岐阜県飛騨地方、塩もーか・塩さわらについて

ネズミザメは明治になって流通が飛躍的に広がる


今も岐阜県飛騨地方で手に入れることができる、「塩もーか(塩もうか)」、「塩さわら」はネズミザメのころ(塊)を塩づけにした保存食で、夏の味である。
ここでいう飛騨地方は飛騨川に沿って下呂市から北上、高山市、さらに北上して飛騨国の国府があった古川(現飛驒市)、高山市から丹生川沿いに東に丹生川町あたりまでのことだと考えている。
この食文化のある地域に関してはまだ見当の余地がある。
塩分濃度が高く、そのまま焼いて食べると塩が吹き出してくる。
高山市で聞くと、昔、夏に食べるととても飯が進み、おいしかったと言うが、大量に汗をかき塩分をおいしく感じたからだ。

北陸や富山湾でとれたサメを浜で塩蔵して飛騨地方に運ぶというのは、冬の塩ブリと同じである。塩ブリは一度、飛騨に集められて、飛騨ブリと名をかえて、飛騨山脈を越えて松本平に送られていた。
「塩もーか」、「塩さわら」も同じ経路をたどっていたのだと思う。ただし今現在、飛騨高山市から丹生川方面にはあるが、その先、松本平では見ていない。
その分、「塩ぶり」よりもローカルな存在だったのだろう。

「塩もーか」は「塩真鱶」で明らかにネズミザメの塩蔵品だとわかる。
でもわからないのが「塩さわら」という言葉である。
今現在、「塩もーか」、「塩さわら」はまったく同じ物で、原材料はネズミザメだ。
ただ、なぜ「さわら」なのか? 白身なので標準和名のサワラになぞらえた、もしくは偽装したと考えると簡単である。ただ、飛騨地方で標準和名のサワラになぞらえるはずがない。
ほんの20年くらい前までサワラがとれる地域は西日本が主で、飛騨地方の水産物の供給地、日本海の山陰以北ではほぼとれなかった。標準和名のサワラとは縁遠いところなのだ。
この答えは、地方名を調べるとわかる。飛騨地方の水産物の供給元は北陸石川県、富山県であるが、この地域で「さわら」はシロカジキ、マカジキのことなのである。
北陸では「さわら」と呼ばれていたカジキ類が御馳走だったので、わざわざ「塩さわら」と名づけたのだろう。
このことからも、「塩さわら」の方が古い呼び名で、「塩もーか」が新しいことがわかる。

もともとは北陸で揚がったサメ類を飛騨地方に送っていたのだろう。北陸で揚がるサメ類はネズミザメもあるだろうが、アオザメやシュモクザメ類、メジロザメなどだろう。
北陸で揚がり、飛騨地方に輸送するには数日を要したはずだが、サメは筋肉に尿素とトリチルアミンオキシドをもち、時間がたつと尿素はアンモニアにトリチルアミンオキシドはトリチルアミンに変化する。ともに悪臭の原因物質だが、筋肉の腐敗を防止する。生の状態でも飛騨地方まで運べた可能性が高いが、「塩もーか」、「塩さわら」は夏に食べるもので、より高い保存性が求められる。また飛騨地方で塩は貴重なものだった可能性もある。だから塩漬けにしたのだろう。また塩漬けにした方が臭わない。

現在のように宮城県産をはじめ三陸のネズミザメが原料になったのは、北陸のサメの水揚げが減ったからでもあり、産地である三陸から飛騨地方まで、大正時代に鉄道が繋がったからだろう。
これは同じようにサメ食文化のある新潟県上越市高田、妙高市新井のネズミザメの供給地が明治時代から三陸だったのと同じだ。
ネズミザメは三陸から宮城県仙台まで運び、仙台から東北本線で東京(東京市場駅)に運ぶ。東京はサメをよく食べる地域なので、一部は下ろし、残りを信越本線で高田駅(現上越市)まで運んだ。飛騨地方に運ぶときにも東京(東京市場駅)、高田駅(現上越市)経由、北陸本線を通って富山駅、富山駅から高山本線で高山駅だったのではないかと思っている。
明治期開業の信越本線での高田駅までの流通が明治時代に始まり、飛騨地方は遅れて大正時代に始まったのではないか。
鉄道史を知らないので、想像でしかないがいかがだろう。

切り身で「塩さわら」で売られると正体不明である


今現在、宮城県気仙沼から「生ぼた(ブロック、切り身にして生で売るときにも「生ぼた」という)」の形で来たものを、スーパーや魚屋で塩漬けにして切り身にして売っている。
鮮度がよければ刺身にすることもある。
基本的には水で煮て塩分を抜き、そのまま食べることが多いが焼いて食べることもある。水で煮るときには塩気は抜きすぎないのがおいしく食べるコツらしい。
そのままおかず、酒の肴として食べるほかに、お茶漬けにすることもある。
夏の農繁期に農家の方が塩分補給の意味も含めて買って行かれることが多いという。

単純に塩抜きして焼くと、非常に上品で食べやすい


今現在のそのまま焼いて食べる人もいるが、塩抜きをしてから焼くことの方が多いという。
薄く切り、焼いて食べると臭味がなく、むしろタイやスズキよりも上品な味である。
塩辛いがおいしい。お茶漬けなどにすると箸が止まらない。
もちろん塩抜きして焼いた方が遙かに食べやすく、健康的だと思われる。

水で煮て塩抜きをして食べる人もいるというのでやってみた


飛騨高山の朝市であった人や下呂市で、ゆでて食べるという話も聞いた。
水でゆでることで余分な塩分が抜けるからだ。
水からにて一度、塩を含んだ水を捨て、もう一度水としょうがを加えて水がなくなるまでゆでる。
あまり塩分を抜きすぎると味がなくなる。
弁当の菜にもしたらしいが、やや単調な味ではあるが、ご飯にとても合う。
協力/Aコープにゅうかわ(岐阜県高山市) フレッシュフードまるけん(岐阜県下呂市萩原町)


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