普通の食用魚なのに手に取らない、シログチ
実に平凡な魚だからこそ、知って置いて欲しい

【学者にとっても水産のプロにとってもちっとも珍魚ではないし、超深海や、南北両極にいるわけでもない。魚屋でもスーパーでもときどき見かける魚だが、大量のエネルギーを使う養殖魚の影に隠れていたり、目的の魚の隣にいて見向きもされなかったり……。それを「隣の珍魚」という。たくさんの種類の魚を食べ、「隣の珍魚」を知っていると、温暖化にわずかだがストップをかけられる。とても自然に優しいし、環境にも優しい。しかも大いに自慢できる】
東京湾にも多い魚なので、東京都内でもお馴染みの魚だが、「今日は何しよう?」というとき、「いしもち(シログチの関東での呼び名)の塩焼き」がいい、という人が、昔は多かったが今ではほとんどいなくなっている。魚屋にとっても近年売りにくい魚のひとつだ。
釣りの世界でも同様である。東京湾でもっとも人気が高かったターゲットのひとつが本種だったのに、今やタチウオに入れ替わっている。
魚食の世代間の断絶が起きている顕著な例がこの魚である。「のどぐろ(アカムツ)」を知っているのに、身の周りに普通に売られている、基本中の基本的な魚を知らない時代になっているのだ。
この原因は魚食普及の失敗にある。魚の食べ方などを子供に教えてなんになるのだろう。たいして意味があると思えない。ほぼ無意味だろう。
今、魚食の断絶は40歳以上60代以下で起こっている。この年代は、平凡なシログチの食べ方すら知らない人だらけだ。この世代に「魚屋かスーパーで塩焼き用に下ろしてもらって買いなさい」と、教えるべきなのだ。
ちなみに魚食普及に魚の下ろし方は不要である。魚を下ろすのは魚屋かスーパーに任せるべきだ。魚の買い方を教えて、それでもの足りないと思った人間にだけ魚の下ろし方を教える。ものごとは1から始めるべきで、いきなり3とか4とかの高いところを教えてはならないのだ。
どうしてこんな、わかりやすいことがだれもわからないのだろう。無意味なことばかりやっているのは、要するに役人の利権の問題とか、縦割り行政のためだろう。
だいたい食べ物としての魚の、最低限の知識がある人間にこの国で会ったことがない。魚のことを体系的に教えられる人間がいないのも大問題なのだ。
昔は練り製品になるほどたくさんとれた

シログチは琉球列島をのぞく本州以南、朝鮮半島、中国の浅い海域に群れを作って生息している。ある意味、どこにでもいる魚だが、代表的な産地は長崎県や山口県などのように底曳き網のあるところである。
底曳き網で大量に揚がるので、昔は蒲鉾や竹輪の主な原料のひとつだった。神奈川県小田原で蒲鉾が名物になったのも、長崎や山口などで、底曳き網で大量に漁獲したものを鉄道で輸送できるようになったためだ。
今や蒲鉾材料とするほどはとれない。本種を使った蒲鉾もあるが、高価になっている。
関東では頭の中に石を持っているので「石持ち」という

シログチはスズキ目ニベ科の魚である。ニベ科の「にべ」は、この科の魚(本種自体のことではない)の鰾(うきぶくろ)にコラーゲンが多く、「鰾膠(にべ)」を作る原料となっていたためだ。鰾膠は魚原料の膠(にかわ)のことで昔の接着剤だ。漆器や家具作りには欠かせない素材だった。
ちなみに「ぐち」は西日本でのニベ科の魚に対する呼び名である。昔、太平洋側伊豆半島以東の東日本にいるニベ科の魚はニベとシログチ2種だけだった。対するに西日本にはニベ、シログチ、コイチ、オオニベ、クログチとニベ科の魚の種類が多かった。本種がシログチになったのは、ニベ科の種類が多い西日本で、他のニベ科の魚「ぐち」と区別するためだ。これを標準和名(図鑑などに掲載するときの名)とした。
余談になるが1970年前後まで標準和名はシログチとイシモチは併記されていて曖昧だった。しかも「いしもち」と呼ぶ関東の人口は「ぐち」と呼ぶ西日本と変わらない、メディアの中心は関東にあることも、本種の名の混乱をまねいている。
ちなみに関東で「石持ち」なのは頭部にある耳石と呼ばれる骨が非常に大きく、また目立ったからだ。昔、江戸川区でこの耳石を子供の頃から集めているというバアチャンに会っているが、それほど身近な魚だったとも言えるだろう。
シログチと言えば塩焼きという時代が長々と続いていた

この科の魚は主に中国大陸周辺に種類が多く、食用としても人気が高い。例えば韓国で本種は高級魚だが、この国では大衆魚である。
韓国などでは干ものにされ、これがスープなど多様に利用されている
旬は3月くらいから7月はじめくらいだけど、日本列島は長いので微妙にずれる。
6、7月の産卵後は脂が抜けておいしくないが、9月になるとじょじょに産卵後のダメージが癒えて、またおいしくなる。
この国では基本的に焼くか、煮るかでしかない。この料理法の少なさが、本種の人気を急激に下げている。ただし塩焼きは非常においしい。小骨も比較的少なく、焼いた皮の風味、上品で甘味のある身ともに味わいは最上級である。