隣の珍魚 金目はスターだが銀目は妖怪なのだ
全身を見る限り、とても平凡な魚らしい魚でしかない
【学者にとってはちっとも珍魚ではないし、超深海や、南北両極にいるわけでもない。魚屋でもスーパーでもときどき見かける魚だが、見た目が変なので普通の人にとっては珍魚だったり、何気なく見ていると普通だけど、よくよく見ると変で、ちょっとだけ珍しい、のを「隣の珍魚」という。】
この魚を高知県の一部では「あおだいしょう」と呼ぶ。明らかにヘビの仲間のアオダイショウのことで、確かによくよくみるとヘビに似た顔つきをしている。念のために漁港でこの魚を前にして「ヘビに見えませんか?」と聞くと、みな「見える見える」とうなずく。
言われると心底ヘビに思えるようで、見たくないものを見てしまったように後ずさりする。
水木しげるのえがく妖怪は一見市井に普通にいる人のようで、振り向くとバケモノという一定の定義を持つ。本種はもっともっと食卓に上げて欲しい魚だが、そのような妖怪じみたところがあるので流通しないのではないか、と思っている。
ちょっとだけ寄って、できればもっと近づいて見てみよう
この魚、ギンメダイは国内では比較的南の海域にいる正真正銘の深海魚である。深海魚といえばキンメダイが思い浮かぶが、まったく同じようなところにいる。金と銀はいつもセット、対になる貴重なものだが、漁業者にとっては金と鉛ほども価値に開きがある。
眼が大きいのも深海魚であることを物語る。じっくり見ると、眼は頭部の3分の1近くあり、おまけに極端に前方端にある。もっとも特徴的なのが長い髭である。昔の百円札に描かれていた板垣退助を思わせる。
この魚を初めてみた明治時代の国内の魚類学や、世界中の魚類学者も、いったいこの魚はなんだろう? と首を捻る。
顎髭(ひげ)があるからである。髭のある魚は珍しくないが、この魚は例えば髭が特徴のナマズのような姿でもないし、だいたいナマズは淡水魚なので近しい魚であるわけがない。海水魚では浅いところにいるヒメジという魚がいる。髭の構造も似ているので種として近いかも知れない、と昔の魚類学者は詳しく解剖し調べてもいる。
今ではヒメジはとても進化の進んだ魚で、本種はどちらかというと原始的な魚だ、ということがわかっている。
多くの疑問を抱えながら、キンメダイと同じようなところにいるので、キンメダイの仲間だと思われていた。縁もゆかりもない、もっと原始的な魚だ、とわかったのは、2000年前後になってからだ。それがわかるまでは、本種が記載(学名をつけた)されてからなんと120年もかかっている。
産地周辺の魚屋に並ぶこともあるし、希にではあるが全国流通することもあるくらいだから、さして珍魚とは言いがたい。ただ、いざ手に入れようと思うと、なかなか手に入らない。なぜか? 小型魚だし、価値が低いので水揚げ以前に廃棄されたり、水揚げされても市場に並ばないことが多いからだ。
せっかく店頭に並んでも、姿が平凡なので普通の人の目にとまらない。ある意味日陰にひっそりと咲く花のようでもある。
味の評価の低い魚だとされているが、実は売れない魚なのでていねいに扱われていないためにまずいのであって、心底まずいわけではない。
ていねいに扱ったものをいただいて、食べたらやたらにうまい。
見つけたらじっくり見つめて、ちょっとだけ気味が悪くなって、それに屈せず勇気を奮い立てて買って食べてみよう! きっと食卓の話題騒然。