4月、岐阜県多治見の旅 1 多治見の町をぶらぶらと
多治見市は高い建物がないが、意外にも規模の大きな町だった
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・4月、岐阜県多治見の旅 1 多治見の町をぶらぶらと 本ページ
・4月、岐阜県多治見の旅2 多治見の「ころかけうどん」
・4月、岐阜県多治見の旅3 多治見の「ながせ商店街」
・4月、岐阜県多治見の旅4 多治見銀座通り『丸香商店新町店』
・4月、岐阜県多治見の旅5 多治見銀座通り『安藤食料品店』
現在、データベースの画像データを新しい階級に当てはめている。失敗すると余計に手間がかかるので、地道で薄暗い道を行くようで、疲れがたまる。
疲れがピークになったとき、そのままダウンすると余計に体調が悪くないので、食文化を探す旅に出る。
前回の岐阜県は恵那市だったので、そのまま南に下って多治見市に出掛けることにした。
多治見市は人口10万人ほど。陶器や磁器の町であるが、名古屋市の通勤圏であり、思った以上に大きな町で、食文化的にも名古屋の影響が強いという。
多治見市といえば焼き物の町でもあるし、思い浮かぶのは荒川豊蔵だ。
偶然だが、『べにや民芸店』で会ったばかりの栃木県益子町の石川雅一さんは荒川豊蔵の弟子である。
ただし、現代の織部や志野には興味がないので、もっぱら町歩きをする。
市内に着いて駐車場を探していたら、いきなり地元の方に声をかけられ、「駐車場を探している」というとナビに市役所の駐車場の場所を入れてくれた。
「同じ車だからね(意訳)」ということだった。考えてみると岐阜県に行くと、ボクと同じ車がやけに多くなる。
車が同じだというだけの理由ではなく、後々、わかったのは多治見の方はとても親切で面倒見がいい、ということ。
市役所の売店なのに、謎だらけ
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トイレを借りた市役所に不思議なものを見つけて、撮影していたら「あなたも買いなさい。お得よ。風呂敷だけでも元が取れるわよ」と地元の女性に声をかけられた。
それは、祝儀用の風呂敷に包まれた、ものすごく安いびっくり箱のようなものだった。お得だけど風呂敷は欲しくないので、「これから多治見を歩くんです」と言ったら町のことをいろいろ教えてくれた。
駐車場で会った男性からも町の話が聞けた。
「(多治見は)土岐川の左岸(南)が古く、右岸(北)が新しい」こと、「両方歩いても大して時間がかからない」などなど、だ。
ついでにおいしいラーメン屋、ウナギ屋も聞いたけど行けなかった。
古い町並みの建物がとても面白い
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さて土岐川の左岸は鉄道ができる前からあった古い町である。
事前に調べないで目的もなく歩くだけ、というのがボクの趣味なので、とにかく町を巡り歩く。
第二次世界大戦時、空襲を受けていないようで、江戸時代、明治、大正、第二次世界大戦前と思われる建物が多い。
建物を見て歩くだけでも楽しい。
屋根神さんは、火よけの神さんだという
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窯町で小さな祠を見つけた。
掃除をしていた方に聞くと、この小祠は「屋根の上や軒先に2つセットで置かれている。秋葉神社と津島神社を祀るもので、火よけのための屋根神さん(様)だ」という。
読み始めたばかりの平安前期の本が導いてくれたのかも、新羅神社
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歩け歩けで行き着いたのが、新羅神社だ。
新羅(しらぎ、しんら)は935年に滅ぶ。
新羅神社は平安時代前期にできたとされていることから、新羅から多治見の地に移り住んだ人が少なからずいたのだろう。
ちょうど「謎の平安前期―桓武天皇から『源氏物語』誕生までの200年(榎村寛之 中公新書)」を読んでいるときなので偶然とは言え縁を感じる。
大通りは観光地・観光地していてつまらない
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左岸には陶器を売る大形の店が多いし、骨董品を扱う店も多い。
ただ最初に突き当たった本町織部ストリートはあまりにも観光地的すぎた。
だいたい新しい黄瀬戸や織部に、よいと思えるものがほとんどない。
しかもやけに高い。
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