魚の呼び名07 お仙さんは江戸時代のアイドル
生きているときはアイドル並にかわいい
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江戸時代の和歌山県で、なぜお仙さんはスズメダイに殺されたのか?
以下はボクの勝手な推理である。
スズメダイのことを和歌山県各地、島根県西部、山口県、九州北部と広い地域で、「おせんごろし(お仙殺し)」、「おせんころし」と呼ぶ。
「おせんじゃこ(お仙雑魚)」というのもある。
「やえだ」、「やはん」、「もなぶり」など和歌山県だけでもスズメダイの呼び名が少なくないのに、なぜ「お仙」が出てくるのだろう。
『紀州魚譜』(宇井縫蔵 淀屋書店 1929)に、〈水族志曰く「足代浦(現和歌浦近く)漁人云おせんといふ女この魚を食し骨硬し咽腫て死す故に名づくこの魚硬ければなり」と。」〉
『水族志』(紀州藩藩医畔田翠山 1827)には、スズメダイの骨が硬い(これは真実だ)ために間違って骨を飲み込むと危険だ、とはあるが、なぜ「お仙」なのか、がない。
骨が硬くて危険ということでは、同じ和歌山県田辺市などでイサキの「かじやごろし(鍛冶屋殺し)」がある。
「鍛冶屋」は職業であり、力仕事なので屈強なという意味もあるので、「屈強な鍛冶屋でもイサキの骨は硬いので喉に刺さって死ぬ」、という意味でわかりやすい。
「お仙」はあまりにも唐突である、がなぜ「お仙」なのか?
江戸は明和年間(1764-1772)に持てはやされた、「明和三大美人」のひとりに谷中(現東京都台東区谷中)、笠森稲荷門前の水茶屋「鍵屋」で働いていた「笠森お仙」がいる。
明和期はちょうど田沼意次時代、封建制度下にあってもリベラルな時代でもある。
ちなみに産業や文化が飛躍し、人々が豊かになるのは、自由主義的な時代であってこそで、松平定信の停滞期を挟んで、黄金の文化文政期となる。
江戸時代は急激に情報社会となった時代でもある。
江戸時代前半は上方(京都・大坂)の、後半は江戸の文化が日本列島の隅々に伝達される。
人気抜群だった「お仙」には、鈴木春信の浮世絵もある。
当時の超人気作家、太田蜀山人(南畝)がとりあげたのも大きいだろう。
だからスズメダイで殺されたのは、「明和三大美人」のひとり「お仙」と考えている。
魚の呼び名にも使われるほど「お仙」は、人気抜群のアイドルだった。
ということで、和歌山県の他の呼び名の誕生した年代は完全に不明だが、「おせんごろし」は江戸時代明和期以降だと思われる。
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