サンマの基礎知識 6 1945年以降、そして2000年以降、塩焼きから刺身へ
サンマ棒受網漁は間近で見ると非常に巨大だ
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意外に知られていないサンマの基本を整理して公開するが、以下の章をもうける。
・サンマの基礎知識 1 サンマとは?
・サンマの基礎知識 2 サンマはなぜサンマになったのか?
・サンマの基礎知識 3 江戸時代からサイラをとっていた紀州
・サンマの基礎知識 4 東京を始め関東がサンマっ食いになったわけ
・サンマの基礎知識 5 落語、目黒のさんまを掘り下げる
・サンマの基礎知識 6 1945年以降、そして2000年以降、塩焼きから刺身へ(▼本ページ)
・サンマの基礎知識 7 日本海のサンマ
国内でのサンマの多くは太平洋側で揚がっているが、太平洋側での本格的なサンマ漁は17世紀(1600年代)から始まる。
年をふるごとに漁法が改良され、とれる量が増大する。
紀州(三重県西部と和歌山県南部)や伊豆では定置網や巻網に近い八手網(やつだあみ)漁、それを改良した「さいら網(「さいら」はサンマのこと)」、また流網漁(刺網)も行われる。
20世紀、昭和になって生まれたサンマ棒受網漁は、かつてない量のサンマを取り、国内での流通、価値観を激変させた。
サンマ棒受網漁は1939年に千倉(千葉県。伊豆で始まったという情報もある)で考えられた。これが第二次世界大戦で漁業どころではなく、そのまま休止状態になる。本格的に始まるのは戦後、1947年になって道東で、だ。
漁船が大型になり、棒受網が北海道や東北で盛んになるとともにサンマの主要産地は北海道、東北となる。
北海道では7月になると小型船による流網漁(流刺網)が北海道東沖で始まり、8月になると大型船による棒受網漁が始まる。
7月、小型船の刺網漁で揚がるサンマの初入荷はお祭り騒ぎだった。「新サンマ」は1尾120g前後、1㎏あたり14000円から15000円などという信じられない値段で売られていた。
棒受網漁で揚がったサンマの弱点は、大量に漁獲することで剥がれやすい鱗を飲んでしまって腹にためていることだ。刺網漁のサンマは鱗を飲んでいない。棒受網漁のサンマはもっとも味のいいとされるワタ(内臓)が食べにく。
ただ7月から8月半ばまでの刺網のサンマは脂が少なく、棒受網漁の方が乗っている。8月半ばの棒受網漁解禁で、サンマの値段は徐々に下落していく。
本格的なサンマシーズンは8月半ば以降であった。
この7月の小型船の刺網漁から8月半ばの大型船の棒受網という一種秩序ともいえる形は不漁を機になくなっている。
■宮城県気仙沼漁港に入船中のサンマ棒受網漁船。
サンマはトン単位の入札なので場内はとても静かだ
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この棒受網によるサンマの大量漁獲は国内のサンマの食文化を変えた。
大量に取ることにより、日本全国で食べられるようになり、沖縄など熱帯域の魚の味に慣れていた人々がサンマの味に魅せられる。
サンマこそが沖縄県などの亜熱帯域での白身魚離れを引き起こしたのではないか、とさえ思っている。
水揚げはシステム化され、とれたら比較的短時間で流通できるようになる。
当然、塩サンマ主流から、生サンマ主流に変わる。
さて、北海道から東北太平洋側、千葉県銚子と秋になると南下が始まる。
サンマの水揚げは1隻で数トン単位なのでそれをさばける漁港でしか水揚げが出来ない。
北海道根室市の花咲漁港、岩手県大船渡漁港、宮城県気仙沼漁港、福島県小名浜漁港、千葉県銚子漁港などだ。
ちなみに産地では競りではなく、船ごとの大きさ別の見本が並べられての、入札が行われている。
■宮城県気仙沼漁港に入船中のサンマ入札。
輸送技術がサンマの評価も食べ方も変えた
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生まれて初めてサンマの刺身を食べたのは1980年代、岩手県でだが、これは明らかに産地だからこそのものだった。
東京都内でサンマの刺身が珍しいと思わなくなったのはミレミアムの年、2000年前後のことだと思っている。
ミレニアムに向けて深夜まで仕事という日が増えると、当然、仕事場の近くの料理店で食事をとることになる。
都心の料理店でサンマの刺身を珍しそうに食べている、その情景が未だに記憶に残っている。
それ以前は、サンマの刺身が食べられる店はほぼなかったと記憶する。最初はサンマの刺身をとても珍しいと思ったものだが、いつの間んか普通になってくる。
実はこのときサンマの流通に新しい技術が導入されていたのだ。
北海道からの航空貨物輸送が始まる。
サンマと言えば8㎏判(1箱に8㎏のサンマが入っている)だったのが、5㎏が普通になる。不漁期になると4㎏判になり、やがて2㎏判が主流になる。
このとき築地で、東北以上に北海道のサンマの方が鮮度がいい、という話を聞いている。
流通資材にも革命が起こる。
ごつごつした氷が薄い板丈になる。これをフレーク氷という。これで水氷(氷入りの塩水)を作り、そこにサンマを入れる。
水氷のサンマは発泡の箱に直接入れるのではなく、箱とサンマの間に「さんま蒸着袋」 というアルミフォイルで出来た袋をあてがう。
この技術革新で日本全国でサンマの刺身が食べられるようになったのだ。
■さんま蒸着袋に水氷の中のサンマは1尾売り。
今じゃ当たり前のサンマの刺身だが
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だいたい2000年以前は塩焼き用の魚だったサンマが、以降には塩焼きだけではなく刺身でも盛んに食べられるようになる。これで鮮度のいいサンマの価格は安定的にやや高値となる。
これが2023年以降に不漁となり、流通は2㎏判が漁期を通じて主流となる。1尾当たりの値段も2㎏で何尾はいっているかで決まるように変わる。
200gサイズはめったにないので非常に高額となるが、この場合、2㎏判の箱の横に「10」という数字がつく。比較的多いのは150g前後の「13」、140g前後の「14」である。ここまでは高級魚としてもいいだろう。
反面、秋になっても100〜120gしかないものは極端に安くなる。
よくあっちのスーパーでは3本入り250円だったとか、こっちでは1尾250円だったとか言う人がいるが、これは重さが生み出す価格差なのだ。
110gのサンマと150gのサンマでは味にびっくりするほどの差がある。
漁場も北海道・青森東沖が主流になり、三陸沖にはなかなか下りてこなくなる。
サンマの棒受網船が千葉県銚子までくることはほとんどなくなった。

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