バイはまず、模様を愛でる

伊勢湾のバイには伊勢湾の模様

伊勢市産バイ

1980年代に築地場内に怖々と足を踏み入れたときに、先ず目についたのが巻き貝類だった。奇妙なことに子供の頃から巻き貝が好きで、アサリに混ざってくるツメタガイや、故郷の水田にいるマルタニシやカワニナなどを採取し貝殻を集めていた。築地場内でも真っ先に巻き貝を採取して、少ない情報の中で同定していた。ちょうど森田誠吾が「魚河岸ものがたり」で直木賞をとる以前、築地で買い物は難易度が高かったのに、巻き貝にじっと見入っている一般人は怪しかっただろうと思う。
ちなみにその当時、築地場内にあった主な巻き貝はミミガイ科のアワビ類にトコブシ、サザエ科のサザエ、エゾバイ科の「まつぶ(エゾボラ)」、ヒメエゾボラ、エゾバイ、「白ばい(エッチュウバイ)」、ツバイ、「とうだいつぶ(オオカラフトバイやシライトマキバイ)」、バイ科のバイなどである。
日本橋魚河岸時代から築地時代にかけて場内に多かったのが貝屋である。船橋や浦安、佃島から日本橋に進出してきた貝を専門に扱う店で、店頭で二枚貝の「青柳(バカガイ)」やアサリ、アカガイを剥き、巻き貝も常に何種類か並べていた。この貝を主として扱う仲卸が豊洲に移ってから減ってしまっている。たぶん大正時代まで日本橋に魚河岸があったときはもっと遙かにたくさんの貝商があったはずだ。
この中で基本的に煮るための巻き貝が小型のバイ(バイガイ)、エゾバイ、ツバイ、若い個体の「白ばい」、大きいのにも関わらずもっぱら煮てしまわれる「とうだいつぶ」などである。これにときどき富山湾などからカガバイが「白ばい」としてきていた。
築地で最初に教わったのが、もともとはバイこそが煮るためのの巻き貝で、昔はこれが基本でこれがないと困る店が多かったという話だ。バイはべい独楽の起源とも言われ、江戸時代以前から江戸の街だけではなく、中京、関西、九州でも盛んに食べられていた。これが激減したことがある。船の船底塗装に使われる有機スズによるインポセックス化で雌が雄化して生殖機能をなくしたためためだ。完全にエゾバイや「白ばい」に主役の座を譲ったといった状態になっていた。
それが復活してきたのは最近ではないか? 日本海側から黒みがかった個体が大量に来るようになったし、伊勢湾や三河湾、熊本などからも入荷してきている。
ボクは貝家(貝の収集家)ではないが、少しだけその収集する気持ちがわかる。鱗翅目(蝶や蛾)の収集家がほんのわずかな羽の色や模様の違い、採取地での変化にこだわるように、巻き貝にも産地ごとの微妙な差があるからだ。
バイは国内にはバイとウスイロバイの2種しかいない。小豆の粒のような斑紋があったり、キジの羽に似た斑紋のあるバイは市場に大量に入荷してくるが、ウスイロバイは長年探しているが一向に手に入らない。当然地域差はわからない。
バイの模様は南に行くほど多彩になり、種類も増えるが、国内でも日本海のものと太平洋側では模様が違う。鱗翅目の昆虫や飛べない甲虫のように地域差があって楽しい。鹿児島県のものなど臺灣にいるタイワンバイそっくりだったりする。今回の伊勢湾産は日本海産と比べると明るい色合いをしている。

食べているときはバイほどうまい巻き貝はないと思う

バイの煮つけ

八王子総合卸売協同組合、舵丸水産にあった三重県伊勢市産のバイをみておいしいとか、食べたいとかではなく、こんなことを考えてしまうところが、貝家さん的かも知れない。
1個16gだったのでざくざくと流水で洗う。
水分をよくきり酒と醤油・水の中に入れて火をつける。
ゆっくりじわじわと温度をゆっくりと上げていく。
サド侯爵ではないけれど、バイが熱くなってきたけど、どうしよう、どうしよう、苦しんでいるのを見ながら、最終的にはことことするくらいの温度で10分ほど煮る。
そのまま冷ます。
これをちまちまやりながら烏龍茶はさびしいものだな、なんて思うが、やはりこの食感、貝らしいうま味、わたの苦味はたまらんとも思う。


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