コラム

ナガラミ一つかみに酒5勺

今年最後のナガラミも九十九里産


冬の荷が薄い時期に市場で魚貝類を買い、どこかしらもの足りないなと思ったときに見つけると、ついつい手が出る、そんなレジ横の菓子のごとき貝がある。標準和名をダンベイキサゴという。
八王子総合卸売協同組合、舵丸水産にたぶん九十九里産だと思えるものを見つけたので、軽く一つかみ購っている。
「きさご」というのは本草学の世界にもあり非常に古い言語だ。巻き貝自体をさすことばに近いのではないかと思っている。江戸の書に「蝸牛(カタツムリ)ににて模様がある」とあるが、これこそ言い得て妙である。
「だんべい」をつけたのは『目八譜』の武蔵石寿(江戸時代を代表する博物学者)だが、当時あった、団平船(船底が平たい船)に見立てたのではないかと思っている。
余談だが、「キサゴを海の蝸牛」と言った貝家さん(貝の収集家)がいたので、試しに蝸牛を千葉県勝浦市の海に投げ込んだことがあるが、ナメクジ同様に塩に弱いのか半溶けになった。決して蝸牛は海に放り込んではならない。
ニシキウズガイ科サラサキサゴ属(キサゴ属ともいうし、和名を捨て去り、Umbonium属ともいう)は国内に5種いるが、比較的目にしやすいのはイボキサゴ、キサゴ、ダンベイキサゴの3種。
イボキサゴは川の河口域に近い干潟などにいる。小さくてきれいなので、1950年くらいまでは「おはじき」として売られていた可能性がある。また千葉県などでは肥料として重要なものだった。
キサゴは内湾に多いものの、イボキサゴのように汽水域にはいない。食用になるが、流通上は非常に希少である。
ダンベイキサゴは外洋に面した砂地にいる。今やキサゴ類で唯一流通する食用貝である。
今回のダンベイキサゴはナガラミとして流通している。ナガラミ、ナガラメは茨城県から愛知県にかけての広い地域での呼び名だ。
静岡県は昔からナガラミを好んで食べる地域だったが、1980年にはとんと見かけなくなったと聞取している。流通上で静岡県産は希にしか見ていない。神奈川県でも水揚げされるが、こちらも希である。
今やダンベイキサゴのほとんどが千葉県九十九里産である。

料理と言っても湯をかけるだけ


砂抜きはされているものの、食べる直前にザクザク洗い。大きめの鍋に入れて塩を入れた中に熱湯をたっぷり注いで蓋をする。
3分から5分待ったら出来上がりである。
丼などに湯と一緒に入れて出すのが正しいやり方だが、深夜に一つかみの貝に丼は大仰である。
最近、砂出しがていねいなのか、めったに砂を噛んでいるのに出合わないが、念のために身を取り出しては砂を噛んでいないことを確かめて、小鉢で食卓へだす。
ちなみに、砂出しが悪いものは、身を取り出して丼のなかの湯で砂を洗いながら食べる。
しーんと静まりかえった中でこれをつまみにやる酒がとてもいいのだ。
病になってよかったのは、このしみじみ味わいながら酒を飲み、肴を口に運べるようになったことだ。
ダンベイキサゴの身の甘味に、貝らしい弾力、後から来るほろ苦さなどは、元気なときにはじっくり味わえていなかった可能性がある。


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