202410/23掲載

あんこうは鍋で食べれば万人向けの味

日本各地でとれるのに昔は関東ローカルな魚だった


【学者にとっても水産のプロにとってもちっとも珍魚ではないし、超深海や、南北両極にいるわけでもない。魚屋でもスーパーでもときどき見かける魚だが、大量のエネルギーを使う養殖魚の影に隠れていたり、目的の魚の隣にいて見向きもされなかったり……。それを「隣の珍魚」という。たくさんの種類の魚を食べ、「隣の珍魚」を知っていると、温暖化にわずかだがストップをかけられる。とても自然に優しいし、環境にも優しい。しかも大いに自慢できる】

11月の声を聞くと、「あんこう」の値がじわりじわりと上がり始める。
ここまで書いて問題なのは、「あんこう」は標準和名(図鑑などに載るときの日本名)アンコウではなく、キアンコウだということだ。こんなややこしいことになったのは、明らかに世間知らずの魚類学者のせいである。これに関しては深く掘り下げないが、一般的な「あんこう」のほとんどがキアンコウという魚だということだけは知って置くべきだ。市場でキアンコウは「本あんこう」とも呼ばれている。
年内から1月初めまでは高いが、それをすぎたら急激に安くなる。一般家庭で買うなら新年になってからがいい。

地域差があるものの関東のスーパーなどで寒い時期になると、肝とぶつ切りがセットになって普通に売られている。手間がいらず、料理としても簡単なので、売れて困るだろうという話を魚屋にしたら、買っていくのは年配者ばかりだという。こんなにありきたりな普通の食用魚が近年じょじょに、関東ですら「隣の珍魚化」しているらしいのだ。

「あんこう」は20世紀末になってもローカルな食材だった。全身ぶよぶよしたこの魚を盛んに食べていたのは、東京を始め関東周辺と大産地だった茨城県である。
1980年代、東京築地場内では暮れになって「あんこう」の入荷が少ないと争奪戦になった。とても手が出ないと嘆く仲卸を何度も見ている。
同じ頃、新潟県出雲崎近くの漁港で「あんこう」が捨てられていたのである。捨ててはいないかも知れないが、ボクがカメラをかまえていたら、「持っていっていいぞ」と言われてびっくりしたおぼえがある。どう見ても10㎏以上の「本あんこう(キアンコウ)」で嬉しくはあったが旅の途中なので辞退した。
出雲崎ではとれてもほとんど食べないといわれたので、またビックリした憶えがある。
今や「あんこう」は新潟県だけではなく、青森県、山口県下関の名物となっている。
「あんこう」の食文化は流通と情報の発達によってやっと全国的に知られるようになった。
それでもいまだに一般的な食用魚ではなく、料理店で食べる魚の域を超えていない。

丸のまま見た事のある人はめったにいないはずだ


キアンコウは琉球列島、西南諸島、小笠原などをのぞく日本各地に生息している。冬の魚とされているのは、普段は深海にいる魚だが、冬になると浅瀬に産卵期のために上がってくる。この浅場に群れを作って上がってくるときが漁期だからだ。
体長1.5mくらいになる、といってもピンとこないだろう。30㎏クラスを市場などで、至近で見ると非常に巨大である。初めて見ると圧倒されるかも知れない。しかも千枚通しのような鋭い歯が大きな口に並んでいて、生きていると恐怖すら感じるはずだ。
一度だけ死んだと思ったキアンコウの口に手を突っ込んで痛い目にあったことがある。噛まれた痛みもそうだが、抜こうとしても一向に抜けない。途方に暮れて市場に座り込んでしまったことがある。

過去に15㎏ものを下ろしたことがあるが、腹の中からケガニ、スケトウダラやアイナメらしきものなど1㎏近い生物が出て来たことがある。
1936年、本所区東両国の魚屋さんが巨大なアンコウを下ろしていたら、中から海鳥が出て来たという。これは特別なことではなく、アンコウの仲間は海に浮かぶ海鳥までも襲って食べるようなのだ。『魚の履歴書』(末広恭雄 講談社)
まん丸な体形のお相撲さんのことを「あんこ型」という。背が低く丸い体型のお相撲さんが、魚の「あんこう」に似ているために生まれた言葉だ。
褐色で目立たず、ほとんど動かない。背鰭が釣り竿のように長く伸びて、先にエスカという皮弁(皮膚のようなもの)をつけている。小魚を見つけると背鰭を動かしてエスカをひらひらさせる。
それを見た小魚が「えさだ!」と思って近づくと、がぶりと一のみにする。向こうから近づいてくる魚をがぶりとやるだけなので、泳ぐための筋肉はいらない。だからぶよぶよしているのである。
アングラーフィッシュ、釣りをする魚という英名はここからきている。

鱗がなくぶにょぶにょしており、歯と骨以外は食べられる


あまりにもぶにょぶにょして柔らかく捉えどころがない。しかも20㎏、30㎏にもなるので、とてもまな板などには乗らない。茨城県ではキアンコウを綱で吊して解体する。茨城県冬の風物詩、「あんこうの吊し切り」である。
歯と骨以外はすべて食べられる。肝、皮、とも(鰭と鰭についた筋肉)、水袋(胃)、ぬの(卵巣)、鰓、身(柳・大身・台身)を「鮟鱇の七つ道具」という。
いちばんうまいのは「あん肝」と呼ばれている肝で、鍋に入れるほか、大きいので肝だけを蒸して供される。また肝は国内産だけでは足りないので、アメリカ大西洋沿岸から近縁種のアメリカンアングラーフィッシュの肝だけの輸入もしている。
「あんきも」は既製品や缶詰もある。

基本的に鍋で食べる魚である


基本的な食べ方は鍋である。東京風の醤油仕立てと茨城など常磐風のみそ仕立てがある。また韓国でも同じように鍋仕立てで食べられている。
鍋の作り方は非常に簡単である。
東京風の鍋つゆは水・醤油・みりん・酒などを合わせたもの。
「鮟鱇の七つ道具」は食べやすい大きさに切り、一度湯通しして冷水に落としてぬめりを流す。
水分をよくきり野菜や豆腐と煮ながら食べるだけだ。
新年明けるとじょじょに値を下げる。意外に食べたことのない人が多いようだが、一度食べたら病みつきになるはずである。
新年鍋始めは「あんこう鍋」とは素敵ではありませぬか。

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キアンコウのサムネイル写真
キアンコウAngler fish, Yellow goosefish海水魚。水深25-560m。北海道〜九州南岸の日本海・東シナ海、北海道〜九州南岸の太平洋沿岸、兵庫県明石、瀬戸内海、有・・・・
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