今やイトヒキアジは惣菜魚そのもの

知名度的にはマイナーだけど、とれる量からするとメジャー


イトヒキアジは本州が北限で、世界中の熱帯から温帯に生息している、真四角なアジ科の魚である。
若い個体の背鰭と臀鰭は、ひらひらと新体操のリボンのように伸びている。銀色なので水中で見ると非常に美しい。成長するとだんだん鰭が短くなり、オッサン顔になるところなど、子役のときの輝きをなくした女優のようだ。
イトヒキアジの糸引きはこの若い個体の呼び名だ。国内での呼び名をみてもとどれもこれも長い鰭に由来する。
明治時代以来昭和になるまで、この国の動物学者・民俗学者は国内での生き物の呼び名をやっきになって採取したが、このオッサン顔の親からの呼び名は九州以北にはない。イトヒキアジは昔、成魚は九州以北にはほとんどいなかったのだ。
鹿児島県島嶼部、沖縄では昔から1m近い成魚が普通にとれる。呼び名のソージガーラ、のソージは障子のこと、ユダヤガーラのユダヤーは涎のことだけど由来などはわからない。
【余談だが、英名にPennant-fishというのがある。和訳すると旗、幟だと思う。国内の呼び名にも「幟さん」、「幟立て」があるのは和洋考え方が同じということだ】
1985年に紀伊半島を回る旅をしている。大阪から南下して、野宿と民宿に泊まり、港を縫うようにして熊野市までの旅だった。紀伊半島でよく見かけたのが手の平大のイトヒキアジで、最初は珍しいので拾っては撮影していたが、あまりにもたくさん落ちているのでバカバカしくなった。湯浅あたりの漁師さんの話では「おかずにもならない」こまった存在だったようだ。
2000年代から日本各地で定置網の水揚げだけではなく、網揚げの見学もさせて頂いている。相模湾平塚ではひとまわり大きいものが揚がっていたが、一日に数個体だった。ここでも手の平級はたくさん揚がることがある、という話だった。
2010年くらいまでは九州南部はともかく、四国、本州とも本種はひらひら鰭が長い食うに食えない魚であり、網に大量に入ることがあるので迷惑至極な存在だった。
これが最近、希に大型の成魚もとれるし、食い頃の重さ500g以上などたくさんとれるようになっている。
今週、八王子総合卸売センター、福泉に並んでいったのは、体長30cm・0.6kgなので見頃(見て可愛い)・食べ頃(食べるに手頃)なサイズである。
最近思う事はイトヒキアジはやっかいな存在から、普通の食用魚で、歓迎される存在に変心しつつあるということだ。
問題はもう少しだけ知名度が上がることだろう。スーパーなどに切り身で並べれば身色もきれいだし、売れ筋になるのではないかと思う。

甘酢あんかけは昔ながらの和の惣菜

イトヒキアジの甘酢あんかけ

買い求めてきて、刺身で昼飯のお菜にする。大分県鶴見の魚は仕立て(出荷の時の魚の取り扱い)がよく鮮度抜群の上物揃いである。
刺身の残りは切り身にしてエスカベーシュにして数日食べる。これを当座料理という。
夕食には禁酒中なので、甘酢あんかけを作る。だしのきいた甘酸っぱいあんを、揚げたてサクサクの唐揚げにジュンとかけただけの簡単なおかずである。
あんの材料であるにんじん、ぴーまん、玉ねぎなどをせん切りにする。カツオ節出しに酢・酒・砂糖・薄口醤油・塩で味つけする。ここに野菜を入れて、片栗粉でとろみをつける。
水洗いして三枚に下ろし、腹骨・血合い骨を取る。水分をよく切り、小麦粉をまぶしてカリットするまで揚げる。皿などに盛り、あんをかける。
あんが完成するのと、揚げ上がりを合わせる。

ご飯にのせて食べてこそ

ご飯,イトヒキアジの甘酢あんかけ

このサクッとした表面の中には、程よく繊維質でほぐれ感があって、うま味豊かな白身が隠れている。だしのうま味と甘酸っぱさが優れた媒体となり実にご飯に合う。
やはりイトヒキアジは、この国の新惣菜魚となりそうである。


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