標準和名、チョウセンハマグリの話

「朝鮮」は江戸時代、遠く憧れの地だった


ハマグリにも種があることから。今現在、国内で消費されているハマグリの値段は、同じ大きさならハマグリがチョウセンハマグリよりもやや高く、この2種よりも安いのが中国産のシナハマグリと台湾産のタイワンハマグリである。
種を見分けるのは意外に難しいが、最近では産地表示がしっかりしているので、産地で判断できる。

今回のチョウセンハマグリは鹿島灘・山陰地方以南の外洋に面した砂地に生息している。
ハマグリそっくりだが、殻が硬く厚みがあり、ハマグリのような多彩な文様はない。
大きくなるので、宮崎県産などは白い碁石の材料となる。
比較的一般的な食用二枚貝だが、本種の標準和名を知っている人はほとんどいないだろう。
茨城県、千葉県、宮崎県が産地として有名である。

チョウセンハマグリという和名は江戸時代末期に作られた貝類図鑑『目八譜』からとったものだ。
なぜ、「朝鮮」なのか?
作者の武蔵石寿は250石取りの歴とした旗本であり、教養人であった。
江戸時代の教養人、例えば儒者の雨森芳洲などにとって「朝鮮」という言葉はある意味、「遠い地」とか、「身近にないもの」とかの意味があった。
どちらかといえば、憧れの何か、を指す言葉が「朝鮮」だったのだと考えたい。
ハマグリは実際に使われていた一般的呼び名だが、チョウセンハマグリは武蔵石寿などが名づけた少しだけ博物学的(いろいろ調べてアマチュアなりに研究する)な呼び名だ。
江戸住まいの武蔵石寿にとってハマグリは江戸湾に普通にいる身近な存在だったが、九十九里や相模湾で揚がるチョウセンハマグリは「遠くから送られてくるもの」という意味で名づけたのだと思われる。

1980年くらいまでの築地市場(現豊洲市場)では外洋に面した砂浜育ちのチョウセンハマグリを「ばち」と呼ぶ人が少なくなかった。
江戸湾(東京湾)にいるハマグリは本場ものの「本はま」、九十九里などにいて送られてくるものは、「場違い」なので「ばち」だ。
ちなみにアカガイ類(フネガイ科サルボウガイ属)に関しても、江戸湾でたくさんとれたアカガイは「本玉」といい、外洋九十九里などにいるサトウガイを「ばち玉」という。
2025年現在、国内産のハマグリの減少がはなはだしく、普段見かけないので、本種を「ばち」と呼ぶ人はほぼいなくなり、「地はま」に変わっている。
■写真は千葉県産のチョウセンハマグリ。

古くはハマグリと比べて味が劣るとされていたが


今やチョウセンハマグリは殻長6cmでも高く、8cmを超えると超高級二枚貝となっている。
大型のチョウセンハマグリが、国産の小型の「本ハマ(ハマグリ)」以上の値段をつけているのは、違いを気にする人が減ったためだろう。
東京湾でハマグリ漁をやってみて、じっくり食べ比べると、やはり「本はま(ハマグリ)」が上だと思うが、比べるための大型の「本はま」が少なすぎる。
たぶん、マルスダレガイ科ハマグリ属の二枚貝は種ではなく、大きさで値段が決まる時代が来ているのだ、と思う。
例えば、すし種の「煮はま」は大きくないと作ることができない。
種類よりも大きさになるのは必然とも言えるだろう。
■写真は築地市場でチョウセンハマグリを剥いている仲卸。

ちょっと贅沢だけど、「地はま」の「焼きはま」はとてもうまい


我が家でときどき作る「焼きはまぐり」はチョウセンハマグリを使う。
ガス台の真ん中にある焼き魚用グリルを熱くしておいて、ただ焼き上げるだけ。
上火で焼くと、コツなしで簡単においしい「焼きはまぐり」が作れる。
雛祭りのお吸い物用も比較的手頃な値段は中国からのシナハマグリ、国産で贅沢なのがチョウセンハマグリとなっている。
たまには国産で雛祭りといって欲しいものだ。
■写真は「焼きはまぐり」。


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