関東では昔懐かしい味のキンキ

クモヒトデは口に入れるとじゃりっとして、エキス分は苦い

クモヒトデ

八王子綜合卸売協同組合、舵丸水産に岩手県宮古からキチジ(岩手県ではメイセンともキンキともいう)がきていた。
漁業的には千葉県銚子以北の太平洋、オホーツク海で揚がる魚である。
水深200m以深に多いので正真正銘の深海魚だ。
甲殻類や棘皮動物、特に深海底にいるクモヒトデを飽食している。
口に入れるとじゃりじゃりするクモヒトデで、なぜあの上質の脂が身につくのか、不思議でならない。

赤い色合いはいいとしても全体に刺々しく柔らかいのが嫌がられたのかも

キチジ

東京(関東のといってもいい)の鮮魚の供給地は、江戸時代までは北は千葉県銚子から南は駿河湾まで、そして伊豆諸島などだった。
これが明治半ばになり常磐線、東北本線が開通すると、水戸や仙台を中継地点にして常磐、東北太平洋側の水産生物が大量にくるようになる。
1884年(明治17)の、内村鑑三の目録にキチジの文字がある。これも日本橋魚河岸で採取された魚名だと思っている。キチジは本来、宮城県と茨城県の呼び名だ。当時、水戸もしくは仙台から送られて来ており、産地の呼び名を魚河岸でそのまま使っていたのだろう。
キチジが大量にとれるようになったのは、深場にいる魚なので動力船導入以降の魚だとしたら、大正時代までずれ込むはずだ。
非常に昔から食べていた東京を始め関東では、1970年代くらいまで安い魚の代表だったようだ。築地場内で聞いた限りでも、築地場内の食堂でも、埼玉県の普通の食堂でも、下町(本来のではなく、隅田川の東という意味。この新しい下町の概念を作ったのは山田洋次だと考えている)の食堂でもいちばん安いおかずだったらしい。
当時、八王子のすし屋では非常に安いのでおぼろの材料になり、千住の蒲鉾店では薩摩揚げに変身していた。
キチジが徐々にではあるが値を上げはじめるのは、1980年代になってからではないかと思っている。1971年にマクドナルド1号店が銀座に開店する。曖昧だが、『食堂』という雑誌に、「これで日本の味覚が変わる」とあったと記憶する。このアメリカ的な嗜好が1980年に定着し、魚介類にも及ぶ。上品で淡泊な味から脂があって濃厚な味への転換である。
急激な高騰は2000年前後からで、ここ数年一段と値を上げつつある。
そして今や全国的な高級魚となっているようだ。2008年、大阪魚市ではそれほど人気がないという話を聞いているが、数年前に京都のスーパーで、大阪のデパートで普通に並んで売られていた。当然、広島、福岡も同じだろう。
びっくりしたのは、国内でももっとも鄙な地であるボクの故郷、徳島県のそのまた、もっともっと鄙である西部の料理店で出て来たことだ。まさかと思ったし、低級すぎる背伸びに情けなく感じたが、ここまでキチジが来ているのかという発見でもあった。

キンキと言えば煮つけとなる

キンキの煮つけ

久しぶりのキチジは真半分に切り、片身は煮つけに、片身は塩焼きにした。
肝心要の肝は煮つけ側につけて、まずは二等分して湯通しする。
水分をよくきり、酒・みりん・醤油(控えめに)・水を沸騰させたなかで煮る。
途中味見して、場合によっては醤油などを加える。
火を止めて鍋止めする。
この鍋止めして少し冷める間に味が入る。
もちろん熱々を食べてもいい。

骨以外を食べ尽くすための骨湯

キンキの骨湯

煮つけは煮汁に脂が溶け込んでいるので、終いには骨湯にして身も皮もことごとく食べ尽くす。
丼に残るのは骨だけである。

塩焼きの表面は唐揚げのように香ばしい

キンキの塩焼き

今回、塩焼きのあまりのうまさに、骨だけになった皿に思わず嘆息する。
昔の人はなぜこのうまさがわからないかのだろう。
考えてみると、マクドナルドを始めて食べたのは、日本上陸の数年後、高校一年のときだった。家族が東京土産に買って来たもので、冷めているのに美味しくてビックリ仰天でんぐり返った想い出がある。ボクもアメリカ口に、脂嗜好極まるものとなっているようだ。


関連コンテンツ

サイト内検索

その他コンテンツ

ぼうずコンニャク本

ぼうずコンニャクの日本の高級魚事典
魚通、釣り人、魚を扱うプロの為の初めての「高級魚」の本。
美味しいマイナー魚介図鑑
製作期間5年を超す渾身作!
美味しいマイナー魚図鑑ミニ
[美味しいマイナー魚介図鑑]の文庫版が登場
すし図鑑
バッグに入るハンディサイズ本。320貫掲載。Kindle版も。
すし図鑑ミニ ~プロもビックリ!!~
すし図鑑が文庫本サイズになりました。Kindle版も。
全国47都道府県 うますぎゴーゴー!
ぼうずコンニャク新境地!? グルメエッセイ也。
からだにおいしい魚の便利帳
発行部数20万部突破のベストセラー。
イラスト図解 寿司ネタ1年生
イラストとマンガを交えて展開する見た目にも楽しい一冊。
地域食材大百科〈第5巻〉魚介類、海藻
魚介類、海藻460品目を収録。