谷崎潤一郎の馬鹿貝の附け焼

香があまりにもおいしい


谷崎潤一郎(1886-1965)の短編、「東京をおもう」(1934)に、
「(東京から)遠く離れているときには、馬鹿貝の附け焼が恋しくなったり柱の山葵醤油が無上にたべてみたくなっったりする」
というのが出てくる。
蛎殻町(現人形町)に生まれ、明治時代に幼少時代を送る。父親は生粋のとまではいかないが江戸っ子で、江戸前の魚を食卓に上げていたようだ。
当然、「馬鹿貝の附け焼」も柱(バカガイの貝柱)も、江戸時代からの家庭の味である。
東京の下町で食べられていたという「馬鹿貝の附け焼」とはいかなるものだろう? 作ってみれば谷崎潤一郎の、東京の味への思いがわかるかも知れない。
【話の寄り道。東京でバカガイのことを「青柳(あおやぎ)」と呼ぶようになったのは、そんなに古い話ではないのかも知れないと考えている。もしくは呼び名として主流ではなかった。築地場内(現豊洲)においても貝屋では「バカゲェ」という言葉が生きていて、青柳は小物屋が使う言葉であった可能性がある】
作り方といっても複雑なものではない。
たて(剥き身)を買って来る。もちろん活け(殻付き)があればいいに越したことはない。
薄い塩水のなかで砂などをていねいに落とす。
水分をよく切っておく。
これを強火で焼き、酒・醤油のたれを塗りながら仕上げる。

皿に盛り付けたのは最初だけ


実はあまりにもうまいので、2日連続で作ってしまった。
早くまた食べないと子(生殖巣)を持つ時期になると焦っている。
まず、焼き上げるときから、うまい。
香りがうまいとは変な表現だけど、間違いなくこれで酒が飲める。
焼き上がったばかりを食べると、予想通りではなく、予想できないくらいにうまい。
皿に盛り付けたのは最初だけ、焼けるそばからふーふーと食べる、食べる。
強火で焼き上げるとほどよい硬さで、食べた後にべったりとバカガイのうま味がへばりつく。
これを酒で流す。
酒飲みには危険な味だろう。
蛎殻町の谷崎家には長火鉢なんかがあり、脇で燗をつけて、焼き上がりを食べる、なんて夢のようなことがあったのかも知れない。
父親の生活力が弱く、家計の不安定極まりない谷崎家にあっても、食生活は贅沢だったことが、ここに見えてくる。
しかもバカガイがこんなに高くなったのは最近のことなのだ。
本来バカガイは江戸庶民に手の届く味だったはずだ。
干潟の大切さを知らぬ、人は人でなし、といいたい。


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