久しぶりにドカ弁
東近江のドカ弁ジイサマの話
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滋賀県東近江市のコンビニ駐車場で目的地を再確認していたら、目の前のジイサマが手を振っている。窓をあけると、
「遠いところから来たんや」
せっかくなので、しばしジイサマと話し込む。
水産生物を調べるということは、人から話を聞くこと、なのである。
湖南市生まれのジイサマに朝ご飯の話、サンマの話、なれずしの話と来て、昼飯は? で話が盛り上がる。
昼は麦飯と梅干しだけ、だったという。これくらいの(手の平を広げて1つ半くらい)金色のアルマイトの弁当箱にぎゅうぎゅうの麦飯を詰めて、昼前と午後に食べていたという。
たぶんそのときの弁当箱の大きさは長方形の最長部分の長さ25㎝、深さ10㎝くらいか。
めもを取りながら、久しぶりに弁当箱飯を作ろう! と思った。
我が家の弁当箱は大分県日田市の古い金物店で買ったもので、中型である。
大と特大もあって、全部買うべきか悩んだ末に諦めた。
居合わせたオヤジサンが梅干しを乗せた部分あたりがへこんだ蓋の、特大の弁当箱を持っているからやる、と言われたがバスの時間があって諦めた。
大量のご飯を梅干しだけで食べるなんてできやしない
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ボクが買った弁当箱は105㎜・165㎜の長方形で深さ52㎜である。
これで普通の押しで461g(約1.5合)のご飯が詰められる。
特大の弁当箱にぎゅうぎゅう詰めのご飯なら、3合も4合も入る気がする。
「きつい仕事だったが、贅沢だった」と東近江市のジイサマは語っていた。
1940年生まれなので、1960年前後のことだろう。
この世代は戦後の苦しさも知り、もはや戦後は終わったという時代も知っている。
