シジミはシジミではなくヤマトシジミで故郷は涸沼

本来、汽水域のどこにでもいた安くておいしい二枚貝


1926年暮れに大正時代は終わり、昭和が始まる。1945年の敗戦まで下町(日本橋、両国、深川、本所など)には、「しじみ売り」が来ていたという。「しじみ売り」が売り歩いていたのはシジミ(ヤマトシジミ)だ。他に貝売りもいてアサリ、剥きアサリ、ハマグリで、時々バカガイ(青柳)の剥き身・ゆでたものを売っていた。この売り歩いていた二枚貝の中でもシジミがいちばん安かったのは、東京の低地である下町ではどこでもとれたからだろう。
ちなみに関東の利根川河口域は日本一のシジミの産地であった。これが河口堰ができて激減し、産地ですらなくなってしまっている。今や利根川産のシジミはめったに見かけぬものとなる。
今、全国的に流通しているシジミの産地は島根県、木曽三川の河口域、北海道、青森県、そして主に関東周辺に流通する茨城県涸沼産である。
魚貝類を調べ始めると、最初は珍しいもの、高額なものに目が行きがちだった。これが10年もすると総て同じになる。学ぶということは特異点が消えるということだとわかる。
最近ではシジミが気になって仕方がない。温暖化、環境の変化がこんな小さな二枚貝が教えてくれているように思えてならない。食べることは環境や自然を考えることなのだ。
さて、一般的にシジミはシジミでしかない。シジミにも種類があることくらいは知って置くべきである。
食用として重要なのは、汽水域(海水と淡水が混じる水域)にいるヤマトシジミ、琵琶湖特産のセタシジミ、純粋な淡水域にいて多くが卵胎生のマシジミの3種だ。水揚げ高もこの順で多く、マシジミは希に直売所や朝市などで見かける程度である。
ここではタイワンシジミやまったく同定不能な外来種は取りあげないが、最低でも国産食用シジミは3種類だ、ということくらい知って置くべきだと思う。
ちなみにこのシジミ科の二枚貝は環境の変化に敏感である。利根川でも木曽三川でも河口堰の影響は甚大であり、また水質汚染にも決して強いわけではない。

アサリのみそ汁よりもシジミがおいしいと思い始める


今回、八王子綜合卸売協同組合で買ったシジミ(ヤマトシジミ)は茨城県涸沼産だ。
涸沼は涸沼川の河口域に広がる汽水域である。涸沼川は焼き物で有名な笠間市の山中に源流があり、広大な平野部を東に流れて海に注ぐ。水戸藩が2代水戸光圀の乱脈経営によって疲弊し、あがいた末に運河計画なるものをおっ立てた、そんな歴史がある。
涸沼で雄大な筑波山を眺めながらマハゼ釣りをしていると、足元にたくさんのシジミが目(水管)を出している。これを近所の農家のじいさまが鋤簾のようなものですくい取り、「自宅用に水路に活ける、少し持ってくか?」と言われたのは2年前のことだ。
昭和一桁生まれのジイサマ曰く、昔は涸沼の水をそのまま家庭で炊事に使い、飲んでいたという。これがとても飲む気になれないようになったのは、下水の流れ込みもあるが護岸工事の影響が大きいと思っているようだ。
涸沼産のシジミは島根県産などと比べると大振りなので、少しだけ高い。それが島根県産と同じ値段なので買って、一晩泥抜きをする。発泡の箱に水を張り、少しだけ塩を加えた中にシジミを入れて、蓋をする。夏なので保冷剤も忘れてはならぬ。
1㎏でみそ汁4杯分なので、我が家のシジミの割合は一般的なものの2倍以上だろう。みそは愛知県イチビキの赤味噌。これが最近矢鱈においしい。年を取るたびにシジミのみそ汁を作る頻度が高くなっているのは、体が要求しているからかかも知れぬ。
さて、シジミはシジミではなくヤマトシジミという二枚貝で、今回の産地は茨城県涸沼川河口域と言いたかっただけなのに、長々と……。


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