ぼうずコンニャクの日本の高級魚事典
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ぼうずコンニャク新境地!? グルメエッセイ也。

更新情報など

最新コラムより

コラム

おさかな365以上日記 2月4日 ニシン印籠焼き

市場は北海道産ニシンだらけだった。きっと関東のどの市場でも同じだと思う。一時は鮮魚での入荷すら減り気味であったのがここ数年持ち直している。しかもサンマでつちかった流通技術によって鮮度抜群、生で食べてもいけそうなものばかりだ。
買い求めたのは節分前だけど、これは明らかに春ニシンだと思う。北海道根室産31cm SL ・386、420gは実に立派である。
マリネや揚げ物も作りたいけど、初春ニシンは素直にいちばん食べたい塩焼きにする。
筒状にして何かをつめて料理したものを印籠○○という。漬物の印籠漬け、イカの印籠煮などだ。印籠焼きというのがあるのかないのか、我が家の辞書類、起源辞典などには見つからないが、勝手に名づけて印籠焼きとした。
要は数の子(鯑)、すなわち真子持ちを短い筒切りにし、振り塩をして焼き上げたものである。
一般家庭では1尾丸ごと子持ちを焼くのは、真子の火が通りにくいので難しい。焼き台でもなければ無理だと思う。要は焼きやすい形に切って焼くだけだけど、形が印籠めいているというわけだ。
子持ちのニシンは鱗をとり水洗いする。頭を落として真子を傷つけないように内臓を取る。筒切りにして水分をよくきり、振り塩をして、できれば密封して1日寝かせる。後は焼くだけである。
全体が丸ごと香ばしく、身も真子もやたらにうまいが、真子だけ取り分けてちびちびと燗酒をやる。人生捨てたもんじゃないと思うときだ。
酒は近所のスーパーで買った白鷹。この白鷹熱燗と印籠焼きで3日楽しめた。
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コラム

おさかな365以上日記 2月03日 コウイカの湯引き

コウイカのページを大改造しているが、料理の写真を整理するだけで息切れ状態になる。
さて、立春前後になると市場にはやたら成イカが並んでいる。考えてみると昔、ていねいに洗ったコウイカは「墨烏賊」と呼ぶ関東では値がつかなかった。この迷信めいた値付けは最近になってやっと解消していると思うがいかがだろう。もしくは関東周辺のスミイカ(コウイカ)を八王子で最近見ないのは高値がついているせいなのか。
さて改訂中なので見つけるとコウイカを買う。今回も愛知県産。料理は相変わらず刺身、湯引き造り、湯引き、煮つけ、干ものなどなどである。
いろんな料理を作るが、やはりこれが一番かなと思うのは「げその湯引き」だ。ゆで時間が非常に短く半生なので刺身とゆでたもの両方の味が楽しめる。
ボクなど好き嫌いがころころ矢鱈に変わる人間なので、絶対的な話ではないが、2月の初めのボクにとってはコウイカの部位ではげそがいちばん好きだと言っておきたい。嗜好がこのころころ変わるってのがボクの脳が老化していない証拠とも言えるだろう。変わらないのは舌が死んでいるせいだ。
さて、水洗いして、頭部とげそ(腕、足と考えても間違いではない)の部分のげそだけにする。げその下ごしらえは頭部、鰭(みみ)と同じなので一緒に塩で揉み洗いして流水で塩を流し、水分をきる。
これを湯(塩は入れなくてもいい)の中で一、二、三、と数えながら、今回は五数えて、まな板などの上に上げて放置しておく。この間にちょうどいい具合、芯の部分は生といった状態に火が通る。
これをわさび醤油か、酢みそで食べるが、身(胴)よりも味があるし、何よりも食感が心地いい。
酒は宮城県塩竃市の四季の松島で平凡ではあるが、常温で十分ウマシな酒だ。
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適塾
郷土料理

船場汁と船場煮

船場とは大阪市中区の北は土佐堀川、南は長堀通、西は御堂筋、東は東横堀川までの広い地域のことだ。典型的な大阪といった場所で丼池の繊維街、薬を扱う道修町、証券会社の集まる北浜などがある。今でも上品な大阪言葉が残っていたりする場所で、今どきの大阪弁であるごっつい泥臭さとは無縁の地なのだ。
この船場と言われるところを歩いてみたが往時の商人町の面影はほとんど残っていない。あえていえば北浜の適塾(幕末にあった緒方洪庵の医術塾)や古い薬問屋、丼池の繊維街の喧噪くらいかも知れない。
大阪中心部のこのあたりは大商人の町なので、丁稚どんに番頭どん、などたくさんの働き手が暮らしていた。多くは共同生活、集団での食事である。
大正時代、船場平野町の薬問屋、安田市兵衛商店で丁稚だった日本演劇界の巨人、菊田一夫は、食事も完全なる階級制であり、大番頭は畳敷きの場所で座って食事を摂り、中番頭以下は土間に沿った板の間で食べたという。菊田一夫は身長が低く、食べるのが遅かった。ゆっくり食べていると十分に食べられない。そこで編み出したのが汁と飯を熱々の状態でかき込むということだ。汁がおかずでもあった証拠といえるだろう。大阪の商人町の食事は極端に動物性たんぱくが少なかったようだ。
そんな中でも登場回数の多かったのが塩サバだった。北陸・山陰で、南は熊野灘は1960年代くらいまでマサバの大産地だった。これが大阪の地に送られて来ていたのだ。
当時のマサバの流通のほとんどが塩蔵品、もしくへ干ものだったと思われる。しかも今では考えられない程の塩分濃度の濃いもの。この体幹部分は焼き、あらの部分を大根とたいて作ったのが「船場汁」、「船場煮」だ。
汁といっても大根を煮て、塩蔵サバのあらを入れるだけ。塩味は塩蔵サバから出るし、あら自体も塩辛い。厳しい商家の生活にはなくてはならなかったものだろう。
寒い時季に食べるもので、ときには生(鮮魚)を使って作られることもあるという。
また重要なのは「船場汁」というのは大阪市の言葉だということ。他の地域でも同じような料理が作られている可能性が高い。地元の料理は地元の言葉で作り、食べて欲しい。
参考/『聞き書 大阪の食事』(農文協)、『船場道修町』(三島佑一 人文書院 1990)、『評伝 菊田一夫』(小幡欣治 岩波書店 2008)
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みそ味のどんがら汁
郷土料理

マダラのどんがら・じゃっぱ汁

 新潟県では魚のあら(中骨・腹骨の他、肝、白子、腹部の膜、腸などの内臓を含む)を「がら」、「どんがら」という。例えばサケの「がら」は中骨であったりする。新潟県で「たら」といえばスケトウダラなので、「たらのどんがら汁」、「たらのがら汁」はスケトウダラの汁となる。ちなみに新潟県以南はマダラも食べるけれど、どちらかというとスケトウダラ圏なのである
 山形県で「どんがら」は魚のあら(内臓を含む)のことだが、主にマダラのあらを「どんがら」というようだ。当然、「どんがら汁」はマダラのあら汁のことになる。
 秋田県ではあら(内臓を含む)を「じゃっぱ」、「ざっぱ」という。郷土料理店で食べたマダラの汁は「しょっつる仕立て」の「たら汁」であった。
 青森県で魚のあら(内臓を含む)は県全域で「じゃっぱ」だと思っている。ただ県西部と東部では作り方がまったく違っている。津軽のみそ仕立て、下北の塩仕立てなどといい。濃厚で泥臭く体が芯から温まるのが津軽風、さっぱりして後味がいいのが下北風である。
 どの県の汁も重要なのは肝(肝臓)、雄であれば白子である。肝が汁の味にこくを出し、肝の脂が汁の表面を覆うので、汁がいつまでも冷めないのだという。
写真は山形県庄内、鼠ヶ関の「どんがら汁」でみそ仕立て。
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福井市鮎川の刺しさば
加工品

刺鯖について

脂ののったマサバを背開きにして塩漬けにしたものを「刺鯖(差鯖)」といった。要は塩蔵サバであるが、2尾一組で売り買いされ、1尾の頭部にもう1尾の頭部を刺し込んで1対にしたところから「刺鯖」と呼ばれるようになる。平安時代以前からのもので、細々とではあるが日本海の福井と鳥取に今に続いている。
日本海では、5、6月(旧暦の初夏)の晩春から初夏に脂がのった大型の大量にとれた。今、多獲性魚としてのマサバの産地は太平洋が主だが、昔は日本海でも大量にマサバが揚がっていたのだ。
これを浜で背開きにし、塩に漬け込む。この塩分濃度の高い塩漬けマサバは土用(太陽暦の7月半ばから8月半ばくらい)の頃に食べ頃になり、各地に行商(売り)に行く、もしくは近畿から中国地方に流通していた。歳時記では初秋である。
北陸から山陰にかけて春に大型の脂ののったマサバが大量に揚がっていたときは、これを貨車に積んで日本各地に送っていたほどである。また第二次世界大戦後の1950年前後まで人が背負い、歩行と鉄道を使い山陽、近畿地方に運んでいた。日本海から山間部、京都、関西、瀬戸内海周辺へのマサバの道を、「鯖街道」といった。日本海はマサバの大産地だったのだ。京都などの「さばの棒ずし」のサバは昔は若狭から来ていたことでも有名である。
この日本海のマサバが急激にとれなくなり現在に至っている。鳥取県の「刺サバ」の原料は今やタイセイヨウサバとなっている。
「刺鯖」は夏の贈答品としても使われていた。江戸時代に上物は大名や将軍家などの献上品ともなっていたのだ。
井原西鶴の『日本永代蔵 巻三の五』(貞享五年/1688)に没落してしまった大商人のことを表現するに〈……盆のさし鯖・正月の鏡餅も見た事なくて、……〉がある。要するに正月の鏡餅と同じくらいに、お盆には当たり前のものであったのである。
『本朝食鑑』(人見必大 島田勇雄注釈 東洋文庫 平凡社 元禄10年/1697)には詳しい説明がある。〈鯖/(鯖の)しおづけ(漢字なし)にしたものを、刺鯖(さしさば)という。気味は生よりも勝れている。それで上下とも刺鯖を賞味している。近時、七月一五日には生荷葉(ハスの葉)で強飯を包んで膳に盛る。また生荷葉で刺鯖をくるんでこれに添える〉、〈(刺鯖は)昔はこれを神祇の供としたことが延喜式に記載されている、能登・伊予・土佐・讃岐・周防などの国が多く貢献した〉、〈1つの頭をもう一つの頭の鰓の間に刺し入れ、二つを相連ねて一重にし、これを一刺(ひとさし)という。当今漁市で販売しているのがこれである〉などなど。
〈さしさば 塩さば二ひきを組んだものをいい、背開きのさばの塩乾もので、一ぴきのサバの頭にもう一ぴきのさばの頭を突きさして売っている。お精霊(しょらい)さんが家にいる間は生臭いものを食べてはならないのだが、両親のいる者だけは、さしさばをお膳にすえてもらえる〉。『聞き書 奈良の食事 奈良盆地の食』(農文協)からすると、奈良県でも刺鯖を旧暦のお盆に食べていた。長年、奈良県なので、古くから奈良盆地への魚の供給地であった熊野灘産のマサバと考えていたが、猛暑の初秋に食べるものだとすると日本海の町から売りに来ていたのかも知れない。
今や「刺鯖」を作る業者は少なく、当方が確認できたのは福井県と鳥取県の2軒だけである。
写真は加藤水産(福井県福井市鮎川町)の国産マサバを使い頭部に頭部を刺し込んだ伝統的な「刺鯖」。
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郷土料理

鰤大根の歴史と作り方

農林水産省が「ぶり大根」を富山県の郷土料理に選定している。なんて愚かな、としか言いようがない。例えばライスカレーを特定の県の郷土料理とするようなもの。典型的なお役所仕事だ。「鰤大根」は郷土料理ではないと考えている。養殖が盛んになりブリの頭が単独流通するなどして、別にブリを仕入れなくても料理店で提供ができる。一般家庭でも普通の日常的な料理だと思っている。
最初に。「鰤大根(ブリだいこん)」は冬に作られるものだが、年取とは無関係だということを述べておきたい。年取魚としてのブリはあくまでも塩蔵、もしくは塩蔵して干したものである。しょうゆ味の総菜、「鰤大根」は生のブリでなければ作れない。当然、産地でもない限り正月に食べるものではない。
「鰤大根」という料理名が定着したのは最近のことだ。同様の料理に名前がなかったり、別の料理名であったかも知れない。郷土料理などの料理名が急激に消滅し始めるのは1970年代からだと思う。この頃、ラジオの料理の番組がテレビに移行する。この時期以降の料理番組、料理家(料理研究家ではない)には、地域性に関しても配慮が明らかに欠けている。
地域での呼び名としての「鰤大根」は、1984年から刊行開始された『聞書き 日本の食事全集』をみる限り『聞書き 石川の食事』の金沢市、『聞書き 福井の食事』の福井平野にあり、ブリのあらと大根をしょう油で煮つけたものものとしている。蛇足になるが古い版の広辞苑、歳時記、『飲食事典』(山本荻舟 平凡社 1958)などにも「鰤大根」は出てこない。
ちなみに『聞書き 富山の食事』に氷見地方の料理として「ぶりの残と大根の煮もん」が出てくるがみそ味だ。石川県と富山県は言葉など共通する部分が多いので、富山県にもしょう油味の鰤と大根の煮つけは存在するはずである。『聞書き 日本の食事全集』は優れた出版物だが、日常的にその地域で食されてきたほんの一部しか掲載していないということも忘れてはならない。
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滋賀県高島市朽木のさばへしこ
加工品

さばへしこ・こんかさば・さば糠漬け

魚類の塩蔵品に米ぬかを使った、「糠漬(ぬかづけ)」がある。これには2種類あり、新潟県から鳥取県の日本海と千葉県以北の太平洋側のものはまったくの別物である。日本海のものは製造に最低でも数ヶ月かかり、熟成して独特の風味があり、非常に塩分濃度が濃い。太平洋側のものは取れてすぐに糠と塩をまぶしただけのもので、糠の風味があるものの弱く、塩分濃度も低い。
「へしこ」はサバ類とその卵巣、マイワシ、フグ(主にゴマフグ)、ゴマフグの卵巣、イカ(スルメイカ)が原料である。新潟県、富山県、石川県、福井県、京都府、滋賀県、兵庫県、鳥取県で作られ、販売されている。
「へしこ」の語源は魚を漬け込んだときの液「ひしお」がなまった、福井県の方言「へし込む」、すなわち押す、から来ている、などの説がある。
マイワシの糠漬は新潟県から鳥取県まで見られ、「へしこいわし」、「いわしへしこ」、「いわし糠漬(ぬかづけ)」、「糠いわし」、富山県では「こんかいわし」ともいう。
サバ類の糠漬は今のところ、石川県、福井県、京都府、滋賀県、兵庫県、鳥取県で見つけているものの、能登半島以東の新潟県、富山県では見つけていない。
サバの糠漬の分布に関してはまだわからないことが多いものの、能登半島以西の水産加工品ではないかと考えている。「さばへしこ」、「さば糠漬」という地域が多いが、石川県では「こんかさば(こんか漬)」とも言う。能登半島では糠のことを「こんか」というためだ。
参考文献/『干もの塩もの』(石黒正吉 毎日新聞社 1975)、『全国水産加工品総覧』(福田裕、山澤正勝、岡崎恵美子監修 光琳)、『聞き書 兵庫の食事』(農文協)
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郷土料理

滋賀県米原市『やまに料理店』のハス料理

湖東天野川ほとりに世継ぎという不思議な名の集落がある。天野川河口域は昔からハスの宝庫で、その昔「ハス料理」を名物にする料亭が軒を並べていたという。そして今に残るのはたった一軒のみ。それが『やまに料理店』である。江戸時代には二条城に魚を納めていて、そこから山に二条城の「二」をいただいたものだとのこと。2008年で9代目、10代目とともに店を営んでいる。ちなみに京料理の根源は日本海からの塩乾魚貝類と滋賀県琵琶湖の湖魚である。
大型のハスを料理するのはとても難しい。湖魚を扱う店で買い求め、いざ料理しても小骨が多いこともあってなかなか上手に料れないのだ。この難敵を見事に提供しているのが、『やまに料理店』である。
滋賀県琵琶湖周辺でもハスの成魚の水揚げはあり、鮮魚は手に入るものの、提供している料理店はほぼないのではないかと思っている。この貴重な「ハス料理」を末永く継承していただきたいものである。
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郷土料理

未来永劫残したい香住の焼にぎす

古くは浜で揚がった魚貝類の多くは鮮魚ではなく、加工して山間部や近くの都市部に送られていた。無塩(ぶえん)ものなどと呼ばれている鮮魚などは冬だけのものだったのだ。
塩もの、干ものは今でも一般的だが、魚やイカを焼いて山間部や都市に売りに行くという地域は非常に少なくなっている。東北宮城県、日本海の新潟県から島根県などに残るが年々減少傾向にある。今でも比較的多く見かけるのは「焼きさば」である。サバ類以外で会社組織で成り立っているのは宮城県とこの兵庫県だけかも知れない。福井県以西では今、魚屋さんが朝方焼き上げて売ってることが多い。
この中にあって沖ギス(ニギス)に特化しているのが浜貞商店、濱上栄作さんとそのお母様である民子さんである。
工場内にはとてもいい香りが充満している。これだけで飯一膳といったもので、焼き上がるのを見ているだけでご馳走を食べているかのようである。
『浜貞商店』の創業は昭和27年(1952年)だという。魚を焼いて加工する山陰にあって、ニギスに特化したのは大正解だと思っている。今や「焼きさば」の原材料マサバは日本海では加工用に回るほど水揚げされていない上に、全国的に見ても国産ではとても間に合わない状況にある。ニギスだけが地物で足りるのである。
地産地消というが、「焼にぎす」は関西をはじめ、奥播磨などで人気がある。そのまま食べるだけではなく山間部など煮物などにも利用されている模様である。
浜貞商店 兵庫県美方郡香美町香住区香住1806−4
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郷土料理

高知県ぬた

葉ニンニク、ごま(入れないという人もいる)、みそ、酢、砂糖で作る合わせみそだ。高知市の居酒屋で初めてカツオに添えられていたとき、「昔から作られてきた土佐の郷土食です」と非常に若い店員さんに言われている。
ただし高知県の食関連の書籍にはどこを探しても見つからない。高知県は葉ニンニクの栽培が盛んなので、意外に新しい食品なのかも知れない。
とても簡単に作れて、しかもいろんな魚貝類につけて食べることができる。他の地方でも取り入れてもいいのでは、と考えている。
自家製すると葉ニンニクなどのきめが粗いものとなるが、市販品のようにクリーミーなものよりもおいしいと思う。
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