アカヤガラはとっても変だけど普通の高級魚
なんとなく並んでいるだけなのに変な魚
【学者にとっても水産のプロにとってもちっとも珍魚ではないし、超深海や、南北両極にいるわけでもない。魚屋でもスーパーでもときどき見かける魚だが、目的の魚の隣にいて見向きもされなかったり、見た目が変なので普通の人にとっては珍魚だったり、何気なく見ていると普通だけど、よくよく見ると変で、ちょっとだけ珍しい、のを「隣の珍魚」という。「隣の珍魚」とを知っているととても自然に優しいし、環境にも優しい】
アカヤガラは至って普通の食用魚なのに、漁港や水産物のイベントではスターである。ひとだかりができていると、かなりの確率でこいつの周りに、だ。
大きさの割りに鰭が小さく、鱗がない。非常に細長く口とも喉とも区別がつかない部分がフルートのように長い。鮮度がいいと赤いのも目を引く。
君は虫なの? 爬虫類なの?
「本当にこれが魚なのか?」と思う人も少なくないようだ。
江戸時代から東京都日本橋にあった魚河岸で「やがら」と呼ばれていた。簳(やがら)は弓矢の矢の竹製の棒の部分のことだ。
余談になるが、この魚、外国でもこの国でも、楽器の笛やコルネットに似ていると思われているようだ。むしろ簳(やがら)の方が例外的だ。
正面から見ると丸い物体にしか見えない
この非常に細長い魚の獲物は小魚である。
簳(やがら)のような体であるだけではなく、実際に放たれた矢のように猛烈なスピードで真っ直ぐに突進できる。ただし、そのスピードを生む推進力は小さな尾鰭と体全体から生み出されていて、その早く泳げる距離は短く、ほぼ真っ直ぐにしか進めないので、小魚が真横に逃げるとついていけない。
その尻尾の先には糸のようなオマケがついている。これ、バランスをとるためにあるのかも知れないが推進力とは関係ないようだ
真横から見ると非常に長い棒のようだが、真正面から見ると●でしかない。細いのでその●は非常に小さい。小魚に向かって真っ直ぐすごいスピードで近づくが、本当に飛んで来る矢のように、小さな●にしか見えないので小魚には敵だとわかりにくい。
小魚はいきなり吸い込まれてて、気がついたら胃袋の中に閉じ込められ、消化されてくのだろう。
小魚とヤガラの追いかけっこはまことに短い。ボクはアカヤガラを魚界のチータと呼んでいる。
解体すると道具の鞴そのもの
さて、アカヤガラをじっくり見てみよう。体の3分の1近くが管になっている。管の中間には、歯もなければ棘もない単なる筒で、先端部分だけがぱくぱく開いたり閉じたりできて小さな歯もある。
厳密な意味での口はこの先端部分だけのように見える。
鞴(ふいご)は薪が燃えるように空気を送り出す道具だが、手前に取っ手がついていて、押したり押し戻したりして空気を吹き出す構造になっている。
アカヤガラの目から胸鰭の後ろの辺りまで、この取っ手にあたる大きな骨があり、それを動かすための薄い丈夫な筋肉がついている。この魚の体は前方半分近くが鞴なのである。道具の鞴との違いは、吹き出すのではなく吸い込むことだ。
伊勢湾、阿漕ヶ浦は「悪よの」ではない
ここまで書いてきてこの魚にはエピソードや変わった点が多すぎるのでどこまで書いたらいいのかわからなくなる。
時代劇によく登場する台詞に「あこぎなやつめ」とというのがある。もとの意味は、この時代劇で使われる意味とちょっと違っている。
伊勢国三重県伊勢湾側にある阿漕ヶ浦は伊勢神宮の魚を取るための海で、漁民は魚をとることを禁止されていた。ここで漁師、平治がそのとき病に伏せっていた母のために、薬効のある「やがら」をとった。それが見つかり、とらえられて、沖合いに沈められてしまうという悲劇があるのだ。
とても悲しい話ではあるが、反面いい話でもある。罪なき罪もあるのだよ、という話が阿漕=悪逆非道なこと、という意味に変化しているのだ。
余談の余談だが三重県津市に、この阿漕ヶ浦の故事にちなんだ、「平治せんべい」があり、ボクの好物でもある。