黒くて何が悪い、クロダイの話

やっぱり黒って地味かな? と思うけど


【学者にとっても水産のプロにとってもちっとも珍魚ではないし、超深海や、南北両極にいるわけでもない。魚屋でもスーパーでもときどき見かける魚だが、目的の魚の隣にいて見向きもされなかったり、見た目が変なので普通の人にとっては珍魚だったり、何気なく見ていると普通だけど、よくよく見ると変で、ちょっとだけ珍しい、のを「隣の珍魚」という。「隣の珍魚」を知っているととても自然に優しいし、環境にも優しい】

タイとそっくりな姿だけど赤くない、黒いけどタイ科のタイだからそのものずばり黒鯛である。
実際に本種を見るととてもカッコイイし、うまそうなのだ。
最低限、赤いタイ(マダイ)と黒いタイがいることくらいは知って置いてもらいたいものだ。

関東のスーパーにも並んでいるのに


歴としたタイなのに「隣の珍魚」なのは主に東日本、関東での話である。
それでは関東では売っていないのかというと、ちゃんと売り場に並んでいるのだ。
深刻なのはスーパーに普通に並んでいるのに、隣のサーモン(サケ科の魚)に手を伸ばしこっちはスルーしていることである。
例えば丸のままで売っていたとしてもお願いすれば、ちゃんと下ろしてくれるのである。
「隣の珍魚」を見捨てないでいただきたい。

住宅地のど真ん中を流れる川にいるんだから身近な魚なのだ


だいたい、この魚、毀誉褒貶甚だしい。とってもいい話もあれば、えんがちょみたいな話まである。どっちがほんまやねんと言われると、困るけど、とても味のいい魚であることには間違いない。
赤いタイは純海水魚で沖に住んでいるが、本種は純海水魚ではなく川の河口域やときに川を遡る。能登半島で「川ダイ」と呼ばれているのは、このためだ。
この赤と黒はとても重要な問題をはらんでいる。関東では祝い事に赤いタイ、葬儀に黒いタイを使うのである。不祝儀感があるのも関東での不人気をあおっている。
不祝儀を連想するよりも出世魚だということを知って置くといい。関東では、チン→チンチン→カイズ→クロダイなのだ。
びっくりすることに、この魚、どこにでもいる。ほんの数年前、江戸の大動脈である東京都江東区小名木川、江戸川区の新川を歩いたことがある。なんとここで大きなクロダイを2カ所で見ているのだ。
釣りの対象魚としては主役級なのに、こんな浅いところでひなたぼっこしていていいのか? と問いかけたくなった。
身近なところ、民家の汚水などの流れ込むところに多いから食べないという人もいるが、確かにこんなところにいると食べる気がしなくなりそうだ。
じゃあ同じ環境にいるハゼ(マハゼ)はどうなんじゃいとなる。ハゼは今や超高級魚で、クロダイは買い手のつかない魚って変じゃない。
歴史的な話になるが、冷蔵庫のない時代、夏に、井戸水でも生かしておける本種はとても人気があり、とくに生きているものなどは超高級魚だったらしい。江戸時代に江戸の町での高級魚が、今や今や、あららららなのだ。
関東以外ではこんなことはない。
山形県庄内地方では武士道のいっかんで本種の釣りを盛んに奨励している。普通に食べている。
大阪難波の前海、大阪湾は古くは「茅渟の海」と言われていた。この「茅渟の海」は「ちぬ」、すなわち本種がいっぱいいたので、名がついた。確かかどうかわからないが元正天皇(奈良時代の女帝で在位715-724)はチヌが食べたいために、現大阪府和泉市あたりに「珍努宮(ちぬのみや)」を造ったという伝説まである。
本種がクロダイという標準和名になったのは明治になり動物学(分類学)が始まったときに東京市(現東京都)周辺で生き物の名前が採取された。その採取地のひとつが日本橋魚河岸で、そこで使われた呼び名が標準和名になったためだ。
例えば大阪大学の前身である大阪帝国大学が明治初年に誕生していて、そこで新しい動物学が始まっていたら、本種の標準和名はチヌに決まっていたはずなのだ。かえすがえすもチヌにして欲しかったものだ。

クロダイのうまさは食べてみればすぐわかる


さて、関東で本種を余り食べない、増えているのに食べないのはイメージの問題だということが、おわかりいただけただろうか。
東京を始め関東はイメージに左右されやすい。
季節にもよるが、実においしい魚なのだということを知るべきなのだ。
寒い時季の刺身なんてこれ以上の美味はなし、だ。
「隣の珍魚」は書きかけの原稿です。


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