イボダイは東京の呼び名の東京訛りを取り去ったものだ

疣とはつくけど、非常に美魚なのである


つれづれなるままに。ほんの数年前までボクは、水産業とも動物学・植物学ともまったく関わりのない世界、非常に流行りとかトレンドとかを扱う世界の片隅にもいたのだ。
学校を卒業して、そこで仕事を始めたとき、同時に水産生物をなんとなくではなく基礎から調べ始めた。そのとき神保町大学の先人から絶対に専門家になってはいけないと教わる。技術的な分野なら専門家になってもいいが、いわゆる文化をやるなら、「専門家=死」とも言われている。
ということで、専門分野は死にものぐるいでやりながらも、まったく違う角度、素人・遠目の自分を存在させている、つもりだ。
さてそこで、今回のイボダイの話に移る。
標準和名イボダイは明治時代半ばには〈エボダイ〉が標準和名だった。田中茂穂はイボダイを標準和名としながらも、〈東京では訛ってエボダイということが多い〉とある。ちなみに「疣鯛」は体表から粘液を出すための名で、詳しくは述べない。
ちなみにこの時代の標準和名が東京と神奈川なのは、動物学の本拠地でもある東京帝国大学理科大学が東京都本郷にあり、研究所が神奈川県江の島・三崎にあった。その周辺で呼び名を採取したからである。
それにしても内村鑑三が魚類学者であったときの「エボダイ」を、東京の訛りだとしてイボダイにした犯人がわからない。
【話の寄り道】 標準和名は国内での動物学の土台を作りあげた、箕作佳吉(安政4〜明治42/1858〜1909 14歳で大学南校からアメリカに渡米。日本人最初の動物学者)や石川千代松が、Standard Japanese name (標準和名)を決めることから始める。念のために、Standard Japanese name はあくまでも科学の分野での名前である。正しい名前などというものではない。
これはモースと、動物学の教師ではないがヒルゲンドルフの時代から始まっていたはずだが、やはり本格的になるのは箕作佳吉以後だろう。

姿を見てイボダイだとわかる人はほとんどいないはず


ボクのように、水産とはなんにも関わりのない世界にいると、イボダイを知っている人は日本列島に住む人の1%くらいだと思える。曖昧だけど、なんとなく知っているを含めても3%くらいかな? というのがボクの考えである。水産業界にいたら、そんなことは考えないと思う。
イボダイの知名度の低さは先にも述べたように、東京では主に「えぼだい」、大阪では「うぼぜ」、「しず」と呼ばれることが多いためだ。
魚介類は日々食べるものの中でも重要なものなのに、普通の人は普通の食用魚の名前(地方名も含めて)すら知らないし、興味がないのである。
ときどき水産関係の人と話をしていて、不思議に思うことはマイナー魚が特殊な例だと思い込んでいる点だ。一般の方にとってこの国の海域で揚がる魚の99.9%がマイナー魚なので、知名度の高い魚を挙げた方が早い。と言うことで、この国でイボダイは確実にマイナー魚だ。
それでもイボダイは高い。ある程度大きいととても高い。この値の高さはプロだけが決めたことで、プロの価値観である。値段はプロ(大卸・仲卸)とプロ(主に料理店)が価値観を共有して生まれる。魚の値段は、一般人とは無関係なのだ。
だからほんの少しでも魚に興味があるなら本種など、自分の暮らしている地域での呼び名だけでもおぼえるといいのだ。そして干ものの「えぼだい」とは往々にして別の魚で、イボダイの干ものや鮮魚が意外なほど高いことを知るといい。

刺身もいいけど、酢ととても相性がいい


神奈川県三浦産イボダイ(体長19cm・225g)を八王子綜合卸売協同組合、舵丸水産で買う。三浦半島をはじめ相模湾のイボダイは鮮度抜群である。
隣で見ていた丹波山村(山梨県)の食料品店のオヤジサンは、「『えぼだい』って高いな」というので、やはり山梨県でも「えぼだい」である。仕入れではなく自分用に買って煮て食べたら後日、「高いのも仕方ないや」と言ったのである。
今回、突然、酢じめが食べたくなって買ったが、やはりそれなりに値段である。値段の認識は買わないと生まれない。もちろん業者や漁師以外での話だが、魚を日常的に買わない人間は魚を語る資格がない。

季節の変わり目は酢の物いろいろが欲しくなる


実際に酢じめ、酢の物にしたら、深夜酒が進む進む。
イボダイの味の特徴は脂が身に混在して柔らかく、身に味があることだ。
きっと一般人とは関係なく永遠に値が下がることはない。


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