「しもつかれ」、「すみつかれ」、「つむづかり」について

もともとは平安京での「すむつかり」

すむつかり

初午の前日に作り、初午の日に稲荷神社に供える、供え物のひとつとして作る料理で、もっとも広域で盛んに作る栃木県で「しもつかれ」という奇妙な名の料理がある。福島県南会津地方、栃木県、群馬県、茨城県、文献では埼玉県の広い地域で作られている料理で、他に「しもつかり」、「しみつかれ」、「すみつかり」、「すみつかれ」、「すみずかり」、「つむずかり(つむづかり)」ともいう。ちなみに栃木県などで「霜疲れ」という漢字を当てているが、当て字である。
稲荷と初午というと、稲荷の総本宮である京都伏見稲荷の創建時(711)の伝説に稲荷山の三ヶ峰に稲荷神が降りてきたのが、初午の日に当たり、同社では大祭が行われる。この「稲荷と初午」の話が地方に伝わったことの影響もあるのだと考えている。ちなみに百済の帰化氏族である秦氏の創建した社であることから、「稲荷と初午」に関しては朝鮮半島との結びつきも考えて方がよさそうだ。
この料理の起源や呼び名の意味は鎌倉時代、たぶん平安時代にまでたどれるようだ。鈴木晋一は『宇治拾物語』(源隆国/正二位まで上りつめた公卿。鎌倉時代前期、1221-1221)の「慈恵僧正戒壇築たる事」に「すむつかり」があって〈大豆を煎って酢をかけたもの。酢をかけると大豆に皺が寄って箸で挟みやすくなる。これを子どもがむずがって顔をくしゃくしゃにしているようだというので、「酢憤(すむつか)り」という〉という話が出ている。慈恵僧正は良源は天台座主。
とすると、似たような料理は平安時代の京にもあったことになる。『たべもの史話』(鈴木晋一 平凡社)
福島県南会津地方、関東の栃木県、群馬県、茨城県、埼玉県で初午の前日に作る。初午の日(今は新暦の2月の最初の午の日だが、本来は旧暦なので新暦だと3月初旬)にわらづとなどにくるみ稲荷神に奉る。
主な材料は塩ザケの頭である。関東でサケを食べる習慣はそれこそ歴史時代以前からだと思う。塩の交流はあったと思うので、すべてが塩をしたものに違いない。「しもつかれ」の分布域の中心にあるのは利根川である。鬼怒川も渡良瀬川も、荒川も利根川水系だ。唯一の例外が那珂川流域の那賀川町であるが、距離の関係からすると流域的に関連があるはずである。
福島県南会津地方はサケ、マス(カラフトマス)をよく食べる地域で、流域ではなくサケ類を始め食品の流通先であると考えている。要するに福島県でも浜通り、また鬼怒川や利根川を使った舟運の終点である。面白いことに南会津でも田島では作らず、会津若松でも猪苗代でも作らない。
まだまだ課題は多い。
現在のところ福島県南会津町、栃木県日光市、栃木市・小山市・宇都宮市今里・那須郡那珂川町、群馬県板倉町、茨城県結城市・境町、埼玉県熊谷市下久のものは手に入れているし、実際に家庭で作られているのを確認ずみ。栃木県さくら市と群馬県館林市は聞取をしているが不十分だと感じている。
文献的には那須塩原市、さくら市にもある。那須塩原市西那須野町には〈二月の午の日(初午)には鳥ヶ森のお稲荷さんにおまいりして、五色のと、わらつとに赤飯としもつかれを入れたものを供え、農産物の豊作祈願をする〉。
茨城県東部の霞ヶ浦、北茨城市などと、小貝川流域の真岡、筑西、下妻などを知れべていないし、筑波山周辺、茨城町、水戸市、笠間、太子町などどうなのだろう? 当たり前だが海辺で「しもつかれ」を作る可能性はほどんどないと考えている。

市販品があり、ほとんどの家庭で初午用に買い求めている


栃木県では新年になると塩サケの頭、酒粕、油揚げなど「しもつかれ材料」、加工品としての「しもつかれ」がスーパーに並ぶ。ただ、最近ではほとんどの家庭で自宅では作らず、市販品で初午用に買い求めている。
味は食べてみないとわからないという、表現の難しいものである。
鬼下ろしで大きく下ろした大根とにんじんの味がきて、細かくなりすぎて存在感のなくなったサケのうま味というか、サケらしいだしは感じられるものの、サケの身の存在感はない。酒粕から微かだが酸味が出ていて、甘味も出ているようでもある。酒粕は全体の味わいをまとめ上げる役割を果たしているようだ。
塩味はサケからのものと、醤油ではないかと思うが、近年作られているものは、非常に塩分濃度が低い。
味のいいものと、おいしくないものの落差が激しい。「しもつかれ」を無闇においしいという人は、本心なんだろうか? 間違いなくいろんな地域で複数の「しもつかれ」を食べていないと思っている。
ちなみに非常においしいというお宅のは、だれが食べてもおいしいものだ、ということだけは述べておきたい。
もしも、全般的に「しもつかれ」がおいしいものならば、初午にだけ作られるのではなく、年中作っているはずである。
【材料/大根、ニンジン、塩引き鮭の頭、節分の大豆、酒粕】
大根とニンジンは鬼おろしで粗くおろし。
塩引き鮭の頭は焼いてぶつ切りにし、ゆがいて細かくほぐす。
大豆は焙烙で煎って、皮を取り除く。
鍋にニンジン、大根、鮭、大豆、油揚げを入れ、ことことと煮込む。
油揚げや竹輪を入れるという家もあり、なめこが入ったものもあった。
塩引きが柔らかく煮崩れるようになったら酒粕をのせて、柔らかくなるまで煮て、最後に醤油で味付けする。
八升だきの鍋で作るので、幾日にもわたって食べる。初午の日に赤飯と食べるとおいしい。
『聞書き 日本の食事』(農文協力)、『熊谷市史調査報告書 民俗編 第二集 食生活』(熊谷市史編さん室)

栃木県日光市今市、花市としもつかれ


栃木県日光市今市では初午の行事が盛んである。
他の地域と同様に、初午の日に赤飯と一緒に、稲荷神に捧げている。
近年では2月11日に「花市」が開催され、たくさんの露店が並ぶ。このとき行われているのが「しもつかれコンテスト」である。各家庭から持ち寄って味を競う。
今市は山間部の町だが、日光東照宮の入り口であり、江戸時代には日光例幣使も泊まる大きな宿場だった。
日光東照宮がなければ山間の集落であり、サケの産地からは遠い。塩ザケの流通の末端近くで、当然塩ザケは御馳走である。
塩ザケはハレの食、マス(カラフトマス)にケの食であったはず。
ハレの日に食べるご馳走、塩ザケを総て使い尽くすための料理だったかも知れない。
[写真は日光市今市の「花市」 栃木県日光市今市]

栃木県日光市今市、しもつかれチャンピオンのしもつかれ


栃木県日光市今市、「花市」の日に行われているのが、「しもつかれコンテスト」である。
写真はチャンピオンになった方が作ったもので、大豆、にんじん、大根、サケの他に油揚げが入っている。
「しもつかれ」の中でもあっさりしていて、食べやすい。
[栃木県日光市今市]

群馬県板倉町のしもつかれ


群馬県邑楽郡板倉町のもの。
この地域は渡良瀬川と利根川が合流する関東平野の中心に広がる水郷地帯で、盛んに淡水魚を食べる。
栃木県、茨城県、群馬県、埼玉県が接していて、地域共通の食文化が見られる。
ここでは大豆、にんじん、大根、サケの他に竹輪が入っている。
ちなみに板倉町の西にあるのが、江戸時代に館林藩のあった館林市である。関東には珍しく10万石と藩域が大きく、徳川四天王のひとり、榊原康政が立藩、徳川綱吉が藩主であったこともある御三家に次ぐ家格の藩である。
この館林市でも「しもつかれ」が作られている。
[群馬県板倉町]

栃木県那珂川町の「しもつかれ」


栃木県那珂川町は県東部、那須地方にある。中央を流れるのが那珂川である。
那珂川では今も銛でのサケ漁、簗でのサケ漁が行われており、サケの産地でもある。
大豆、にんじん、大根、サケの他に油揚げ入である。
しっかり煮込んでいて、非常に柔らかくどろっとしている。
[栃木県那須郡那珂川町]

福島県南会津町の「つむずかり」 01


福島県南会津町でも初午の前日に「つむずかり(つむづかり)」を作る。
この地域は今でも塩ザケ(サケ)、塩マス(カラフトマス)をよく食べる。昔は、普段は比較的安い塩マスを食べ、ハレの日、年取魚(大晦日・正月)に塩ザケを食べていたのではないか、と思っている。
今では考えられないことかも知れないが、1980年前後まで塩ザケは高級なものであった。当然、この南会津で「つむづかり」が作られるようになった時代には、もっと遙かに高級で日常的にはとても食べられなかったものと想像している。
日常的に食べる塩マスにしても頭部は、大根やニンジンなどと煮て食べていた。「つむずかり」は正月に食べたハレの食である塩ザケをとことん食べきるためのものであった可能性が高い。
塩マスの頭は湯をかけてほぐす。
にんじんを切り、大根をあらく下ろす。昆布と打ち豆を用意する。
鍋に材料を加え、水を加えて煮る。
塩気は塩ザケの頭から出るので、調味料は不要だ。
[画像は食べきる直前なので、汁気が多い。福島県南会津町]

福島県南会津町の「つむづかり」 02

栃木県日光市今市、花市としもつかれ

他の地域と同様に2月の初午の日に、「つむづかり」、赤飯と「おからくだご」を稲荷神に供える。
色紙を繋げて、「奉納正一位稲荷大明神」と書いたものを稲荷の祠周辺に結ぶ。
[画像いちばん左に見える四角く白いものが「おからくだご」。福島県南会津町]


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