目玉おやじのようなマトウダイ
実はちょい悪ではなく、大悪な魚なのだ
【学者にとっても水産のプロにとってもちっとも珍魚ではないし、超深海や、南北両極にいるわけでもない。魚屋でもスーパーでもときどき見かける魚だが、大量のエネルギーを使う養殖魚の影に隠れていたり、目的の魚の隣にいて見向きもされなかったり……。それを「隣の珍魚」という。たくさんの種類の魚を食べ、「隣の珍魚」を知っていると、温暖化にわずかだがストップをかけられる。とても自然に優しいし、環境にも優しい。しかも大いに自慢できる】
マトウダイは例えば東京都内のスーパーでも、魚屋でも寒い時季、割と見る機会が多い。ただし肝つきの鍋材料としてだったり、煮つけ用であったり。魚売り場で目立たぬ存在、「隣の珍魚」そのものである。
これが日本海側に行くとぐんと身近な存在になる。世界中で売られているサーモン(サケ科の養殖魚)よりも人気がある地域もある。当然、日本海では「隣の珍魚」とは言えず、主役だろう。
マトウダイは体長30cm前後になる。なーんだ、小さい魚だねー、というと差に非ず。体高(真横から見たときの高さ)がやたらに高いのである。背鰭が非常に長いのも特徴だろう。実物はやけに大きく感じられる。
真横から見ると背鰭が髪の毛で体全体が頭に見える。ゆっくりゆっくり泳いでいるのを見ていると、体側の斑紋が瞳に見え目玉だけが動いているようにも見える。ボクはこれを「海の目玉おやじ」と呼んでいる。海の中に鬼太郎がいるとは思えないが、「鬼太郎っ!」と言いそうで恐い。
世界中の温帯域に生息している。国内では北海道から九州までの浅場にいる。口を閉じているとわかりにくいが非常に口が大きい。前に長く伸びる。伸びて目の前にいる魚でもエビでもイカでも、何でもかんでもスポイトで吸い取るようにつかまえる。
比較的簡単に釣れる魚で、何度も釣り上げている。砂地でのヒラメ狙いのゲストだったり、浅場でのアジのサビキ釣りのゲストであったり。ボクが釣り上げた最大は32㎝もあり、サビキ仕掛けのいちばん下の錘と、いちばん下の針についていたマアジを一緒に飲み込んでいた。この獰猛さからすると、浅場にいる生き物にとって、目玉おやじではなく、サバンナのライオンのような存在に違いない。
千葉の漁師さんに聞いたことだけど、こんなにのんびり泳いでいるのに、大型魚の腹から出て来たことはないという。その真意はともかく、この丸い魚には武器があるのだ。体をぐるりと取り巻いている有刺鉄線の、刺を思わせる棘である。
毒がないのが救いだけど、釣り上げたのを不用意にキャッチしたときの痛かったことは今も忘れられない。きっと大きな魚だって、この棘にはなんども痛い目にあっているに違いない。
フランスから取り寄せなくてもサンピエールはサンピエール
分類学上はマトウダイ目マトウダイ科マトウダイである。少々専門的過ぎるので知らなくてもいいけど、知っていると自慢できると思う。国内にはカガミダイという同科の魚がいるが、姿が似ていて、瞳のような斑紋がないだけなので、しばしば混同されている。
昔、東京都内のフレンチの名店でサンピエールのムニエルを食べたことがある。
シェフの説明では「国内にはいない魚なので、フランスから冷凍フィレを取り寄せている」と言っていた。まだ1980年代なので、国内のマトウダイと地中海のサンピエールが実は同種であることは、一般には知られていなかったのだ。
最初に記載(種を調べて名前をつけた)されたのは18世紀で、記載したのは分類学の父、スエーデンのカール・フォン・リンネだ。19世紀、1835年になって、フランスのアシル・バランシエンヌが日本で採取した個体を地中海などにいるものとは別種だ、として新たに記載する。日本で採取したので学名(小種名)にも、japonicus と入っている。これが同じ種類だとわかるのは1970年前後だ。
1835年に記載して以来ずーっと別の種だと思われていたのだから、1980年代、フランスで修業したフランスびいきのシェフが間違っても仕方がない。
富山に行ったら「くるまだい」の昆布締めを買うべし
さて、この魚をやたらに好きな地域といえば、ヨーロッパのフランス、イタリア、スペインなどと、国内、日本海側だ。
ヨーロッパではソテーにもするし、スープにもする。ブイヤベースの材料のひとつでもある。
初めて食べた東京都内、フレンチの名店のサンピエールのムニエルは、20代半ばのボクにはびっくりするくらいおいしかった。
間違いなく、国内産でも地中海産でもムニエルには最高の素材である。
国内でも日本海側と太平洋側では値段からして違う。島根県など高級だなと思うほど高いことがある。太平洋側では至って平凡な値しかつかない。
本種自体の問題ではなく、日本海側では多少小振りでも扱いがていねいなのだ。
実際、日本海側の町で、刺身で食べたら、ほんまにこれが外房で自分が釣って食べた、あれと同じ魚かいな、と思ったほど違った。
また富山県には名品中の名品がある。「くるまだい(マトウダイ)の昆布締め」である。富山県くらい多種多様な魚を昆布締めにする県はない、と思う。あくまでも今現在のボクだけの話だが、魚津で買った昆布締めはボクの人生最高峰の昆布締めであった。
肌寒くなると、やけにこの目玉おやじに合いたくなる。肝心要の肝が膨らみ、身に張りが出る。上品な白身なのに脂を感じるようになる。肝を溶かした醤油と刺身が目に浮かんで来る。