台東区『湯葢』の雑魚佃煮を同定する

雑魚煮は関東平野のあちこちに見られる

上野,湯葢,雑魚佃煮

佃煮の発祥を佃島(東京都中央区)と考える人は、最低限研究者には絶対いないと思うが、一般の人は常識としてそう思っているようで恐い。
16世紀末、現大阪府大阪市西淀川区佃の漁師と徳川家康との関係とか(これを「なんでも弘法大師的という」)、その特権とかいろんなドラマが作りあげられて、いつの間にか、「佃」は、小型の魚貝類の醤油煮の一般名称に使われ、食品学的な分野名ともなっている。
これは水産物のすり身を揚げたものを「薩摩揚げ」というのと同様、由来からして変である。加工食品の標準和名としては失格である。
一般的だとしてボクも使っているが、その佃煮の発祥を佃島にもとめる根拠はまったくないと言っていい。ついでにいうと魚貝類を醤油で調味するのが一般的になるのは、江戸時代前期ではない。
江戸の街に「下らない醤油(関東の醤油)」が入ってきたのは、天才、荻原重秀が登場した元禄期くらいからだと思っている。ちなみに江戸の街に毎朝来ていたのが納豆売りである。多くの人が1945年以前には毎朝くる納豆売りのことを証言している。この納豆は江戸時代の前期には、現在のように醤油をかけて食べていたのかなども疑わしい。たぶん納豆入りのみそ汁だったのだと思う。ちなみに瀬川清子は戦後になっても醤油は地域によってはハレの日だけのものとしている。
横道に逸れるが、江戸城に江戸前の魚を献上していたのが、佃島とか対岸の猟師町の人達であったとして。江戸城に献上するので、特別あつらえで江戸時代前期に貴重だった下り物(関西で作られていた)の醤油を使い小魚を調理していた。だから江戸城勝手方では自然発生的に「佃煮」と呼んでいた可能性はある。
でもこんなもので納得していたのでは、佃煮の深い深い歴史的なところが見えてこなくなる。
とれた魚を塩水(海水かも)で火を通すということは非常に原始的なことだ。そこに醤油で味つけするという佃煮は日本列島のどこかで、淡水域・汽水域周辺で発祥し、すぐに爆発的に全国に広がる。現在の醤油味の魚貝類の加工品、「佃煮」の原型は霞ヶ浦、土浦市に残っている。ワカサギ、テナガエビなどの「煮干し」である。霞ヶ浦で揚がるエビや小魚類を塩水で煮て軽く干したものだ。また利根川から西の関東平野、渡良瀬遊水地・霞ヶ浦の北でも塩ゆでが行われていたはずだけど、魚貝類の種類がまったく違っていたと思われる。
ちなみに関東の川漁師の間でも苦味が強いのでタナゴ類はあまり食べなかったようだ。また群馬県の水郷地帯での聞取では流れのある流域にいるウグイ、アブラハヤ、オイカワなども食べなかったという。関東でよく食べていたのは、河川ではなく湖水と用水路に繁殖する魚やエビたちである。これを選別しないで煮るのが関東風である。
「煮干し」で始まった佃煮の原型が関東周辺で醤油が使われるようになるが、関東では平野部特有の魚貝類が使われている。種類は違うが平野部系としては木曽三川流域や岡山県などでも同じである。福岡県筑後川流域でも同様かも知れない。
この様々な魚貝類を使った佃煮を東京都、埼玉県、茨城県、栃木県、群馬県で「雑魚煮(「ざっこに」、とも、「ざこに」とも)」、「雑魚佃煮」とも「小ざかな煮」ともいう。これこそがもっとも原始的な「佃煮」のひとつだが、作る店が激減している。1951年の『佃煮便覧』をみると国内には佃煮屋が信じられないくらいにたくさんあり、日本各地に分布していた。流域を考えない河川改修が横行して雑魚が激減している上に、雑魚をとる漁師が激減しているから仕方がないのかも知れない。

同定したあともちゃんと余すところなく食べる

モツゴ,ギンブナ

いろんな小魚やエビを煮るので「雑魚煮」だが、おいしいから買うのもあるが、この雑魚を同定するのが楽しいから買っている気がするくらいだ。
写真は東京都台東区『湯葢』の「雑魚佃煮」だが、皿に盛りながらもついつい手が伸びるほど味がよかった。
これを真水で洗うなんて、と思いながらもていねいに調味料を洗い流すと、モツゴ(クチボソ)、とギンブナ(?)のようだ。
ちなみにコイ科の小魚の淡水養殖はなかなかその実体がつかめないが、養殖ものだと1種単体であることが多い。とすると『湯葢』の「雑魚佃煮」は天然ものの可能性が強い。
年間を通して買うと、小魚の種類が代わり、より楽しい気がする。


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