文京区千石『進開屋』の天丼はつゆどっぷり
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「本郷も かねやすまでは 江戸の内」とすると千石は江戸の外になるが、江戸後期に朱引き内という江戸の丁の範囲が出来ると千石も江戸の内となる。
千石は現在の住所だが、今回の『進開屋』のあるところは小石川植物園そばでもともとの丁名(町名)は林町である。
実際、今も町内会は林町だし、文京区立林町小学校であるので、林町の名は残っているともいえそうだ。
ここ10年ほど前から小石川植物園帰りに、『進開屋』の前を何度も通った。
過去のデータを見ると年に数回、小石川植物園に行っているが、行く日は休市(市場の休日)との兼ね合いから金曜日となる。
植物園を見た後、植物園まわりをぐるりとまわる。
店の前を何度か通っているが、のれんがかかっていたことは一度もなかった。まさか閉店してしまったのか? と思ったらのれんがかかっていなかったのは金曜日が定休日だったからだった。
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1月の土曜日、日暮里から歩き始めて、骨董市を見て、団子坂を上り、森鴎外記念館をのぞき、本郷で打ち合わせをする。
お昼を食べる店を探しながら、茗荷谷駅に向かっているとき、ふと気になって路地に入り込んだらのれんがかかっていたのだ。
古い値段表があってついつい見入ってしまう
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建物は昭和6年(1931年)に建てられたもので、古い切妻の二階屋で表看板の天丼・蕎麦・親子丼が時代がかっていていい。
店に入って壁に「明治・大正・昭和 そばと米の値段の変遷」というのがありボクが生まれた頃は「もり又かけ」が25円から30円だったことがわかる。
天丼は滅法ボク好みの味だ
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店は今どきの本格派ではなく、代々のそば屋といった感じで、ボク好みのゆるゆるとした時間が流れている。
ここで小盛りのそばと天丼を食べた。
天丼は天ぷら揚げたてを丼つゆにどっぷりと漬けるタイプで、近年めったに出合えないもの。
これが矢鱈にうまい。
そばは非常に長くて、つゆはやや辛口である。
酒は持ち込み、だけどこれもええじゃないか
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次に行ったのは2月の水曜日、護国寺で打ち合わせをして、坂道を上ったり下ったりして林町にたどり着いた。
坂が多いのが江戸(東京)のよさだ。
このときボクは体調不良だったのにも関わらず、ワンカップを持ち込んで品書きを見る。
この店にはアルコールがなく、飲みたかったら持ち込みとなる。

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