うまし。

ウルメイワシ科のウルメイワシは鮮魚で食べてもおいしいが、なんといっても加工品がいいのである。取り分け塩乾の丸干しなど「鰯三種(マイワシ、カタクチイワシ、ウルメイワシ)」の中でもウルメイワシがもっとも魅力的だ。今、ウルメイワシの丸干しの小振りのものを「小すじ(小筋)」という地域を探している。これが今回の、神戸旅のテーマのひとつだった。神戸市中央卸売市場、東山町、湊川で塩乾を売る店を見つけては聞いてみた。おどろくなかれ聞いた総ての店で「小すじ」という言葉が実際に使われていたのだ。聞いたそばから買い求めて、今我が家はウルメイワシの丸干しだらけとなる。ものすごい量なので毎日毎日、鉄のフライパンで煎っては食べているけど、まったく飽きが来ない。どれも干しが強いので丸ごとかりかりを食べられ、香ばしくて非常に強いうま味がある。

神奈川県小田原市、小田原魚市場を午前4時過ぎから見て回り、競りが終わるのが午前6時半過ぎである。そこから手に入れた魚を締めてもらったり、整理するなどをすると7時前になる。水揚げを見て競りに並ぶ魚をチェックするのはとても大変なので、腹が減る。港のおっかさんのところまで大急ぎで走る走る。この日の、市場人のための市場飯はイカフライだ。炊きたてのうまい飯とみそ汁にイカフライとくると、大盛りご飯が欲しくなるが、自分のために小盛りご飯だ。それにしても、おっかさんの作る飯はうまい。

アジ科メアジ属の魚である。メアジ属には2種いるが、もう1種のテルメアジは国内ではまだほとんど見つかっていない。メタリックな色合いで文様がなく目が大きい。この目が大きいことから東京などで目鰺と呼ばれるようになった。一見、「あじ(マアジ)」に似ている。違いはマアジの尾から頭部に繋がる硬く棘のある鱗、ぜんご(稜鱗)が尾に近い部分だけにしかないことでわかる。世界中の熱帯域、温帯域にいる魚で、今現在明らかに北上している。2010年くらいまで本州などにもいるにはいるが小型が多く、水揚げ量も暖流域に近い地域以外は少なかった。マアジのいない沖縄県では大衆魚として人気があり、一般的な食用魚だったが、当たり前だが昔、九州以北では馴染みの薄い魚であった。

新潟県新潟市西区五十嵐新川漁港周辺の生物・食物図鑑を作っていく。新川漁協に水揚げされる水産物は量的には多くないが、多彩であるし、おいしいものだらけである。新川漁港の周辺には磯や護岸もあるし、きれいな砂浜もある。多彩な生物がいて、そんな生き物とふれあえるのも魅力的だ。あまり知られていないが新潟県はイイダコの産地である。新川漁港にも春から初夏にかけて揚がる。イイダコは北海道南部以南の日本各地、浅い砂地に生息している。成長しても全長30cmくらいにしかならない小型のタコだ。

神奈川県小田原魚市場で揚がったチダイは体長22cm・311g と小振りではあるが、脂がのもすごく乗っていた。おいしいとは思ったものの手放しにうまいとは言い難い。室温で刺身の表面が潤むほどだと、刺身を食べた気がしない。別に年齢のせいではない。脂の多すぎるもの、味の重いものは、まずは刺身にして食べるには食べるが、一部は必ず、酢じめ、もしくは酢で洗う。我が家では酢はいろいろ試した挙げ句に、ミツカンの三ツ判山吹を使っている。いちばん手に入れやすく、しかも使いやすいからだ。しかも赤酢は滅法うまいというか、こくがある。赤酢で洗うと見た目は悪いのだけど、味のバランスが絶妙なのだ。脂が強く、口の中でとろけて甘い。魚自体の味が脂の強さに埋没しそうになると、赤酢が脂の暴走を適度に抑えてくれる。皮のうま味、皮下の脂の層、身の甘さがしっかりわかる。脂脂したものが好きな向きには、しっかり脂を楽しんで欲しい。ただほどよいうまさを望むなら、脂の強さだけではなく、赤酢のこくや、魚の真の味がちゃんと味わえる方がいい。それにしても時季のチダイは実にうまい。酒は村上市「〆張鶴 花」を5勺で、ちょうどいい加減だ。

神奈川県小田原魚市場に水揚げする定置網は何か統もある。そんな小田原魚市場水揚げの定置でも、5月29日にワラサ(ブリの70㎝前後)が大漁だったのは、神奈川県二宮沖の二宮定置だけだったようだ。相模湾北部という狭い海域であっても、とれるものは定置網の場所で変わる。さて、今回の二宮定置のワラサ、体長63cm・3.114kgを当日5月29日から31日まで刺身で食べてみた。活け締めにした日には硬い上に味がなかった。まずいか、というと噛めば噛むほど脂と味を感じるけど、本来あるはずのワラサの味がしない。これをおいしいと食べていった、人間がいるので、このあたりが難しい。

旅先のご飯は行き当たりばったりで、出たとこ勝負で食べている。当たり前だけど、ハズレも多い。2012年に新潟県村上市で見ず知らずの人に塩引き鮭をもらっている。そのあたりを歩き、家を確認したが人は住んでいないようだ。お元気でいらっしゃるといいのだけど。そこから駐車場にもどる途中の、大鐵商店で買い物をした。ついでに地元の人が食べに行く、店を聞く。それが『味処 天茂』で行ってみると焼きそば専門店だった。それなりに待った挙げ句に出て来たものはソース色ではなく、麺の色の焼きそばだった。焼きそば(玉子入り)なので麺の上に目玉焼きが乗っている。薄味のスープをつけるのが普通だと居合わせた方に教わる。

たぶん神奈川県真鶴町岩、岩定置に揚がったものらしき、口物(くちもの。いろんな魚が混ざったもの)の中に同定してみたいエソ(エソ科マエソ属)があった。エソ欲しさに『さんの水産』さんに競ってもらったら、中にチダイが混ざっていた。まさかこれが隠れた大スターだとは思わなかった。体長22cm・311g なので「春日子」とまでは言えないが、成魚というには小さすぎる。小田原では今、このサイズがまとまって揚がっている。チダイはこれからが旬なのでおいしいはず、と思って下ろし始めたら切った包丁に脂がまとわりついてくる。大急ぎで皮を引いて、刺身に切ると、表面がうるうると泣き出してきた。ていねいな盛り付けにしたいと思っても、指が当たると切りつけた身が溶けるので、ざっと大葉(青じそ)に乗せた。チダイの刺身は本来、上品な味なのに野蛮な味になっている。有無を言わせないうまさ、とでもいうべきか、猛烈にうまい。年寄りなのでこの脂には辟易するのだけど、後味はいい。それほど重い味ではないのは脂の質なのだろう。チダイらしい味はあまり感じられないが、ム、ム、これは特上の刺身かも。せっかく用意していた酒をおいてけぼりにして、瞑想にふける。

今神戸旅、兵庫区東山商店街、湊川では3軒で、「しがらき餅」が売られていた。3軒とも同じ形をしていて、きな粉が添えられていた。購った東山商店街『日乃出庵』で聞くと、道明寺(大阪府藤井寺市道明寺発祥とされる。もち米を蒸して乾燥して砕いたもの)を蒸して筒状にし、輪切りにしたもので、きな粉をつけて食べるという。須磨区板宿町の商店街では見ていないので、神戸市全域で作られているのかなどまったくわからない。味はもち米(道明寺)そのもので、きな粉の香ばしさと甘さだけで品のある味である。ただひとつ、腹にたまるのが残念である。菓子は別腹がいいと思う。さて、「しがらき」は『聞き書 大坂の食事』、大阪府大阪市天満に出ている。ほぼ同じものである。近畿地方すべての『聞き書シリーズ』を見たが見つからない。でも、なぜ「しがらき」なのかは、我が家の文献では見つけることが出来なかった。また旅で探すしかない。■日乃出庵 兵庫県神戸市兵庫区東山町

前回のページへ。・魚は近所のスーパーで 1 長崎県産キダイを食べる1尾買いすると様々な料理が作れる。小さくても1品だけではなく、2品、3品と作れるところがいいのだ。今回のキダイは1尾500円ほどなので2人前で、1品200円足らずしかかからない。スーパーで買い物をするなら、やってもらえることはできる限りやってもらい、生活に生かして欲しい。魚料理は、がんばりたい人はがんばってもいいが、できるだけがんばってはいけない。さほど大きくない魚の頭部は煮つけに限るといってもいい。煮つけにすると余すことなく食べることができる。ボクはそんなに魚っ食いが上手ではないので、こつこつ時間をかけて食べているが、それも忙しい日々の中で安らぎに通じる。魚の部位で皮がいちばんうまい、なんてしみじみ感じたりする。夏大根はまずいというのは品種改良される前の話で、最近は滅法うまいものが出て来ている。近所でとれた太めの大根のスライスが煮染まってやけにおいしいのも魅力的である。これで酒を飲み、仕上げには煮汁でご飯となる。

新潟県新潟市西区五十嵐新川漁港周辺の生物・食物図鑑を作っていく。新川漁協に水揚げされる水産物は量的には多くないが、多彩であるし、おいしいものだらけである。新川漁港の周辺には磯や護岸もあるし、きれいな砂浜もある。多彩な生物がいて、そんな生き物とふれあえるのも魅力的だ。マイワシは北海道から九州までの沿岸域にいる魚だ。「いわし」は本種、カタクチイワシ、ウルメイワシのことだが、中でももっとも重要なもの、イワシの代表である。一昔前には大量に水揚げされ、非常に安い魚の代名詞だったが、これが不漁になり、一時は高級魚になってしまったことがある。ここ数年、国内中で豊漁が続いている。ただしマイワシのシーズンは一定しない。新川漁港では水揚げされることもあるが、むしろ釣りの対象として重要かも。寒い時季を除いて、群れが突然新川漁港周辺に集まってくることがある。2026年春には新潟県のあっちこっちで釣り人は竿をだし、小一時間でバケツ一杯になるほど盛況だった。

書籍を新しい方法で処分したいと思って、整理し始めて一箱出来たとき、手にしたのが、『大阪弁ちゃらんぽらん』(田辺聖子 中央文庫)だ。これにて本の整理は終了となる。聖子の沼にはまって抜け出せなくなったのだ。そうだ、神戸に旅に出る、その2割でいいので「聖子を探す旅」をしよう! と思った瞬間でもある。聖子といえば、大坂市福島生まれ、兵庫県尼崎に引っ越しし、結婚で神戸市に移る。そして終の棲家が伊丹市なのだ。恐るべき量のエッセイに登場する酒の銘柄はそんなに多くはない。伊丹市に引っ越してからは「白雪」、「大手柄」、そして「老松」の3銘柄で、「大手柄」はすでに廃業しているようである。伊丹市の北部に鴻池という地名がある。澄んだ酒をもっとも早く17世紀に作り出したのが鴻池の鴻池家で、江戸時代の下り酒の嚆矢となる。これが酒どころ伊丹の始まりである。この鴻池の物語、藤山寛美で覚えた気がするが、そんなことはどうでもいいかも。落語には「鴻池の犬」というのもある。江戸時代も中期になりじょじょに灘の酒に下り酒の主産地の座を譲るものの、江戸時代最初の下り酒は伊丹だ。JR伊丹駅から、いかにも作り込まれた道を西に向かうと「白雪ブルワリービレッジ長寿蔵ショップ」というのがあった。白雪、白鹿、白鶴が脳の中でこんぐらがっているので、「白雪」を飲んだことがあるのかないのかわからない。大阪で「白鶴」を数年前に飲んだ記憶があるが後2つは曖昧模糊である。1本買っていこうと店内を見て、できれば試飲したいなと思ったけどやり方がわからない。声をかけようと思ったものの店員の女性達がおしゃべりに夢中であった。営業時間中の店員のおしゃべりくらいいやなものはないので、早々に退散する。ボクごときが退散しても影響はないと思うけど、非常にヤな気分になる。

もちろん西日本全域で言えることだが、取り分け今回の、神戸(兵庫県神戸市中央卸売市場)は、着いた途端、「焼きあなご買わなくちゃ」、と思ったものだ。神戸旅をする人がいたら、「お土産は焼きあなごがいいよ」と必ず言い添える。ただ今回の神戸市中央卸売市場は、久しぶりだったのもあるし、ときに市場人の疾走について行くだけでヤットコサで、じっくり「焼きあなご」を探している余裕がなかった。加工者から直接買いたいと思っていたもののできなかったので、仲卸で購った。焼いたのは市場近くにある和泉水産である。マアナゴを開いて、ほんのり塩味(しおあじ)をつけたものが「焼きあなご」である。なので温めただけで、そのまま食べるのが基本である。いつも1尾の半分くらい焼いて、キッチンバサミで好みの大きさに切って食べている。百パーセント酒のつまみである。このような、ちょぼちょぼつまむといった酒の肴は意外にない。酒を飲みながらたっぷり食べるという年ではないので、理想的といってもいいだろう。

八王子卸売協同組合、舵丸水産にいた「おこぜ(オニオコゼ)」は産地不明だった。産地不明の魚は基本的に買わないが、他になにもないので2尾締めてもらう。さて、帰宅後、市場の買い物を整理して魚の計測をし、撮影をしたら午前9時をまわっていた。ここ数日、昼夜逆転していて生活が乱れているので、数時間眠るつもりが眠れない。思い立って「おこぜ」を大急ぎで下ろして、背を割る。ペーパータオルにくるんで水分を抜いて片栗粉をまぶして、じっくり20分以上かけて揚げる。最初は低温で、2度目は高温で揚げる。揚げると身がぶわっとふくらんでくる。

次のページへ。・魚は近所のスーパーで2 長崎県産キダイで3品スーパーで買った連子鯛(キダイ)の半身を焼霜造りにした。三枚に下ろしてさえいれば焼霜造り(皮目をあぶって氷水に落として水分を切り、刺身状に切る)はとても簡単。今回のものは刺身にはぎりぎりの個体であったので、皮目を生かして造った。キダイは産卵期が春と秋2回あるので、夏に向けて旬を迎えている個体と、産卵後の個体が存在するが、今回の個体は産卵前で脂がある。いろんな料理を作るつもりなので値段的にも超お買い得だった。深夜酒の友にする。まずが皮の香ばしさにまずはうっとりするはずだ。皮下に脂があり、それが甘く感じられる。身にも脂が少ないながら感じられる。一切れの味が思った以上に大きく、上品でいながら味がある。まさかこれが500円の3分の1で作れるなんて思わないはず。総ての人には当てはまらないが、一般人は魚料理のプロにならない方がいい、魚料理はできるだけたやすい方法で、日々の中で普通に作るべし。

2023年11月、池尻大橋(東京都目黒区)で知り合いの女性に会った。たぶん40年振りくらいなのに、昔通りのデルモそのものなのにビックリした。パン屋から出て来たときなので、「またチョココロネ買ったの?」と聞かれた。確かに若いときよく買っていたのがチョココロネで、この記憶力抜群のデルモに呆れたが、元になった菓子の名前をボクのノートにドイツ語とカタカナでで書いてくれた。それが神戸市で売っているらしい「ケーニヒス クローネ」である。今回神戸行きを決めてから、それが本当に神戸にあるのかチェックした。あるにはあったけど、その会社のサイト、楽天以上に下品過ぎて見る気になれなかった。ちょっとは気品とか品性考えろよ、といいたい。ところが三宮駅を降りたら、そこに「ケーニヒス クローネ」があり、トイレのために阪急に入ったらここにもある。これも何かの縁だと思って買ってみた。食べてみたら全くの別ものだった。モスラ幼虫形ではなくカイコ形だ。構造的には同じだけどパンではなくパイであり、チョコレートではなくあんこだったし、とてもおいしいクリームだった。うまいんだけどどうにもチョココロネに結びつかない。たぶん「クローネ」が「コロネ」になったんだろうけど、「クローネ」がわからない。ミステリが好きなら貨幣の単位だと思うだろうけど、それじゃ菓子と結びつかない。要するにチョココロネはただただチョココロネなのね。

書籍を新しい方法で処分したいと思って、整理し始めて一箱出来たとき、手にしたのが、『大阪弁ちゃらんぽらん』(田辺聖子 中央文庫)だ。これにて本の整理は終了となる。聖子の沼にはまって抜け出せなくなったのだ。そうだ、神戸に旅に出る、その2割でいいので「聖子を探す旅」をしよう! と思った瞬間でもある。聖子といえば、大坂市福島生まれ、兵庫県尼崎に引っ越しし、結婚で神戸市に移る。そして終の棲家が伊丹市なのだ。JR伊丹駅を降りたら荒木村重の有岡城で、その先に見えたのが関西スーパーの鮮やかな金赤(マゼンタ・イエロー100%)の文字だ。関東では赤がくすみ、関西以西で赤はクリアで印象深くなる。

八王子卸売協同組合、舵丸水産に島根県浜田市から「どんちっちアジ」が来ていた。今年初めての「どんちっち」なので、買おうと思ったらほとんど残っていない。水氷の底の方からよさそうなものを選んで、通してもらう(会計する)。体長21cm・152gと体長24cm・207gである。大きい方を刺身にする。まずはブランド名の「どんちっち」とは? から説明したい。浜田市も含む島根県西部、石見地方で盛んに行われる神楽のお囃子の音からとっている。石見人にもっとも親しみ深い音からとったブランド名である。ブランド化に際しては巻き網船主やJF、浜田市、島根県などの脂質を計測する技術の確立を経て、脂質10%以上のものを「どんちっちアジ」としている。巻き網ものなので本来「並アジ」だけど、味は並ではない、ので値段もそれ相応である。

子供の頃から不器用と言われ、器用揃いの家族からは「ウチの子とちゃうんちゃう」とまで言われたボクの不器用は治らない。魚を下ろすのも野菜を刻むのもダメだし、うまくいかない。しかもバネ指の悪化で指が痛いし、思うように動かない。だから魚を下ろすときには、どんどんキッチンバサミを使い、妻作りには実家から持って来た売り物のベンリナーを使う。ちなみに半世紀前から持っていたベンリナーを半世紀ぶりに買い替えた。不器用だからこそ、包丁はよく切れないとダメ、なのでこまめに研ぐ。ボクは砥石を使っているが、シャープナーでもいいと思う。料理にルール、ベストという文字は無用。プロじゃないんだから、便利な物はなんでも使え、だ。昔は器用になりたいなと思ったけど、最近、不器用でよかったと思っている。器用な人は工夫しないが、不器用な人は工夫しないと魚料理は作れない。

フエダイ科フエダイ属の魚である。千葉県・福井県以南に生息している全長50㎝前後になる魚だ。古く関東などでは小型が多く、日本全国から魚を集めている築地(東京市場)でも入荷量の少ない魚だった。築地でも知らない市場人が多く、ある意味、マイナーな存在だった。それが2010年くらいから入荷量が急激に増えた。また関東でも大型が揚がるようになった。本種を語る前に、まずフエダイ科の説明をしたい。フエダイ科の魚は世界的にみても非常に種類が多く、熱帯から温帯にかけて魚類の中でも取り分け繁栄している科である。国内で白身の主流と思われていたタイ科の魚などと比べると、遙かに種も個体数も多い。温暖化で、タイ科の魚からフエダイ科の魚へと日本列島の白身の主流は入れ替わりつつある。これからますますフエダイ科の魚が流通上でも、小売店で見かける機会も増えていくはずだ。フエダイ科フエダイ属の魚は熱帯に多く、本州など温帯域には少なかった。それが急激に増えている。国内にまったくいなかったフエダイ属もいるが、昔々からいたものもある。ヨコスジフエダイは昔々から関東などでも見ることが出来た魚である。1980年代など相模湾などでも小型をよく見かけている。ただし関東周辺では幼魚やせいぜい20㎝前後が多く、築地などではときどき九州などからやってくるだけの魚だった。本種の標準和名であるヨコスジフエダイは非常に古い。体側にくっきりと走っているのは「横筋」ではなく、魚類学的には「縦筋」である。これは魚類学的には「縦筋」だが、例えば日本橋にあった魚河岸とか、関東の漁港では「横筋」と呼んでいた。そこにフエダイ科のフエダイをつけて「横筋笛鯛」となった。明治時代に始まった国内の魚類学では最初、実際に使われていた呼び名を標準和名にした、「横筋」にはそんな歴史がある。余談だが、もっと遙かに熱帯に近い海域にタテフエダイがいる。ヨコスジフエダイとそっくりで違いは筋の後半にある丸い斑紋だけ。タテフエダイが北上してヨコスジフエダイと市場に並ぶと非常に不思議、だと思っている。

三重県鳥羽市安楽島、出間リカさんにそのまま食べても味わい深いヒジキを送って頂く。鳥羽の海で刈り取り蒸した状態のもので、このままでも食べられる。ヒジキは夏近しを思わせるもので、ウグイスの声を聞きながら炊き込みご飯を作る。今回はやや長めにヒジキを切る。にんじんを刻み、油揚げを刻む。これを炊飯の用意が済んだところに加えて、酒・みりん少々(海藻の炊き込みご飯のときだけみりんを使う)・濃い口醤油で味つけする。後はたくだけだ。夏めいた時季のヒジキご飯ほどうれしいものはない。磯でヒジキ刈る乙女の姿が思い浮かぶ。たぶんだけど、ヒジキご飯は太らない、はずなのでおかわりしてもいいはず。安楽島のヒジキご飯で心は夏模様かも。三重県鳥羽市安楽島、出間リカさんと安楽島新鮮組のみなさんに感謝!

書籍を新しい方法で処分したいと思って、整理し始めて一箱出来たとき、手にしたのが、『大阪弁ちゃらんぽらん』(田辺聖子 中央文庫)だ。これにて本の整理は終了となる。聖子の沼にはまって抜け出せなくなったのだ。そうだ、神戸に旅に出る、その2割でいいので「聖子を探す旅」をしよう! と思った瞬間でもある。聖子といえば伊丹(方言漢字)だし、日本酒の「老松」、「白雪」、「大手柄」である。ついでと言ってはダメだけど、流転族のボクには偉大なる宮本輝だって住んでいるはずなのだ。目指すは伊丹市・神戸市なので、今旅は100パーセント摂津国の旅である。新幹線に乗って2時間15分ほど、大阪駅まで在来線で行き、福知山線(宝塚線)に乗り替える。尼崎をすぎたらカーブにさしかかる。心の中で手を合わせる。福知山線には今回初乗車だが、なんと15分で伊丹駅に着く。我が家から4時間と少しなので、旅をした気分には欠ける。

関西とか瀬戸内海周辺に行くと、必ず買ってくるのがハモの皮だ。ハモは高級練り製品などに使われる魚で、神戸だと「ハモの焼きとうし」というのがある。このすり身用の身をとったあとに残るのがハモの皮だ。加工品の「ハモの皮」はハモの皮を焼いて味つけし、刻んだものである。国産はめったに手に入らない。今回のものも神戸市の商店街で買ったもので、明らかに中国産である。探せば国産もあるだろうけど、あくまでも水揚げを見るための旅なので、そんな余裕がない。大坂の老人達はきゅうりの酢の物を「ざく」という。今回、町歩きしながら聞いた限りでは、神戸市では「酢のもん」だという。1袋100g程度はいったものを、きゅうりもみと合わせ、甘酢(酢・砂糖、今回は酢を殺すための少量のカツオ節出し)に漬け込んだハモの皮を和えるだけだ。塩もみしたきゅうりとハモの皮の塩気だけで、塩加減するので、きゅうりもみの塩出しはていねいに味見しながらやる。「ハモの皮ときゅうりの酢のもん」は、保存食でもあるので3、4日食べ繋ぐ。合わせたのは兵庫県伊丹市の「御免酒 老松 本醸造 上撰」である。田辺聖子になったつもりで、ちびちびと、「ハモの皮も国産じゃなければ、ならぬことはおまへん」とか言いながら食べる。中国産だとは思うものの、はやりハモの皮のうま味が出た三杯酢まみれのきゅうりはうまい。もちろんハモの皮もええ、味でありまする。

日本海富山湾のマイワシの荷が消えたと思ったら、今度は鳥取県境港からやってきた。鳥取県産となるが、産地は不明である。なぜか境漁港の半数以上はJF島根だからだ。島根の海域なのか、鳥取県の海域であがったのか、わからない。とりあえず島根半島周辺で揚がったものであることだけは確かだ。マイワシの脂は皮下に雪が積もったように乗るのだけど、今回の1尾は見事な雪景色であった。2尾とも一緒に盛り付けたが、圧倒的に1尾に脂があるのは見えるので当然としても、断然、雪積もる方が味がある。昨年の境港産は3月、4月に旬であった。今年は少しずれているのかも。二戦一勝というか1尾は最旬のマイワシで、1尾はまったくだめだった。このあたり魚選びは難しいものである。久々にうまいマイワシに真昼間っから、兵庫県伊丹市「老松 本醸造 上撰」をほんの少しだけ。

『テミスの不確かな法廷』にどっぷり漬かり抜け出せない。文庫本の第1巻がなんど読んでも面白いので、新刊本の第2巻まで買ってしまった。山口県山口市の地方裁判所(不正確かも)での、ASD&ADHD(少し勉強したい)の安堂清春にとっての主食がナポリタンなのだ。山口市というだけで惹かれてしまいのは、ボクがとっても山口市好きだからだ。そんなとき、市場に行ったらナポリタン用のスパゲッティ(ヘンだけど)が売られていた。ボルカノ食品のもので、太さ2.2㎜である。1.6㎜までは普通だが、ゆで時間15分なんてとんでもないスパはめったに見ることがない。確かに確か中学生だった頃、徳島県徳島市内、ボーリング場の喫茶店で初食いしたナポリタンのスパゲッティは太かった。山間の田舎育ちのボクにはハイカラな食いもんに思え、自分自身がハイカラな人間になった気がした。ある意味、ボクは素朴な中学生だったし、未だに食通になれない、よい気質は子供の頃からのものかも。安堂清春が好きなのは、薄いハムと玉ねぎ、ケチャップ味でサラダオイルのナポリタンなので、わざわざ薄いハムを買って作ってみた。ちなみにハムじゃなくてベーコンを使ったり、トマトピューレを足したり、オリーブオイルで炒めたり、しないナポリタンでなければならない。ピーマンを入れたが安堂清春は除けて食べないはず。ついでに安堂清春は粉チーズとかボクが大好きなタバスコなどは使わない気がするが、確信がない。再読して調べてみよう。懐かしい味がするし、これはボクにとっても日常的に欲しい味だ。また見つけたら買うつもり。

兵庫県神戸市、駒ヶ林魚市場で揚がったヒラを手に入れた。いろんな料理にした。刺身がおいしいのは当たり前だが、たいたヒラも魅力的なのだ。近所の直売所で買ったナスとたいた。神奈川県産ナスも無加温栽培となったようで、個人的には加温をやめたらナスの時季だと思っている。作り方は簡単だし、作り置きができるのがいい。ちなみに仕上げにしょうがの搾り汁を落としただけで、飾りっ気なしの、家庭料理そのまんまである。今年は木の芽が高いし、こればっかりはしゃーない。見た目は地味だけど、ヒラは舌に乗せるとほろっと崩れるくらい柔らかい。ヒラの強いうま味が感じられるし、皮目には脂がある。煮汁のうま味を十二分に吸ったナスだってご馳走である。生殖巣を膨らませた個体がたくさんとれるころ、今度は岡山を放浪してヒラを手に入れたいと思っている。5月中旬だというのに、やけに熱い。冷やしてあった新潟県村上市の「〆張鶴」をすごしにすごす。翌日の朝は煮汁だけでご飯を食べる。漬物と煮汁と、ご飯と野菜だけだけど、とってもうまいので久しぶりに一合飯となる。

兵庫県神戸市、板宿町の和菓子店には必ず粽(ちまき)と柏餅が並べておいてあった。新の端午の節句は終わったが、本来は旧なので新暦の6月初めである。神戸市ではいつまで売っているのだろう。「ちまきたべたべ兄さんが♪」が思い出されるが、徳島県美馬郡貞光町(現つるぎ町)生まれのボクは、子供の頃、かしわ餅(サルトリイバラ)は食べたことがあるが、粽を食べたことがない。粽にも地域性があるのかも知れない。

今回の神戸旅(兵庫県神戸市)では、神戸市中央卸売市場『かねいわ水産』、桝光晴さんに、お世話になった。さて、桝さんに見せて頂いたのが、渦巻処理である。文字では知っていた、渦巻協会の渦巻処理でああるが、実際に見たのは今回が初めてだ。と前回述べた。桝さんに提供していただいたのが、兵庫県淡路島岩屋で上がったマダイである。岩屋は淡路島だが、神戸にとっては駒ヶ林、垂水、須磨と同じように、前浜といっていいところだ。目の下一尺を分けていただき、処理した翌日、翌々日、処理して4日目と食べてみた。産卵場に集まるマダイを「魚島の鯛」というが、たくさんとれるという意味での旬である。扱い次第では他の時期よりも安く、しかもおいしい。さて我が家に到着したのは渦巻処理をした翌日である。もっとも単純な刺身(生食)で味わってみた。まず思ったのは、産卵直前の5月のマダイなのに食感がいいということだ。舌の上で存在感がある。締めて1日たっても神経まで抜くと味がないのが普通だけど、味があるのは5月のマダイだからだろう。秋から冬の個体は身が充実していて、張りがあり、強いうま味があるが、桜咲き、藤の花が終わる時季にかけて急激に味が落ちる。いかな天下にとどろく「岩屋の鯛」でも処理次第では食べられたものではないはずだ。それが渦巻処理で生かされている。しかも身に血液臭さがない。大きく膨らんだ卵巣がなければ、5月のマダイとは思えない。

兵庫県神戸市、駒ヶ林魚市場で揚がったヒラを手に入れた。関東に暮らしていると、めったに手に入らないのが、ヒラという魚なのだ。瀬戸内海に初夏を告げる魚といった存在だが、4月、5月に揚がるものの方がうまい。今回、ヒラは駒ヶ林魚市場で会ったどなたかに分けてもらったようで、仲介をしていただいたのが藤本修さん(鮮魚なな福 神戸市)である。分けて頂いた方にも、藤本さんにも感謝します。また神戸市ではヒラを食べるという人と、ヒラなどは見たこともないと言う人がいる。海に近い地域では食べるが、商業地域や山側では食べないという人もいた。このあたりも先々調べたい。宅配便で着いたその日に三枚に下ろす。腹骨、強い小骨を取り、皮つきのままザクザクと切り放つ。切ったのを味見すると、皮に独特の風味と強いうま味があり、身に甘味がある。うま味が口に広がるとともに、チンと小骨が歯に当たる。このチンと小骨を感じるところがとてもいいのである。ヒラは瀬戸内海とくに岡山県では比較的一般的な食用魚で、スーパーにもたくさん並んでいるが、国内みわたしても食べたことのある人は少ないはずである。皮・身ともにニシンの刺身のうまさと共通するが、より味が軽いというか、味よりも食感が主役だというとわかるだろうか。うま味は食べ始めから口の中で長々と続くが、それ以上に皮と身の歯触りと、ほんの少しだけ存在を感じさせる小骨のチンがいいのである。冷やしてあった新潟県村上市の「〆張鶴」にようおう(合て)てました。

兵庫県神戸市、神戸市中央卸売市場場内で真っ先に探す魚は、この時季ならメイタである。市場では「カレイ」までは、つけないで、メイタどまりで、メイタ、メイタとぼやきながら、(笑福亭)仁鶴そっくりの四角いメイタを探す。場内くまなく探して、『平八商店』で比較的大振りの活魚を発見した。瀬戸内海でも大阪湾側の駒ヶ林、垂水で揚がったものとみた。大阪以西、瀬戸内海は原則活魚での流通であるが、メイタは取り分け活魚でなければならない。大阪湾西部の魚は流通範囲が狭く、ここでしか手に入らないものが少なくない。さて、東京など関東ではカレイと言えばマコガレイだけど、瀬戸内海周辺ではマコガレイとメイタガレイの2種になる。関西や瀬戸内では意外にマコガレイよりもメイタという人が多い。ボクも2種並んでいて、ともに上物ならメイタがいい。久しぶりのメイタはやはりボク好みじゃ、なんて徳島弁になる。この時季、脂が乗っていて舌に乗せるとまったりとして、甘味がある。なによりもメイタの魅力は独特の風味というか、個性的なうま味にあり、だ。微かに飴色がかった一切れに複雑な味が満ちている。田辺聖子じゃないけれど、伊丹市の「老松」をわざわざ開ける。初めての「老松」は意外なことに華のある味だった。

とっても平凡な人間なので、平々凡々なことが好き。旅に出ると、旅先で、その土地の人のように日常的な買い物をするのが好きでもある。あえて言うと観光客相手のイカニモが好きじゃない。神戸では商店街と町に散らばる市場を巡った。早朝から神戸市中央市場で魚まみれになり、一休みしては商店街巡りをして、歩きに歩いた。たくさんの人と話をしながら、神戸の食を考えた。そして商店街で買い物をする。東山商店街のマルヤス製麺所(この店の麺はおいしい)でゆで麺やうどんセットを買った。その中の、中華のゆで麺と、「ハートフルみなとがわ」で見つけた森彌食品工業株式会社の「ブラザーそば焼ソース」で「そば焼き」を作った。ちなみに神戸市内では「そば焼き」と「焼きそば」が混在しているようだった。どちらが多いのかはわからない。

兵庫県神戸市で水揚げされて2日目のコイチを生で食べてみた。市場流通したものでは、鮮度的に生食できないのでとても貴重である。コイチの生食は基本的に刺身ではなく、焼霜造りにする。味が皮と皮の直下にあるからだ。炎が皮に当たると脂が泡状に吹き上がってきた。産卵前のいちばんいい時季ならではの光景である。切りつけた一切れのおいしさの度合いが高い。満足度が高いと言ってもいいだろう。皮のうま味と、皮下の脂の層、身にも脂が混在しているが、基本的に白身なので、味わいは軽い。後味がいいのも魅力である。この時季のコイチには豊かな風味もある。

今回の神戸旅(兵庫県神戸市)では、神戸市中央卸売市場『かねいわ水産』、桝光晴さんに、お世話になった。場内では桝さんの走る速さについて行けずに苦労したものの、収穫の多い市場旅でもあった。さて、桝さんに見せて頂いたのが、渦巻処理である。文字では知っていた、渦巻協会の渦巻処理でああるが、実際に見たのは今回が初めてだ。今回の魚は淡路島の最北部、岩屋のマダイである。目の下一尺の理想的な大きさである。活け締め法のひとつだが、脳天で即死させる。普通はこれで尾鰭前を切り、ワイヤーを通して神経を殺すというやり方をする。

撮影する水産生物が多すぎると、ときどき夕暮れ時にバタリと倒れることがある。脳溢血とかではなく、寝落ちしてしまうのだ。深夜に目覚めて、いつもながらに、そのまま寝てしまおうか、なにもしない時間を過ごそうか、思案する。そんなとき、ついつい酒を飲むのが悪いくせだ。酒の肴作りは、せいぜい3分、長くて5分くらいでなければならない。この日は小田原で買い求めた大形のカイワリの、上身が少しだけ残っていた。カイワリの皮を引いて薄く切り放つ。これを市販の柚子こしょうと和え、ライムを少し搾る。刻みねぎを加えて、また和える。丹波立杭の清水美和雄さんのぐい飲みに酒を注ぐまで、約3分である。至極上等なカイワリなので、あまりあれこれ作りたくはない。柚子こしょうだけの塩気と辛み、ライムの香りで、実にいい酒の肴となる。脂がのっているので小さな一切れの味がでかい。このでかくて魅力的な味を冷えた酒で流し去り、また流し去る。

食べ歩きをしないので、旅先での食事は、朝市とか直売所とか市場で買った物で済ますことが多い。あわただしく水産生物を探し、食文化を探しているので、食事のことにまで頭が回らないのだ。当然、ボクの旅先飯はなりゆき、行き当たりばったりとなる。さて、新潟県村上市岩船への旅で、朝の釣り漁と、昼の網漁の水揚げの間に時間ができた。だれもいない競り場でいても仕方がない。釣り漁師のオカミサンに教わった、村上市塩谷のみそ・醤油の醸造所に行く。塩屋は北前船の帰港地のひとつで古い家並みが残っている。前々から行ってみたかったところでもある。塩屋の切妻の商家の中に、野澤食品工業があって、昔ながらの家屋でみそ・醤油を作っていた。いろいろ買い込んだときに、腹の虫が騒ぎ始めた。「このあたりに昼をとれるところありませんか?」と聞いたら、近所にそば屋があるという。予約を取っていただき、向かったら、週末だけ開いているという店だった。塩屋の家々には屋号がある。この家の屋号が山に千で、「やません」という。それにちなんで『蕎麦 やません』である。店の前に待っている人がいる。11時になって日本海側ならではの二重戸を入ったら、明らかに普通の住宅そのもので、あっと言う間に満席となる。品書きから「野菜天そば」にする。これが予想以上の味だった。何よりも、そばがおいしい。都内広しといえども、このレベルのそばにはめったにありつけない気がする。そして脇役とも主役とも言えそうなのが、野菜ならぬ山菜だった。

村上市朝日の直売所、道の駅 朝日みどりの里 農産物販売所で「しおで」を買った。山菜の季節に東北に行って、見つけたら買わずにいられない、そんな山菜である。香りが強く、個性的な山菜だって嫌いではないが、「しおで」のおいしさは、無類のもので、学生のときの初食いの感動はいまだ忘れられない。いろんな呼び名があるようだが、食べたら「しおで」であることがわかる。何しろ、さっとゆでて醤油をポトリと落として、食べ始めたらあっと言う間になくなってしまう。手品を見るようなおいしさで、食べきるとまた食べたくなる。

鹿児島県から来たでっかい「やいと(スマ)」は舵丸水産のクマゴロウの言うとおり、「びっかびっか」だった。触ったらやけに硬い。鹿児島の魚は航空便なので、関東での近場の魚とはタイムラグがあまりない。鮮度はこれ以上望めないといったものだった。さて、下ろしてすぐの、ほぼ7㎏の個体は、全身赤身のようだった。刺身に切りつけると大根を切っているような、スコンと音がする。これは産地で揚がったばかりのカツオなどと同じである。真っ先に中落ちの身でご飯を食べたら、旨味濃厚で、それだけでもう充分だと感じた、その後味に脂が感じられる。中落ちなのに歯ごたえがあり、ご飯の友だけではもったいなくて、酒の友にすべしと、半分は酒と一緒に食べてみた。酒が混ざり込むと余計に脂の存在が浮き上がる。

八王子卸売協同組合、舵丸水産のクマゴロウとか、水産関係者と話をしていたら、ショウサイフグの旬はわかりにくいという話になった。確かに旬は寒い時季だけど、それ以外にもおいしい個体に遭遇するという。それじゃダメな時季はというと、これまたはっきりしない。寒い時季から春、3月くらいまで水揚げが多く。4月から6月になってもぽつりぽつりと入荷を見る。さて、旬がわかりにくいショウサイフグなので、味の詳細メモを書き残しすことにした。今回、5月7日と11日に手に入れた個体は上々以上の味だった。7日のものは二宮定置の若い衆がくれたもの。ありがとう!11日のものは釣り師が相模湾もしくは三崎沖あたりで釣り上げたものだ。磨いて1日寝かせて刺身にした。撮影したときは、忙しすぎて、買い物にも行けず、ねぎと「かんずり(新潟県妙高市の赤トウガラシの調味料)」だけで食べた。5月のショウサイフグはともに生殖巣が膨らんでいなかったが、体長23cm・295g前後という大きさから産卵群ではなかった可能性があるし、早々に産卵したものかも知れぬ。エサの豊富な時季に荒食いをしたせいか身に張りがある。筋肉だけにして三枚に下ろし、1日水分を抜いただけで、薄く切りつけるのに適した硬さとなった。

兵庫県伊丹市と神戸市を歩きに歩き、食べものを見て歩き、スーパーで食品を物色していて、最初は「兵庫県のかしわ餅の餅を包んでいるのはカシワの木の葉で、関東と同じだ」と思い込んでしまって、買わないでいた。でもじっくり見ると、何かが違う。

目の前で相模湾二宮沖の刺身の表面がうるうると溶けていく。舌の上でまったりと甘味を放って、それでいて背の青い魚の味が強く感じられる。夏のマアジの味だな、と思う。水温が低いとエサの食いが悪いのか、春の初めはマアジの質にばらつきが出るが、5月ともなるとハズレなしになる。1尾丸ごと食べても、もの足りなくなる。二宮定置で分けてもらった3尾が全部消えてしまいそうで恐い。

神奈川県小田原市小田原周辺で食用とする巻き貝はサザエやクボガイ・バテイラ類、アワビ類など磯ものと呼ばれるもの。ボウシュウボラ、ヤツシロガイなどで、非常に種類が少ない。これに刺網で揚がるナガニシ類(イトマキボラ科ナガニシ属)が加わる。ナガニシ類の同定は非常に難しいが、ナガニシとイトマキナガニシの2種としていいと思っている。水揚げ量が少ないために、小田原では食用にしていなかった。ただし、一日に2、3個必ず揚がるので、知る人ぞ知る、となっている。これを青木太一さん、『すし処 海攻(Carry on)』にいただく。イトマキナガニシ科のナガニシ類は味は同じである。量的にいちばん多いのは日本海のコナガニシであるが、これが「夜泣き貝」として珍重する広島県にも送られている。コナガニシ、ナガニシ、イトマキナガニシの味は同じである。巻き貝の中でももっとも甘味が強く、食感が程よく、貝らしい風味もある。問題は身(足)以外は食用にならないことで、今回いただいた6個でも、3人前あるかないかだ。非常に小さいけど、味は特大である。一度食べたら忘れられない味と言ってもいいだろう。広島県、石川県七尾、鳥取県境港で歩留まりが極端に悪いのに好まれているのは、味のせいだ。

たまには市場流通がいかに健全で、まともな評価をしており、価格を安定させ、鮮度保持の面からも優秀かという話をしたい。今回のマゴチなど小振りだけど、その上、かなりのアニキ(幾日か前の売れ残り)だけど、扱いがいいので実にいい状態だった。でも売りにくい。これが市場の肌感覚である。コチ科のマゴチには、同科で見た目が似ているイネゴチという市場評価の相方がいる。マゴチが100%としたら50〜60%くらいの値段で買える。市場の最大の仕事は評価なのである。しかも例えば1万円でマゴチを数キロ仕入れたら、利潤を乗せて、かなりの高確率で利潤がとれる。イネゴチはその利潤が低い上に、損失(売れ残る)となる可能性がマゴチよりも高い。鮮魚は売れなければすべて損失なので常にリスクがある。イネゴチはマゴチよりも最低でも40%安くなければならないというのは、味の評価だけではなくリスクが高いからだ。漁師さんを市場に案内すると、極端な例だけど、例えば競り値が1000円のものを5000円で売っているとか言う。これは、流通コストや、流通上に横たわるリスクやリスクの分散、価格の安定などに、経費がかかることは漁師さんにだってわかっているのに、わからないふりをしているのである。消費者も流通コストなどと単純化して考えるのではなく、しっかり流通の仕組みを知るべきである。実際、2日か3日前にしめたマゴチの刺身は鮮度抜群のイネゴチよりも遙かにうまい。イネゴチだってとてもうまい魚なので、一般人は市場人のように比較しない方がいいけど、マゴチが高いわけは食べたらわかる。旬を迎えているマゴチの刺身が舌の上でねっとりとするのは、少ないながら脂がのっているからだ。水温が上がり、産卵を前に小魚や甲殻類を鱈腹食べているので、身に張りがあり、豊かなうま味がある。一切れの刺身においしい要素に満ちているのである。しかもイネゴチの食感は活け締めにしてもあまり長く保たない、マゴチは少し寝かせても食感が心地よい。脳内が忙しすぎて、せっかく用意した、「〆張鶴」はコップに注がないままとあいなる。うまい酒の肴だったのに、詮無いことをした。

二宮定置のみんなに分けてもらって言うのもなんだが、小田原の「わにごち(イネゴチ)」は難しい。小田原のように高鮮度、活け締めが当たり前といった競り場では、野締めはほとんど値がつかない。しかもマゴチと比べると食感が落ちるのが早い。意外にやっかいな魚なのである。ただし、この時季、持ち帰った当日の刺身は抜群においしい。生殖巣(白子)が膨らみ始めていて、旬を迎えているのがわかる。残念なことにマゴチと比べるとわずかに味がない、というか身質が落ちる。それでも舌に脂が感じられて甘味がある。一切れのインパクトが強い。