聖子を探す旅12 神戸市、東山商店街で食べる
東山商店街は面白いし、素晴らしい
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1928年(昭和3年)、田辺聖子は大阪府大阪市福島の商店街で生まれ、兵庫県尼崎市出屋敷、兵庫県神戸市異人館通り、同市湊川神社上、そして兵庫県伊丹市と居を移している。ある意味、田辺聖子は摂津のエトランジェである。
湊川神社上(山に近い方が上、海に近い方が下)に住んでいたので、湊川の市場と隣り合わせの東山商店街にも来ていたはずだ。
初日の東山商店街は雷と豪雨でうどんを食べて早々に退散する。
2日目はゆっくり歩いてみる。
魚屋は少ないがとてもいいものを置いてあり、野菜が安く、総菜類が多彩、製麺屋まである。
不自然ではないときに声をかけると、意外に社交的な人が多く、ご飯(過去の食生活)に関してもいろいろ聞けた。
学徒動員を経験した人は、今回ゼロは当たり前だけど、1945年以前生まれも2人しかいなかった。
結局、今回探している情報にたどり着くのは無理とみた。
冷やし飴は関西のものかな?
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さて知らないバアチャンに教わった店で冷やし飴を飲む。
十年ほど前に兵庫県尼崎市で初めて出合って飲んだ。
ボクの専門はあえて言えば民俗学なのだけど、近年では、民俗学と銘打っての、このような庶民的な食に関しての書籍も少なくない。
だんだん貴重な存在になりそうなので、今の内に冷やし飴体験を積んでおきたい。
ただ、なんとなく甘ったるくて刺激が少ない飲み物で、印象が薄く、おいしくはない。
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ちなみに隣に「レモン」というのがある。
尼崎市でも2つ並んでいた気がする。
こちらはなんとなくわかる。
ボクの故郷、徳島県美馬郡貞光町(現つるぎ町)に1960年前後、ポッカレモンはあったが、レモンの実物は見ていない。
レモンの実物は新しくハイカラなものだった。映画やドラマで見るもので、ある意味、映画・ドラマの作り手もその珍しさで演出するのを狙っていたはずだ。
考えてみると当時は新しいものを映画・ドラマで見せるというのが肝心だったのである。
名物だけあって、満員に近い
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和菓子屋で会ったオバアサンに東山商店街で有名なのは「串カツ」だと聞いて、やってきたらまあまあ混んでいるが、ボンヤリ立っていたら後ろから押されて前に。
関西の串カツは梅田以来だ。
串カツの歴史はよくわからないが、ボクの初串カツは学生のときで、有名な梅田はダークダックスのカウンターである。
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おいしいか、と聞かれたら揚げたてなので、やけにうまい。
「アルコールはよそで買ってきなさいよ」と言われたが、最近昼酒はダメなので水で2本だけ。
何を頼んだのか忘れたが、やけにうまし、だ。
田辺聖子を巡る旅は改訂・追加を繰り返していく。
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