兵庫県日本海、但馬地方の「じゃう」
「さばのじゃう」は古くはマサバが豊漁だったために生まれた
兵庫県但馬地方の「じゃう」は魚を水洗いして適当に切り、野菜と一緒に煮て作る醤油味の煮もの、汁、もしくは鍋だ。1960年代以前の食生活を聞書いた、『聞き書 兵庫の食事』(農文協)にも1行ほど「さばのじゃう」が載っていて、写真を見る限りは煮ものそのものだ。合わせる野菜は聞取した限りではゴボウ、ネギが基本形であるようだ。これ一品を作るだけでおかずにもなり、汁にもなり、酒の肴にもなる。手間いらずな料理でもあるようだ。
よく「じゃう」を「すき焼き」のことだとしている書があるが、たぶん間違いだと思う。獣肉などを少量の液体で調理するのが「すき焼き」で、「じゃう」は鍋にするにしても液体の量が多いのである。要するに知名度が上がり一人歩きしはじめた「すき焼き」という言葉を多くの地域でそれらしい料理に当てはめた。それをまた見識のない人が広めたのだと思う。実際、西日本の家庭で作られる「すき焼き」の多くが液体の多い醤油味の鍋である。
料理名「じゃう」
同様の料理は日本各地にありそうである。大阪府のもっとも古い形の「うおすき」、滋賀県の「じゅんじゅん」、三重県尾鷲市の「じふ」、島根県石見地方の「煮食い(にぐい)」などだ。作り方などもそっくりなので魚がとれるところで自然発生的に生まれた可能性もある。醤油以前は「みそたまり(みそから染み出る液体)」で作った可能性が高いと考えられる。
料理の理念
どの地方でも言えることだが、漁で揚がった売れないいろんな魚を使い作ること、また様々な作り方があることなども同じである。言うなれば魚を煮て食べるという単純な料理だから今に続いているのだ。このような売れない魚を使った料理は、例えばフランスのブイヤベース、イタリアのカッチュッコ、ロシアのウハーなどとも共通する。
写真は鍋の「さばのじゃう」だ。昔、兵庫県の日本海側、但馬地方は国内屈指のマサバの産地であった。産地でもっともたくさんとれる魚を使うのが「じゃう」なのである。
また鍋でもあるというのは寒い時季の料理だからだ。汁や煮ものよりも煮ながら食べる鍋の方が効率的だし、また家族が食べたいだけ食べられるなどの利点がある
聞取した限りでは、日本海に面した但馬地方では、今現在も「山がれい(ヒレグロ)」、「はた(ハタハタ)」で作られているという。この2種は寒い時季にあるていどまとまってとれ、また「山がれい」の小型は売り物にならない魚の漁師さんの家庭での自家消費といえる。
また国内で長年問題となっていたリジン欠乏症には特効薬的なものだったのではないか。当然優れた料理なので漁業のある海辺から、山間部への広がりもあったはずだ。
汁物としての「さばのじゃう」
家庭料理では鍋ものと汁もの、煮物に区別はない。汁が汁らしくなければならないのは料理店だけで、家庭では区別する必要がないからだ。
また、マサバで作る「船場汁」におかずの「船場煮」があるのと同じように、、「じゃう」に汁があり、おかずがある。
写真は「さばのじゃう汁」だ。
おかずとしての「さばのじゃう」
兵庫県の日本海側、但馬で聞く限りでも「じゃう」が鍋ものなのか、汁なのか判然としない。大阪の郷土料理、「船場汁」に「船場煮」があるように「じゃう」も必要に合わせて様々に姿を変えるのだと思う。
農文協『聞き書 兵庫の食事』では「おかず」とある。写真を見る限りは汁でも鍋でもなく、煮物である。
野菜はなんでもいいと考えているが、聞き書と同じ、ゴボウ、ねぎ、玉ねぎを使った。味つけなど総て鍋もの、汁ものと同じで、水を少なくしてほんの少し濃い目の味つけにした。まさにおかずそのものである。
別にみそ汁を作ったときなどには、「じゃう」はおかずでなければならない。「じゃう」はそのときどきの状況によって形を変えるのだ。
売り物にならない小型魚で作る「山がれいのじゃう」
「山がれいのじゃう」の鍋ものタイプだ。
兵庫県日本海側但馬地方の郷土料理「じゃう」は魚の醤油味の煮物、汁もの、鍋もののことだ。手に入れやすい魚の中でも比較的値のつかない魚を使う。様々なやり方があり、様々な作り方が今も存在するが、魚を無駄なく効率的にとり、また手早く出来るという意味でも未来に残して置きたい料理法である。
沖合い底引き漁の船である、共進丸で聞いた限りでは、もっともよく使う魚は小型の「山がれい(ヒレグロ)」、「はた(ハタハタ)」だという。
マサバが豊漁であったときは、マサバ作られていた「じゃう」が、不漁になると、底曳き網の魚に交替する。その交替した魚の中の代表が「山がれい」なのだ。
島根県石見地方に「煮食い」という郷土料理がある。この地域でも底曳き網が盛んで、底曳き網で揚がる魚の中で売れないサイズを使ったもの、また醤油味で煮るということでは「山がれいのじゃう」との違いがほとんど見つけられない。この共通性も非常に興味深い。
ここでは香住の共進丸で聞き取ったことを基本とした。
水洗いして適当に切る。水分をよくきり、醤油・酒に漬け込む。
1時間程度つけ込んだら、つけ込んだ汁に水を加えて煮立たせて味を調える。
これで基本となる野菜ゴボウ、ねぎと一緒に煮ながら食べる。
主に漁業関係者が作る料理だと思われる。液体が多いと鍋、汁もの、おかずにするときは液体を少なくして煮物にも変身する。
汁ものと鍋ものの違いはない
山がれいのじゃう(汁もの)。
兵庫県日本海側但馬地方の郷土料理「じゃう」の汁ものタイプだ。鍋ものと作り方は同じで、銘々の器についで、銘々の膳で食べることだけが違う。
鍋は夜のもので、昼や朝は汁として食べるということかも知れない。
西日本の水炊きに魚を加える
山がれいのじゃう(水炊き)。兵庫県日本海側、但馬地方の郷土料理、「じゃう」は水揚げされた魚の中で比較的売れない魚を煮て食べる。煮物でもあり、汁ものでもあり、鍋でもある料理だ。香住漁港で聞いたかぎりでも様々なやり方があある。
そのひとつがこの水炊きタイプである。水炊きは関西から中国、四国にかけて作られているもので、古くは調味しない水で野菜などを温めて食べるものだ。ここにあまり売り物にならない魚を加えて作る。
醤油・酒で漬け込んで、醤油味で煮るやりかたと比べると遙かにあっさりしている。
ハタのじゃう(ハタハタのじゃう)
「ハタのじゃう」鍋ものタイプだ。
「じゃう」は兵庫県日本海但馬地方でもともとは漁師さんたちの間で作られていたものだが、一般家庭にも広がっている。サバ(マサバ)が豊漁のときにはマサバで、山ガレイ(ヒレグロ)がたくさんとれれば山ガレイで作るという人も多い。
ハタハタは現在のように沖合いに移動する大きな群れを発見する以前は、ときどき揚がる雑魚のようなものだった可能性がある。今、「ハタのじゃう」はとて贅沢な食べ物だが、昔は未利用魚だった可能性がある。また揚がったハタハタの中でも小さいもの、傷がついたものなどを使っていたのだろう。
多様な作り方があるが、ここではハタハタを水洗いする。醤油・酒の地につけ込む。このつけ汁と水、醤油などで煮汁を作り、料理する。
野菜はごぼうとネギが基本だという。
漬け込みをしておけば保存性が高まる上に、あっと言う間に作ることができる。
身離れがよく脂がのっているので端的にうまい。
ハタのじゃう、汁タイプ
「じゃう」の魚はなんでもいい。キツネダラの「じゃう」
兵庫県日本海但馬地方でもっとも盛んな漁は底曳き網である。ズワイガニ、ハタ(ハタハタ)、ホタルイカなどすべて底曳き網の産物である。
もっとも多様な水産生物がとれるのが底曳き網であるが、中でもキツネダラ(ババダラとも。標準和名はタナカゲンゲ)は大きさからしても目立つ存在である。鳥取県岩美町で鍋が人気を博しているのは、その大きさと奇っ怪な姿のためでもある。ある意味、インスタ映えする魚なのである。
当然、「じゃう」の材料としても非常に優れている。皮周辺の独特の食感、うま味豊かなこと、身の上品なところなど非常にうまい「じゃう」になる。
注意しなくてはならないのはぬめりが多いことだ。切り身にして醤油に漬け込むとヌメリが汁を濁らせてしまう。
ここでは湯通しして、冷水にとり、ぬめりを落として酒・醤油・水の地でたきながら食べた。
まるでアンコウ(キアンコウ)のような部分と、タラ類のような白身の部分が混在する。やたらとうまい鍋になる。