聖子を探す旅13 神戸市、東山商店街・湊川で名物を探し、名物を食べる
最後、聖子の生きていたときを見つけられるか
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1928年(昭和3年)、田辺聖子は大阪府大阪市福島の商店街で生まれ、兵庫県尼崎市出屋敷、兵庫県神戸市異人館通り、同市湊川神社上、そして兵庫県伊丹市と居を移している。ある意味、田辺聖子は摂津のエトランジェである。
湊川神社上(山に近い方が上、海に近い方が下)に住んでいたので、湊川の市場と隣り合わせの東山商店街にも来ていたはずだ。
ハートフルからパークタウンへ
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東山商店街から湊川の不思議な建物に迷い込む。
「ハートフル湊川」で買い物をしているとき、田辺聖子のエッセイに出てくる『ねまきや』らしいものの前を通る。
ぐちゃぐちゃしているけど、ごっつい感じのオバチャンが奥からこっちを見ているので逃げる。
下ったところにある「パークタウン」にも、の、ような店を発見するが、ここでもオバチャンが出て来たので逃げた。
調べるといいのだけど、調べたら面白みがなくなる。
だいたい田辺聖子の神戸時代は50年も前のことなのである。
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この「パークタウン」には昔ながらのハイカラな神戸がある。
なんやしらんけど面白い。
店がサファイアブルーで統一されており、上品でいながら個性的だ。
意外に今どきの女子すきかも、と思うし、ボクもこの雰囲気が滅法好きだ。
こんどはじっくり歩いてみたい。
鉄板だけの店でお願いするとすぐに生地を広げる
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さて、神戸市名物で教わったのが「そばめし」と「すじ焼き」だ。
「そばめし」は焼きそばにご飯を加えたもので、とても重そー、でとても、とても食べる気になれない。
とそのとき、ボクをじーっと見ているジイサマがいる。
目が悪いのかも知れないけど近寄ってくる。
間が持てないので、「すじ焼き食べれるところ知りまへんか?」というやいなや、手を引っ張られた。
ジイサマと手を繋ぐ気持ち悪さよ、冷や汗だらだら。
話は通じていたようで、ちゃんとお好み焼き屋の前に来ていた。
残念なことに並んでいる人がいる。
諦めて東山商店街で見つけた銭湯に飛び込む。
疲れが吹っ飛ぶ。
そのまままた湊川まで下ると、今度は誰も並んでいない。
さて、「すじ焼き」をお願いすると、いきなり溶いた生地を鉄板に乗せ、牛すじ煮込みを山盛りにする。
さて、お好み焼きの生地の上にぶっかけうどんと同じ、すじ煮込みを乗せて焼き始める、これが神戸名物「すじ焼き」なのか。
風呂上がりのビールに、後はすじ焼き
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実に手際がいいのだが、なにはさておき生ビールだ。
風呂上がりのビールに消えてしまいそうだった食欲が蘇る。
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ボクの前にはソースと青のり(青さ粉)、魚の粉、七味、コテがきた。
一見どこにでもある大阪焼きだ
完食できるか、ぎりぎりの、ボクには重すぎる味だ
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牛すじ煮込み炒りのお好み焼きは思ったよりも遙かにどっしりした味である。
大坂のお好み焼きと比べると牛すじ煮込みの味が濃厚で重量級といってもいい。
おいしいけど、重い。
一瞬投げ出したくなったけど、これは好みではなく、歳のせいかも。
さて、後は帰るだけ。
田辺聖子を巡る旅は改訂・追加を繰り返していく。
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