
温暖化の魚を整理しているところです。以後改訂を繰り返していきます。・温暖化を感じる魚01 コショウダイ・温暖化を感じる魚02 チャイロマルハタ・温暖化を感じる魚03 オオニベ・温暖化を感じる魚04 テングダイ・温暖化を感じる魚05 メイチダイ・温暖化を感じる魚06 ヨコスジフエダイ本ページフエダイ科フエダイ属の魚である。千葉県・福井県以南に生息している全長50㎝前後になる魚だ。古く関東などでは小型が多く、日本全国から魚を集めている築地(東京市場)でも入荷量の少ない魚だった。築地でも知らない市場人が多く、ある意味、マイナーな存在だった。それが2010年くらいから入荷量が急激に増えた。また関東でも大型が揚がるようになった。本種を語る前に、まずフエダイ科の説明をしたい。フエダイ科の魚は世界的にみても非常に種類が多く、熱帯から温帯にかけて魚類の中でも取り分け繁栄している科である。国内で白身の主流と思われていたタイ科の魚などと比べると、遙かに種も個体数も多い。温暖化で、タイ科の魚からフエダイ科の魚へと日本列島の白身の主流は入れ替わりつつある。これからますますフエダイ科の魚が流通上でも、小売店で見かける機会も増えていくはずだ。フエダイ科フエダイ属の魚は熱帯に多く、本州など温帯域には少なかった。それが急激に増えている。国内にまったくいなかったフエダイ属もいるが、昔々からいたものもある。ヨコスジフエダイは昔々から関東などでも見ることが出来た魚である。1980年代など相模湾などでも小型をよく見かけている。ただし関東周辺では幼魚やせいぜい20㎝前後が多く、築地などではときどき九州などからやってくるだけの魚だった。本種の標準和名であるヨコスジフエダイは非常に古い。体側にくっきりと走っているのは「横筋」ではなく、魚類学的には「縦筋」である。これは魚類学的には「縦筋」だが、例えば日本橋にあった魚河岸とか、関東の漁港では「横筋」と呼んでいた。そこにフエダイ科のフエダイをつけて「横筋笛鯛」となった。明治時代に始まった国内の魚類学では最初、実際に使われていた呼び名を標準和名にした、「横筋」にはそんな歴史がある。余談だが、もっと遙かに熱帯に近い海域にタテフエダイがいる。ヨコスジフエダイとそっくりで違いは筋の後半にある丸い斑紋だけ。タテフエダイが北上してヨコスジフエダイと市場に並ぶと非常に不思議、だと思っている。

今回の神戸旅(兵庫県神戸市)では、神戸市中央卸売市場『かねいわ水産』、桝光晴さんに、お世話になった。場内では桝さんの走る速さについて行けずに苦労したものの、収穫の多い市場旅でもあった。さて、桝さんに見せて頂いたのが、渦巻処理である。文字では知っていた、渦巻協会の渦巻処理でああるが、実際に見たのは今回が初めてだ。今回の魚は淡路島の最北部、岩屋のマダイである。目の下一尺の理想的な大きさである。活け締め法のひとつだが、脳天で即死させる。普通はこれで尾鰭前を切り、ワイヤーを通して神経を殺すというやり方をする。

カナガシラの話は、以後改訂を繰り返していきます。・カナガシラに包丁は不要1・カナガシラに包丁は不要2 煮つけ・カナガシラに包丁は不要3 酒の肴塩焼き本ページ本コラムは初心者とか一般人の方に発信しているものなので、プロや魚に関して自信のある方は必ずしも見なくてもいいと思っています。念のために。新潟県村上市のスーパー『原信』で売っていたカナガシラは、3尾で税込み286円だった。産卵期で水揚げが多く、鮮度落ちが早いことから考えても安すぎる。今現在、カナガシラは明らかに値段が安すぎるという意味での未利用魚だ。カナガシラを嫌う人は多い、その理由は下ろしにくいからだ。意外に料理人や水産のプロも嫌いだという人は少なくない。現実問題として関東の市場でも売りにくいので困っている。おいしいのに安いのはこんな理由からだ。よく見ると、鰭と頭部に棘があり、背鰭の左右つけ根にも強い棘がある。その上、鱗も硬い。本種など包丁よりもキッチンバサミで下ろすべき典型である。カナガシラを嫌う人は多い、その理由は下ろしにくいからだ。意外に料理人や水産のプロも嫌いだという人は少なくない。現実問題として関東の市場でも売りにくいので困っている。おいしいのに安いのはこんな理由からだ。よく見ると、鰭と頭部に棘があり、背鰭の左右つけ根にも強い棘がある。その上、鱗も硬い。本種など包丁よりもキッチンバサミで下ろすべき典型である。下ろし方に関しては、・カナガシラに包丁は不要1へ

カナガシラの話は、以後改訂を繰り返していきます。・カナガシラに包丁は不要1・カナガシラに包丁は不要2 煮つけ本ページ・カナガシラに包丁は不要3 酒の肴塩焼き本コラムは初心者とか一般人の方に発信しているものなので、プロや魚に関して自信のある方は必ずしも見なくてもいいと思っています。念のために。新潟県村上市のスーパー『原信』で売っていたカナガシラは、3尾で税込み286円だった。産卵期で水揚げが多く、鮮度落ちが早いことから考えても安すぎる。今現在、カナガシラは明らかに値段が安すぎるという意味での未利用魚だ。カナガシラを嫌う人は多い、その理由は下ろしにくいからだ。意外に料理人や水産のプロも嫌いだという人は少なくない。現実問題として関東の市場でも売りにくいので困っている。おいしいのに安いのはこんな理由からだ。よく見ると、鰭と頭部に棘があり、背鰭の左右つけ根にも強い棘がある。その上、鱗も硬い。本種など包丁よりもキッチンバサミで下ろすべき典型である。下ろし方に関しては、・カナガシラに包丁は不要1へ

カナガシラの話は、以後改訂を繰り返していきます。・カナガシラに包丁は不要1本ページ・カナガシラに包丁は不要2 煮つけ・カナガシラに包丁は不要3 酒の肴塩焼き魚貝類の初心者、一般人は料理でがんばるな、できるだけ手抜きせよ、という話をしたい。器用な人間の多いこの国にも、不器用な人間は決して少なくない。ボクなどもその典型で、不器用ゆえの失敗は数知れずだ。最初の失敗は魚貝類の料理で、本格派を目指してしまったことだ。初心者には初心者なりのやり方があることに気づかなかった。若いときは血気にはやり、自分自身が見えていなかったのである。念のために非常に器用で包丁が使える人はここに含まれない。魚貝類の料理でがんばって包丁をなんとか、やっとこさ使えるようになったものの、それでよかったかというと、そうでもない。包丁使いにこだわりすぎる傾向に陥っていたのだ。今ではほとんどの魚貝類を包丁であっと言う間に下ろせる。ただ、ここ十数年、キッチンバサミの重要さにやっと気づいた。そのキッチンバサミが生かせる魚は多く、棘の多いカサゴやカジカの仲間などは包丁よりもキッチンバサミの方が下ろしやすいはずだ。今回のカナガシラなどその最たるもの。新潟県村上市のスーパー『原信』で売っていたカナガシラは、3尾で税込み286円だった。産卵期で水揚げが多く、鮮度落ちが早いとしても安すぎる。今現在、カナガシラは明らかに値段が安すぎるという意味での未利用魚だ。カナガシラは北海道から九州の全沿岸域に生息している。底曳き網などでときどきまとまって揚がる魚で、非常に味がいいのに価格が低迷して、売れない魚の代表格である。身(筋肉)が上質であり、味がある。肝のおいしさでは魚類の中でも屈指の存在である。味の評価に対して値段が低すぎる、未利用魚(この言葉はよくないが)だ。

温暖化の魚を整理しているところです。以後改訂を繰り返していきます。・温暖化を感じる魚01 コショウダイ・温暖化を感じる魚02 チャイロマルハタ・温暖化を感じる魚03 オオニベ・温暖化を感じる魚04 テングダイ・温暖化を感じる魚05 メイチダイ本ページ・温暖化を感じる魚06 ヨコスジフエダイメイチダイのフエフキダイ科から説明する必要がある。本来琉球列島以北の温帯域にフエフキダイ科の魚は少なかった。例えば世界的に見ると日本を代表するマダイのタイ科は非常に種が少なく、温帯域を中心に生息するミニマムな個体群(種類たち)といえる。フエフキダイ科は体高があり、いわゆるタイ形の魚である。同科別属には沖縄県でよく食べられていて、本州にも生息域を持つ「たまん(ハマフエフキ)」がいる。熱帯域、南半球から北半球にかけて膨大な種がいて赤道に近づくほど種が増える。科内には膨大な種が存在していて、未だに新種が見つかっている。フエフキダイ科は世界的な食用魚である。今現在メイチダイ属の魚で琉球列島以外で流通する種はメイチダイ、サザナミダイ、シロダイで、シロダイ以外は明らかに漁獲量が増えている。メイチダイはフエフキダイ科メイチダイ属の魚で、唯一九州、四国、本州に生息域を持っていた普通種である。現在のところ生息域は千葉県・新潟県以南だ。シーボルトが長崎県などで文政6年~文政12年(1823-1829)に採取、オランダに持ち帰った標本で記載されているので魚類学的に歴史が古い。同属の他の種との違いは小型であり、頭部に目を横断する褐色の帯があること。この目を横断する帯から「目一鯛」という。1980年代に神奈川県小田原から、毎週のようにタイ釣りに通っていた。出船が8時台なのでときどきこっそり小田原魚市場をのぞいていたときに初めて本種を見た。魚類図鑑を丸暗記していたときで、メイチダイの幼魚を見つけて、喜び勇んでクーラーに仕舞っていたら、船宿の船頭に捨てろ、と言われている。臭い魚で釣った魚に臭いが移るというのだ。要するに相模湾では当時、食用魚ではなかったのだ。実際、野締め(漁の間に死んでしまったもの)はカルキ臭がする。ただ、築地場内(東京市場)でも何度か見ている。やや高値をつけているのが不思議だったが、九州産は扱いがよかったか、珍しさが価格に転嫁されていた可能性がある。

さて、本コラムはあくまで一般消費者のためのものです。高度な知識がある人が読んでも面白くしてあるつもりですが、一般性の高いものの比重が高いと思っていただきたい。関連ページは改訂を繰り返していく。・メバルの基礎知識1 江戸時代の眼張とメバルと呼ばれる魚 ・メバルの基礎知識2 もっとも一般的なメバル4種・メバルの基礎知識3 元祖メバルは浅場にいる3種類・メバルの基礎知識4 「メバル」の主流は圧倒的にウスメバルである(▼本ページ)国内全域・消費地で考えると、単に「メバル」というとウスメバルになるという話をしたい。要約すると、もともとの「メバル」は浅場にいる黒っぽいメバル3種だったが、それに取って代わったのが本種だということ。今でも「メバル」の主流は本種だが、いつの間にか「メバル」は多様化している。本種は関東では流通上でしばしば「竹の子」と呼ばれスーパーでもお馴染みである。サーモンなど自然に大きな負荷となる魚は避けて、一度食べてみて欲しいものだという話でもある。ウスメバルは記載されたのも20世紀になってからで、標準和名も最初は明治期の規定通りに産地での呼び名を最初につけていた。新潟県出雲崎の呼び名「ツズノメバチメ」である。「スズノメ」は「鈴の目」で、丸く大きな目のこと、「バチメ」は新潟県などでのメバル類の呼び名である。ウスメバルは魚類学的な名で、漢字にすると「薄目張」で、体色の斑紋が先に標準和名がついた相模湾などに多いトゴットメバルよりも薄いためだ。明治・大正時代などでは太平洋側には少なく、日本海側に多かった本種は少し遠くにいる、馴染みの薄い魚だったのがわかる。沖合いに群れて生きているので獲量が多い。浅場にいるメバル(クロメバル、シロメバル、アカメバル)は産地でもある関西以西・瀬戸内海などでは重要だが、全国流通の大動脈の行き着くところ関東では影が薄い。東京豊洲市場などでは、浅場のメバルの方がウスメバルよりも高いが、数からすると比較の対象にはならない。国内の3割近い人口がいる関東と日本海でもウスメバルをたくさん消費しているので、量的に圧倒していると言ってもいいだろう。前回に述べたが、もともとの「メバル」は浅場にいるタイプであった。それがウスメバルに取って代わられたのは流通の発達による。

さて、本コラムはあくまで一般消費者のためのものです。高度な知識がある人が読んでも面白くしてあるつもりですが、一般性の高いものの比重が高いと思っていただきたい。関連ページは改訂を繰り返していく。・メバルの基礎知識1 江戸時代の眼張とメバルと呼ばれる魚 ・メバルの基礎知識2 もっとも一般的なメバル4種・メバルの基礎知識3 元祖メバルは浅場にいる3種類(▼本ページ)・メバルの基礎知識4 「メバル」の主流は圧倒的にウスメバルである写真は一番上がアカメバルで胸鰭軟条は15、下2尾はシロメバルで胸鰭軟条は17だ。関東では、一般的な食用「メバル」は浅場にいるタイプ(古くはメバル1種とされていたが現在はシロメバル、クロメバル、アカメバルに分かれた)と、沖合いにいるタイプ(ウスメバル)に分けられてきた。今回の「メバル」は浅場にいるタイプの話である。20世紀まで単に「メバル」とは、浅場にいるタイプのものを指した。なぜか? 動力船が一般的になるまで沖合いにいるウスメバルは遠い存在だったからだ。また浅場が健全だった時代、近場である浅場でたくさん揚がった「メバル」は鮮度がよく安くて馴染み深かったからでもある。流通上は大卸・仲卸でも両タイプは2種として価値が決められている。浅場にいるタイプの方がやや高い。なぜか、やはり味の違いだと思う。魚を食べ慣れている仲卸などにとっては、うま味のある、浅場にいるタイプが優位であるからだ。ちなみに両種の値段の差は縮まってきている。これは関東という国内最大の消費地には圧倒的にウスメバルの入荷が多く、浅場にいる「メバル」の入荷が減少しているからだ。ちなみに、国内では浅場にいるタイプの方が歴史は古いとしたが、関東では浅場にいるタイプの入荷が減っているが、瀬戸内海周辺では今も浅場にいるメバルの入荷が関東と比べる多いはずだ。3種になったというが一般消費者にも、流通関係においても3種に区別する必要はないと思っている。丹念に調べると同じ産地の同じ荷に何種類かの浅場の「メバル」が混ざっているくらいで、流通上は「メバル」、もしくは「黒メバル」である。浅場にいるのを「メバル」というとき沖合にいるウスメバルは「沖メバル」とされ、「黒メバル」とするときには沖合いのウスメバルは「赤メバル」だ。流通上、この2つの区分で充分なりたっている。魚類学的な話になるが、深掘りしたくない人は読まなくてもいい。実生活は関わりがないからだ。旧メバルは2008年、シロメバル、クロメバル、アカメバルに分かれた。クロメバル=Sebastes ventricosus Temminck & Schlegel, 1843アカメバル=Sebastes inermis Cuvier, 1829シロメバル=Sebastes cheni Barsukov, 1988旧メバルの学名はアカメバルが引き継いでいる。

温暖化の魚を整理しているところです。以後改訂を繰り返していきます。・温暖化を感じる魚01 コショウダイ・温暖化を感じる魚02 チャイロマルハタ・温暖化を感じる魚03 オオニベ・温暖化を感じる魚04 テングダイ本ページ・温暖化を感じる魚05 メイチダイ・温暖化を感じる魚06 ヨコスジフエダイテングダイはカワビシャ科テングダイ属の魚だ。世界中にテングダイ属は本種だけ、近縁種に見た目がそっくりなカワビシャがいる。外見は、まさに熱帯魚という印象、黄色と黒のツートーンでやけに目立つのでどこの水族館に行っても泳いでいたのが印象的だ。側面から見るといびつな円形で体高があり、背鰭、腹鰭が非常に長い。体長最大で50cmくらいだが、縦にも長いので非常に大形に見える。「天狗鯛」というのは、神奈川県三浦半島の先端にある三崎での呼び名で、吻(口)が天狗の鼻ように前に飛び出しているからだ。テングダイとカワビシャはともにカワビシャ科カワビシャ亜科の魚で、同亜科の中で、もっとも北に生息域を広げている。カワビシャ亜科の魚の多くが日本列島から南、熱帯域を越えてオーストラリアにいるのに対して、テングダイ属の本種は日本列島の東、ハワイ諸島に起源をもつ。

温暖化の魚を整理しているところです。以後改訂を繰り返していきます。・温暖化を感じる魚01 コショウダイ・温暖化を感じる魚02 チャイロマルハタ・温暖化を感じる魚03 オオニベ本ページ・温暖化を感じる魚04 テングダイ・温暖化を感じる魚05 メイチダイ・温暖化を感じる魚06 ヨコスジフエダイ本種のニベ科は日本列島よりも中国大陸、東シナ海、南シナ海に多くの種が生息し、水揚げ量が多い。ニベ科の「にべ」とは膠(にかわ)のことで、本種から作られる膠は、魚膠という。膠は接着剤なので「にべもない」の語源ともなっている。朝鮮半島や中国でニベ科は高級であるのは、種類が多くたくさん揚がり馴染み深いからだろう。国内で揚がるニベ科は量の多い順にシログチ、コイチ・ニベ、クログチ、オオニベだった。いつの間にかオオニベはシログチに次いで目立つ存在になっている。気球規模での危機が迫っている、証拠でもある。本種の北上は今ある危機の証明だ。

さて、本コラムはあくまで一般消費者のためのものです。高度な知識がある人が読んでも面白くしてあるつもりですが、一般性の高いものの比重が高いと思っていただきたい。関連ページは改訂を繰り返していく。・メバルの基礎知識1 江戸時代の眼張とメバルと呼ばれる魚 ・メバルの基礎知識2 もっとも一般的なメバル4種(▼本ページ)・メバルの基礎知識3 元祖メバルは浅場にいる3種類・メバルの基礎知識4 「メバル」の主流は圧倒的にウスメバルである関東をはじめ、国内の大消費地でもっとも一般的に「メバル」と呼ばれる魚は基本的にウスメバルと旧メバルであるクロメバル・シロメバル・アカメバルの4種だ。旧メバルを3種に分けたのは魚類学的には正しいが、一般的には分ける必要がない。市場でも分けない。3種に分けるのは一般生活からすると特種なことで、基本的には無用である。わざわざ分けて話すのは目立ちたがりの蘊蓄好きか、テレビなどのクイズ番組だけの話にしたい。4種とも非常に味のいい魚で、基本的な料理は煮つけ、または少ないながら塩焼きである。メバル3種は料理店などで昔から刺身にもなっていたが、ウスメバルの刺身が料理店などで一般的になったのは最近のことだ。1990年代、ウスメバルは比較的安く、メバル3種(旧メバル)の方が高かった。これが逆転とまではいかないが、同じくらいの値段になっている。

温暖化の魚を整理しているところです。以後改訂を繰り返していきます。・温暖化を感じる魚01 コショウダイ・温暖化を感じる魚02 チャイロマルハタ本ページ・温暖化を感じる魚03 オオニベ・温暖化を感じる魚04 テングダイ・温暖化を感じる魚05 メイチダイ・温暖化を感じる魚06 ヨコスジフエダイチャイロマルハタは現在、国内海域では、千葉県外房・山陰以南に生息、国外ではインド洋・西太平洋に広い生息域を持っているがもともとは熱帯に多かった。ヤイトハタという非常に似ている大形のハタがいる。この2種は国内海域では非常に希で、古くは和名がなく、一般書で和名が掲載されたのは1984年のことである。国内海域にいるハタ科アカハタ属で体長1m以上の超大型になるのは、主に沖縄・鹿児島県島嶼部以南にいるタマカイ、本州にもいるクエ、本種のチャイロマルハタ、ヤイトハタである。同じハタ科マハタ属のマハタとマハタモドキを含めると、国内で揚がる超大型のハタ類は6種。九州以北で漁獲される超大型のハタは5種となる。念のために、20世紀に漁業的に、九州以北のハタ科の超大型種は、アカハタ属のクエ、マハタ属のマハタの2種だけだった。これが5種になったのは明らかに温暖化のせいだ。■鹿児島県産チャイロマルハタ。

温暖化の魚を整理しているところです。以後改訂を繰り返していきます。・温暖化を感じる魚01 コショウダイ本ページ・温暖化を感じる魚02 チャイロマルハタ・温暖化を感じる魚03 オオニベ・温暖化を感じる魚04 テングダイ・温暖化を感じる魚05 メイチダイ・温暖化を感じる魚06 ヨコスジフエダイ温暖化は非常に危険である。国単位で考えていくだけではなく、もっと個人個人で温暖化を考え、温暖化を防止するための努力をするべきである。水産生物に関しては種ごとに温暖化の影響は違っている。さてここでは、水揚げのとき、温暖化を感じる魚を網羅的に並べていく。科学的なものでも数量的なものでもなく、ボク自身が海水温の上昇を感じるといったものである。温暖化を感じる魚には「北上するタイプ」と「大型化するタイプ」がある。当然、北上しながら大型化するものもある。1970年代、静岡県の相良漁港で、生まれて初めてコショウダイの手の平に乗るサイズを釣り上げた。メジナやアイゴ、ヒイラギが主に釣れていたとき、このちょっと派手な魚の名がわからなかった。魚類学を基礎から始めた頃で小型の北隆館の『原色 魚類検索図鑑』の700種あまり全種を覚えていたつもりだが、魚名が出てこなかった。一般的な食用魚イサキとは似ても似つかないのに、イサキ科(当時から現在に至るまで)というのに驚いた。魚を系統でみるようになって、イサキ科はイサキのようにスマートなタイプは珍しく、コショウダイのように鯛型の方が多いことを知る。イサキ科コショウダイ属は大所帯で種類が多い。赤道よりも南、オーストラリアからフィリピン、台湾や沖縄を経て日本列島にいるタイプと、南シナ海や中国大陸にそって日本列島の九州以北にいる種が存在するが、コショウダイは後者でコショウダイ属では珍しく中国大陸に沿って北に生息域を広げている。伊豆半島の防波堤(波止)でもときどき釣れたので、ボクのような防波堤釣り師(波止釣り師)には馴染みの魚となった。総て体長10㎝から20㎝前後の幼魚である。千葉県外房、相模湾では定置網などでも成魚は少なかった。当時、築地など関東の市場では希に入荷する程度の魚で食用魚としての認知度は極端に低かった。ちなみに、1980年代には外房(千葉県鴨川市)で見た体長30㎝が最大級だったはず。■写真は体長16cm。

意外に知られていないサンマの基本を整理して公開するが、以下の章をもうける。・サンマの基礎知識 1 サンマとは?・サンマの基礎知識 2 サンマはなぜサンマになったのか?・サンマの基礎知識 3 江戸時代からサイラをとっていた紀州・サンマの基礎知識 4 東京を始め関東がサンマっ食いになったわけ・サンマの基礎知識 5 落語、目黒のさんまを掘り下げる・サンマの基礎知識 6 1945年以降、そして2000年以降、塩焼きから刺身へ・サンマの基礎知識 7 日本海のサンマ(▼本ページ)サンマの生息域は非常に広い。国内では北海道から九州、石垣島などにもいる。北太平洋に広い生息域を持ち、東太平洋メキシコのハバカリフォルニアでもみられる。国内には太平洋系群と日本海系群が存在する。太平洋系群は夏から翌年にかけて水揚げされ、テレビでもたびたびとりあげられて有名である。日本海系群は早春から初夏にかけて水揚げされているが意外に知らない人が多い。

意外に知られていないサンマの基本を整理して公開するが、以下の章をもうける。・サンマの基礎知識 1 サンマとは?・サンマの基礎知識 2 サンマはなぜサンマになったのか?・サンマの基礎知識 3 江戸時代からサイラをとっていた紀州・サンマの基礎知識 4 東京を始め関東がサンマっ食いになったわけ・サンマの基礎知識 5 落語、目黒のさんまを掘り下げる・サンマの基礎知識 6 1945年以降、そして2000年以降、塩焼きから刺身へ(▼本ページ)・サンマの基礎知識 7 日本海のサンマ国内でのサンマの多くは太平洋側で揚がっているが、太平洋側での本格的なサンマ漁は17世紀(1600年代)から始まる。年をふるごとに漁法が改良され、とれる量が増大する。紀州(三重県西部と和歌山県南部)や伊豆では定置網や巻網に近い八手網(やつだあみ)漁、それを改良した「さいら網(「さいら」はサンマのこと)」、また流網漁(刺網)も行われる。20世紀、昭和になって生まれたサンマ棒受網漁は、かつてない量のサンマを取り、国内での流通、価値観を激変させた。サンマ棒受網漁は1939年に千倉(千葉県。伊豆で始まったという情報もある)で考えられた。これが第二次世界大戦で漁業どころではなく、そのまま休止状態になる。本格的に始まるのは戦後、1947年になって道東で、だ。漁船が大型になり、棒受網が北海道や東北で盛んになるとともにサンマの主要産地は北海道、東北となる。北海道では7月になると小型船による流網漁(流刺網)が北海道東沖で始まり、8月になると大型船による棒受網漁が始まる。7月、小型船の刺網漁で揚がるサンマの初入荷はお祭り騒ぎだった。「新サンマ」は1尾120g前後、1㎏あたり14000円から15000円などという信じられない値段で売られていた。棒受網漁で揚がったサンマの弱点は、大量に漁獲することで剥がれやすい鱗を飲んでしまって腹にためていることだ。刺網漁のサンマは鱗を飲んでいない。棒受網漁のサンマはもっとも味のいいとされるワタ(内臓)が食べにく。ただ7月から8月半ばまでの刺網のサンマは脂が少なく、棒受網漁の方が乗っている。8月半ばの棒受網漁解禁で、サンマの値段は徐々に下落していく。本格的なサンマシーズンは8月半ば以降であった。この7月の小型船の刺網漁から8月半ばの大型船の棒受網という一種秩序ともいえる形は不漁を機になくなっている。■宮城県気仙沼漁港に入船中のサンマ棒受網漁船。

マイナー魚は区分して考えないと何が何だかわからない。わけもわからずマイナー魚という言葉が一人歩きしている。これだけは絶対に避けなければならない。一定の地域だけで食べられていて、狭い地域、限定された地域で流通し、値がつくという魚がいる。これが意外に多いのだが、これを「高地域性マイナー魚」としたい。高地域性マイナー魚には珍しい魚はいない。むしろ平凡な魚だが、一定の地域だけで食べられていて、少し離れたところでは名前すら知られていない。例えば、サッパ、ヒラ、テンジクダイ、ヒイラギ、タカベ、スズメダイ、アブラボウズ、クロシビカマス、ババガレイなどがその典型である。また、「高地域性マイナー魚」とまではいかないが、似たような性質を持つものに、メダイ、コノシロなどがある。いくつか例を挙げていくが、これらの魚は情報の時代となっても「高地域性マイナー魚」のままである。水産の世界がいかに古い体質を残して、変化を好まないかといういい例だと思っている。「高地域性マイナー魚」は地域を外れると確実に低価格という意味の未利用魚になってしまう。情報というものがいかに重要かがわかるはず。写真は福岡市福岡市中央卸売市場鮮魚市場に並ぶ「あぶってかも(スズメダイ)」。●マイナー魚の基礎知識 1 魚はすべてマイナー https://www.zukan-bouz.com/article/1865

意外に知られていないサンマの基本を整理して公開するが、以下の章をもうける。・サンマの基礎知識 1 サンマとは?・サンマの基礎知識 2 サンマはなぜサンマになったのか?・サンマの基礎知識 3 江戸時代からサイラをとっていた紀州・サンマの基礎知識 4 東京を始め関東がサンマっ食いになったわけ・サンマの基礎知識 5 落語、目黒のさんまを掘り下げる(▼本ページ)・サンマの基礎知識 6 1945年以降、そして2000年以降、塩焼きから刺身へ・サンマの基礎知識 7 日本海のサンマ本ページは改訂を重ねていきます。現在のサンマのイメージは江戸時代以降の江戸の町で生まれた。秋の声を聞くと四十物(あいもの。加工品)である塩サンマ、干ものが食卓を飾るというのは江戸時代から昭和20年代(1945年前後)まで江戸(東京)を代表する光景であった。そして落語、「目黒のさんま」が生まれる。作者も、この話が生まれた年代も不明だが、大坂起源の話が多い中、間違いなく東京(江戸)生まれの話である。この話の面白いところは、この落語の主役は殿様だけではなく、サンマでもある、というところである。サンマが江戸・東京、もっと言えば関東でいかに馴染み深い魚であったか、がこの話から強くうかがえる。1960年代の話だが、西日本(中国地方・四国以西)の人間にはそれほどサンマは馴染みがなかった、この落語をテレビで見て改めてサンマに親しみを覚えた人間も多いはずだ。「目黒のさんま」の荒筋。世間に、というか下々の暮らしにうとい殿様が目黒へと鷹狩り、もしくは遠乗りに出掛ける。目黒の百姓屋(茶店)のそばを通りかかったときに、「昼餉の菜にするさんま」を焼いている匂いを嗅いでしまう。無性にこの匂いの正体が気になり、やがてたまらず食べたくなる。この話を得意とした三代目三遊亭金馬はし、隠亡焼きで焼き上げるとしている。隠亡焼きは炭火をおこし熾(火がしずまったあと)になったときサンマを炭の上に直にのせて焼くことだが、これは金馬の演出に違いない。煙を立てながら焼き上がった「さんま」がうまくないはずはない。それを強調したかったのだ。無理を押し通して食べたサンマが、あまりにもうまいので殿様、「目黒のさんま」で頭がいっぱいになる。ある日、親類筋の宴で所望するものを聞かれて、「さんま」と答える。親戚筋の家来は魚河岸からさんまを取り寄せて、脂を抜き、上品に汁ものに仕立てる。これがあまりにもまずいので産地を聞くと、房州ものだという。殿様、大いに落胆して「さんまは目黒に限る」が落ちである。殿様の親類筋が購入したサンマの産地を日本橋魚河岸、房州(千葉県という意味合いだと思う)のものだとしていることは重要な点である。北上して産卵のために秋になると南下するが、江戸時代、明治時代など動力船がないので、サンマが南下する経路に近い半島でしか漁ができなかった。南下してきたサンマが最初にぶつかるのが太平洋に突出した銚子だ。この秋のサンマは生殖巣が膨らんではいるが脂が乗っている。これが房総半島を過ぎ、相模湾、駿河湾と南下すると脂が抜ける。江戸時代以来、銚子のサンマは秋になると江戸にやってきていたが、もちろん北海道・青森東沖で揚がる今現在の夏から初秋のサンマと比べると脂は少ないが、江戸時代の漁法でとることのできる限りでは銚子のサンマは取り分け脂がのっていた。だから百姓屋(茶店)で焼くと煙が上がり、殿様の親戚筋の家来達は脂抜きをしたのだ。■写真は塩サンマ。

意外に知られていないサンマの基本を整理して公開するが、以下の章をもうける。・サンマの基礎知識 1 サンマとは?・サンマの基礎知識 2 サンマはなぜサンマになったのか?・サンマの基礎知識 3 江戸時代からサイラをとっていた紀州・サンマの基礎知識 4 東京を始め関東がサンマっ食いになったわけ(▼本ページ)・サンマの基礎知識 5 落語、目黒のさんまを掘り下げる・サンマの基礎知識 6 1945年以降、そして2000年以降、塩焼きから刺身へ・サンマの基礎知識 7 日本海のサンマ秋の声を聞くとサンマの塩焼きが食卓を飾る、というのは国内でも取り分け江戸(東京)を代表する光景であった。今、早まってはいるが、食卓にサンマの塩焼きがのると季節を感じるという意味では同じである。この銚子など産地で揚がったサンマは浜で塩をしたもので、「塩秋刀魚」と呼ばれるものだった。もちろん開き干しもあったはず。この「塩秋刀魚」から完全なる生(塩をしない)が増えるのは、まだ先、1970年代末の話となる。

マイナー魚の基礎知識を少しずつ作りあげていく。改訂を重ねていく。知名度のない魚(魚類)がマイナー魚というのはとても変だ。なぜならば魚はほぼ全部、知名度が極端に低いからだ。普通に考えると食用魚総てがマイナー魚である。この国は魚貝類をよく食べてきたとされている。実際人の口に入ったもの、入ったであろう魚は1000種以上にのぼる。それなのに、もっとも一般的な食用魚を、名は曖昧でもいいので10種類を挙げられる人は少ないと思う。そして魚10種を挙げて最低限の説明ができる人はこの国の人の中で、ほとんどいない。限りなくゼロに近いと思う。だからマイナー魚というのは明確に区分しておくべきだ。これをふまえて、まず、マイナー魚を区分していく。食用魚の話なので、食に関しての話でもある。1、この国で水揚げされている魚のほぼ総てがマイナーである。これがマイナー魚問題ではいちばん深刻だ。この国のほとんどの人がおいしいものを食べることには興味があるが、自分が何を食べているか、という根本的なことには関心がないということ。非常に大量にとれても、普通にスーパーに並んでいても無視され、気がつかれない魚たちだ。最大の原因は以下に挙げた。■テレビやマスコミに登場している料理研究家は、たぶんだけどボクから見たら魚の知識は幼稚園レベル以下だと思う。なぜか? 魚料理は料理研究家には不要だからだ。せいぜいサーモンの切り身程度というが、料理研究家にはサーモンがなにか、すらわかっていない気がする。テレビや雑誌などのマスコミはほぼ総ての魚を排除している。なぜか、売れないからで、視聴率がとれないからだ。例えば料理雑誌の編集ページ(その雑誌の中心的なページ)にはイサキ程度の魚も載せようとはしない。■水産学(魚)を教える学校がない。水産学というのは水産物を利用するための一般的な知識のことで、常識と言い換えてもいい。水産系の大学など各論的になりすぎて、一般論的なものは無視している。その上、今現在、一般的な意味での水産学的知識を持っている人間は存在しない。もしも一般常識的な魚の知識を持っている人がいたら会ってみたいものである。マイナー魚の基礎知識 2地域性の高いマイナー魚へ ●https://www.zukan-bouz.com/article/1874

意外に知られていないサンマの基本を整理して公開するが、以下の章をもうける。・サンマの基礎知識 1 サンマとは?・サンマの基礎知識 2 サンマはなぜサンマになったのか?・サンマの基礎知識 3 江戸時代からサイラをとっていた紀州(▼本ページ)・サンマの基礎知識 4 東京を始め関東がサンマっ食いになったわけ・サンマの基礎知識 5 落語、目黒のさんまを掘り下げる・サンマの基礎知識 6 1945年以降、そして2000年以降、塩焼きから刺身へ・サンマの基礎知識 7 日本海のサンマサンマの食文化が国内で最初に繁栄したのは紀伊半島周辺である。太平洋に広く生息域をもつサンマには3系群(大きな産卵群)あるが、国内には太平洋北西系群と日本海系群の2つがいる。もっともたくさんとれて国内での生活に直結しているのは太平洋北西系群(太平洋沿岸を南北に回遊する)である。太平洋側のサンマは水温が下がる秋から春に、温かい南の海域で産卵をし、孵化した稚魚、幼魚は黒潮(暖流)にのって北上する。エサの豊富な北海道・青森県東沖で成長する。そしてまた夏から春にかけて産卵のために南下する。脂がもっとものる時季は8月から10月にかけて、北海道・青森県の東沖だが、岸から非常に遠い位置に群れている。サンマは昔々から食べられていたが、江戸時代から昭和になっても、原始的な漁法では岸に近づいてきた個体群しか漁獲できなかった。現在のように脂ののったサンマが食べられるようになったのは現代になってからなのだ。日本列島でもっとも古くからサンマを食べていたのは、南下する群れが陸に近づいてきたところ、半島、もしくは島だ。日本海の佐渡島、また能登半島のある富山湾、朝鮮半島に島が連なる長崎県。■日本海のサンマに関しては別項をたてる。太平洋側では伊豆半島、紀州(和歌山県南部と三重県西部)、高知県室戸岬東岸であるが、多くが紀州(紀伊半島)を目指して南下してくる。紀伊半島の東側の熊野灘は江戸時代以来の産地と言えるだろう。もっとも陸地に近づくのが旧紀州藩の紀伊半島熊野灘側で、いちばん漁獲していた地域は紀州の熊野灘にそった三重県と和歌山県だ。この地域ではサンマを、サイラ、サイリ、サイレ、サイロ、サエラ、サイレなどと呼ぶ。学名のCololabis saira (Brevoort, 1856)の種小名「saira」も採取した地域の呼び名サイラから来ており、マシューペリーのペリー艦隊が採取して故国アメリカでジェイムズ・カーソン・ブレボートが記載したときの個体も、紀伊半島周辺のものかも知れない。紀州は漁業先進地であり、江戸時代延宝年間(1673-1681)までには群れを作って回遊するサンマなどをとる漁法が生まれていた。16世紀~17世紀初頭に近畿地方、尾張地方などで綿花栽培が始まり、菜種の栽培も盛んになる。この綿花栽培は衣料の革命でもあって、人々の暮らしを大きく変えた。それまでの繊維である麻は保温性が低く、羽織っても寒く着心地が非常に悪い。保温性が高く、洗える木綿は急速に普及し、畿内で始まった綿花栽培は急速に広がっていく。ここで必要となったのが干鰯(マイワシをゆでて干したもの)である。干鰯の需要のもとに網漁である紀州漁法が生まれたのだ、ともいえるだろう。17世紀に生まれた紀州漁法は巻き網のひとつで、主にサンマをとるので「さいら網」という。紀州の多獲性魚類の漁は干鰯の原料であるマイワシに始まり、マサバもとるようになる。やがて時季にはブリをとり、サンマをとるというように発達してくる。この紀州漁法は17世紀に醤油醸造などの技術とともに千葉県銚子にも伝わる。千葉県銚子が江戸時代に漁業が盛んな地となり、サンマの産地になったのはこのためだ。■関東でのサンマの食文化は次回に持ち越す。

意外に知られていないサンマの基本を整理して公開するが、以下の章をもうける。・サンマの基礎知識 1 サンマとは?・サンマの基礎知識 2 サンマはなぜサンマになったのか?(▼本ページ)・サンマの基礎知識 3 江戸時代からサイラをとっていた紀州・サンマの基礎知識 4 東京を始め関東がサンマっ食いになったわけ・サンマの基礎知識 5 落語、目黒のさんまを掘り下げる・サンマの基礎知識 6 1945年以降、そして2000年以降、塩焼きから刺身へ・サンマの基礎知識 7 日本海のサンマ明治時代の初め、非常に限られた地域でサンマはサンマと呼ばれていた。サンマは関東などの一部で使われていたもので、主流ではなかった呼び名である。なのになぜ、サンマをサンマということになったのか?日本の近代的な動物学(生物学)は明治時代はじめ、東京市にあった東京大学で始まる。このとき動物学者は国内で共通して使うための動物の名前を大急ぎで決めなければならなかった。これを標準和名というが、実際に使われている呼び名を採取して採用した。当然、東京大学は東京にあったので東京周辺で大急ぎで呼び名を集めた。サンマは当時、明らかに西の魚だったが、東京を始め関東の呼び名サンマとなったのには、このような経緯があったためだ。余談だが、標準和名のアカアマダイは東京では雑魚に近い扱いでくずしもの(練り製品)にするのが関の山だった。比べると京都を始め近畿では「ぐじ」と呼び、盛んに、様々な料理法で食べる。なのに「あまだい」となったのも東京大学で動物学が始まったせいだ。後に述べるが、サンマ漁は紀伊半島南部の旧紀州藩の紀州、三重県・和歌山県の熊野灘で江戸時代に始まる。これが熊野灘から紀伊半島の山岳地帯、伊勢地方、近畿へと送られた。当然、呼び名と一緒に送られたので、紀州での呼び名を使う地域が広がる。昭和17~19年までに発刊された、『日本魚名集覧』第一部、第二部、第三部(アチック・ミューゼアム、のちに日本常民文化研究所)などでも標準和名サンマの地方名は紀伊半島南部周辺に多い。そこから供給を受けていた紀伊半島山間部、和歌山県西部、三重県東部・北部、滋賀県、奈良県、大阪府には鮮魚も送られていたと思うが、主に塩蔵品で、もっとも多かったのが丸のまま硬く干したものだろう。〈このころ(秋)になると、伊勢(三重県伊勢地方)の行商人が生のさよりを持って回ってくる〉というのが『聞き書 岐阜の食事』の「美濃〈御嵩の食〉」(農文協)にある。この熊野灘から供給を受けていた地域ではサイラ(呼び名もカタカナ表記とする)、サイリ、サイレ、サイロ、サエラという呼び名が広く使われ、三重県、和歌山県の一部地域でサヨリと呼ぶ。熊野灘から遠い三重県伊勢地方鈴鹿などではカドという。

サンマは古くはとても地域的な魚であった。江戸時代以前には伊豆、紀伊半島、高知県室戸などの半島、岬だけのもの。それがまとまってとれるようになり、紀州(三重県西部・和歌山県東部)で食文化が生まれ、関東の銚子から江戸(東京)に伝わる。1945年以降に棒受け網などの普及で全国で食べられる大衆魚となる。大衆的な魚だったサンマが2000年前後に一部高級なものへと生まれかわる。意外に知られていないサンマの基本を整理して公開するが、以下の章をもうける。・サンマの基礎知識 1 サンマとは?(▼本ページ)・サンマの基礎知識 2 サンマはなぜサンマになったのか?・サンマの基礎知識 3 江戸時代からサイラをとっていた紀州・サンマの基礎知識 4 東京を始め関東がサンマっ食いになったわけ・サンマの基礎知識 5 落語、目黒のさんまを掘り下げる・サンマの基礎知識 6 1945年以降、そして2000年以降、塩焼きから刺身へ・サンマの基礎知識 7 日本海のサンマ

さて、本コラムはあくまで一般消費者のためのものです。高度な知識がある人が読んでも面白くしてあるつもりですが、一般性の高いものの比重が高いと思っていただきたい。関連ページは改訂を繰り返していく。・メバルの基礎知識1 江戸時代の眼張とメバルと呼ばれる魚 (▼本ページ)・メバルの基礎知識2 もっとも一般的なメバル4種・メバルの基礎知識3 元祖メバルは浅場にいる3種類・メバルの基礎知識4 「メバル」の主流は圧倒的にウスメバルである「めばる」と呼ばれた魚は多種であり、時代とともに変わっている。『本草綱目』(1596年、明の李時珍の作った人に有益な動植物鉱石などの百科事典)が、江戸時代初めに国内に持ち込まれる以前に生き物を詳しく述べた書はない、と考えているので、「めばる学」は江戸時代から始めたい。江戸時代にはこの『本草綱目』に習って様々な書が作られる。これを本草書とする。〈目張魚 正字は未詳 △思うに、目張魚の状は赤魚に類していて、大へんみ張った目をしている。それでこういう。……播州赤石(明石のこと)の赤目張は江戸の緋魚(たぶんアコウダイ)とともに有名である。……黒目張魚 形は同じで色は赤くない。微黒である。大きなもので一尺あまり。赤黒の二種ともに蟾蜍(ひきがえる)の化したものである。〉『和漢三才図会』(寺島良安 東洋文庫 平凡社 正徳2年 1712)〈めはる 状あかを(緋魚)に似て、目大にはり(張)いだし、闊口(おおぐち)ならず、味わいほぼ同じ、赤黒の二種あり諸州に多し〉『魚鑑』(武井周作 天保辛卯 1831) この2書が江戸時代の本草書の中でも「めばる」にはいちばん詳しい。『和漢三才図会』は江戸時代の絵の入った百科事典と考えるべきで、『魚鑑』は魚に特化した辞典的なものだ。『本草綱目』に「めばる」はないので、「眼張(めばる)」は俗である。「めばる」の体色は赤であること、口はそんなに大きくないことから、現在のカサゴとウッカリカサゴ(メバル科カサゴ属カサゴ)に当たる。「黒目張魚」が現在のメバル3種(クロメバル、アカメバル、シロメバル)だろう。この4種の特徴は目がまん丸で大きく、口はそんなに大きくない。大きくなっても一尺あまり(全長30cmほど)にも当てはまる。■写真はカサゴ。

イサキとはひとりぼっちで悲しい魚だという話をしたい。本州、四国、九州にいる魚で、漁獲量は多獲性魚類(サバ類、マアジ、サンマなど)であるマイワシなどと比べると少ないが、決して魚全体からみると決して少なくはない。外洋に面した磯(岩などが多い浅いところ)にいる魚で、漁港や岩場などから海をのぞくと小型なら見られるくらい在り来たりの存在である。しごくおとなしい顔をしており、歯は小さく、エサは甲殻類や小さな軟体類であるイカタコなどで、食い殺すのではなく飲み込むタイプである。小エビなどにとっては優しい悪魔だ。ここまではイサキの解説だが、まずは食用魚イサキって知ってますか? から始めなくてはいけない。たぶんだけど、この国に住むほとんどの人は知らないだろう。昔、マスコミ関係の話し合いで、食の専門家ですらイサキを知らない人がいてビックリしたが、これが現実だろうなと思ったものだ。ちなみにこの国の料理研究家は最低限の植物(野菜)と、鶏肉と豚肉、牛肉だけ知っていて、ご飯が炊けて、パンでも焼ければなれそうだと思う。間違いなく水産物の知識はゼロでもやっていける。この国のほとんどの人が食べ歩きには興味があるが、料理にも食材にも興味がないのだから、仕方がないだろう。