秋の小タカベを侮るなかれ

相模湾では毎年稚魚や若魚が定置網に入るが


東京では夏の風物詩でもあるし、梅雨時になるとぐんと値を上げる、それがタカベである。最近あまり見かけない上に、例えば豊洲などで伊豆諸島産などを見つけると恐るべき値がついていたりする。古くは東京都の庶民の味だったタカベが、とても手の届かない高嶺の花と化しているのである。
タカベは1科1属1種という孤高の存在である。魚類学者はあれこれ考えたようで、現在ではイスズミ科(この仲間も一般的にはほぼ知られていない)だとする説がある。そうなったらなったで納まるところに納まった感じもするが、淋しい思いが強くなりそうだ。
生息域は日本列島でも相模湾以南、九州までの太平洋側で、このまま熱帯にもいるのかと思ったら差に非ず、中国大陸の黄海や渤海にはいるらしいがやたらに生息域が狭い。魚類には生息域の狭い種がいると同属に生息域のやたらに広い種がいたりする。例えばブリは非常に狭い海域にいるが、同じ属のヒラマサはインド洋、太平洋域に広大な生息域をもつ。タカベにも同属で広い生息域をもつ種がいてもいい、と考えるがいないのである。
9月14日、神奈川県小田原市、小田原魚市場に二宮定置の水揚げを見ていたら、非常にミニなタカベをボクに渡してくれた若い衆がいた。そのとき、「こんなものをもらってもなー」と思いながら持ち帰ったのだ。
体長11cm・27gなので昨年秋生まれの個体だろう。タカベの旬は伊豆大島で「麦倒し」というくらいなので、梅雨時から8月いっぱいだと思っている。9月も半ばになるとなんとなくタカベの成魚には手が伸びない。
それではこの若魚というか、やっと稚魚ではなくなった個体の味はどうなんだろう? ちゃんとサメやアイゴなど大型の中に紛れないように別袋に入れて持ち帰ってきた。

小さいのに脂があり、何よりも味がある


小田原から帰った日の昼ご飯は豪華絢爛なものになる。この日はヤマトカマスとメイチダイの刺身、アイゴの素揚げ、タイワンガザミの塩ゆでに秦野市産の黒いトマトだからどうしてもビールを1缶となる。
この中に小タカベの塩焼きを紛れ込ませたら実に地味で目立たない。けれども味の存在感は決して負けていなかった。
わたのきれいな魚なのでざっと洗って、水分をきり、振り塩をして少し寝かせて焼いただけ。
なのにどうしてこんなにうまいんだろう。
ちなみに1尾では淋しいと思ったので、もう1尾選別台のそばからひろってきた。要するにこの30g弱のタカベは、選別台の上からぽたりと落ちても誰も気にしないといったものなのだ。
深夜に焼き上げて、知らない国のラムのロックを飲む。個性豊かな酒の味に負けぬ味だった。
最後になるが、二宮定置の若い衆の特徴は異様なほど魚に精通していることだ。小タカベの味がわかってないボクに教えてくれたようだ。ありがとう。


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