海にいる巻き貝の代表選手だったバイ
地味だけど、昔々、もっと遙か昔から日本の巻き貝の代表だった
本種の標準和名バイは、江戸時代以前から使われていた言語だ。「ばいがい」という人が多く、市場などで「ばい貝」と書かれているのもよく見かける。実は「ばい」も漢字では貝なのである。「ばいがい」を漢字にすると「貝貝」になる。これくらい国内の巻き貝の代表的なものだったとも言えるだろう。
古くから居酒屋などで「ばい貝の煮物」は定番的な酒の肴であった。1900年代には飲食店などではとても重要なもので、築地場内で「突き出しがない」と本種を探し回っている人を見ている。
日常的に食され、子供のおもちゃにもなる
江戸時代から子供に人気のベーゴマは本種の貝殻で作られていた。漢字にすると「貝独楽」で、「ばいごま」が「べいごま」となる。人気が出たのは、日本全国でとれる貝の中でもたくさん水揚げがあり、貝殻が手に入れやすかったためだろう。これが鉄製になったのは大正時代(1912-1926)からだという。
今現在、本種(バイ科バイ Babylonia japonica)くらい認知度が低い存在もないかも知れない。標準和名でも地方名でも流通名にしても、「ばい」と呼ばれている貝が多すぎるのである。本家本元の本種をはじめ、いくつもの「ばい」総てを見分けられて語れる人は極めて少ない。それが本種を一般社会から埋もれさせる原因となっている。
昔はサザエやアワビと同じくらい日常的に認知度の高い巻き貝であった。小さい上に地味なので、サザエのようにキャラクター化される存在ではなかったのも認知度を下げる要因になったかも。
左が昔からのバイ、右が同じ用途の北海道特産のエゾバイ
1980年くらいまで本種は琉球列島・小笠原以外の浅い泥底なのに至って普通に見られ、水揚げ量も少なくはなかった。
死んだ生き物を食べる掃除屋でもあり、釣り餌の環形動物が好きみたいで巻き貝なのに堤防から釣れたりする。
バイかごというカゴに魚のあらなどを入れて、おびき寄せて取る漁が日本中で行われていた。浅場の貝の漁としてはもっとも普通のものだったはずだ。
急激に減少したことがある。船や漁網に貝や海藻が付着するのを防ぐために1960年代から使われ始めた有機スズが原因である。これがインポセックス(雌の雄化)を起こして本種など巻き貝を生殖不能に陥らせたのだ。この使用制限は1980年代になってやっと施行される。
ここで登場するのがインド洋などから輸入されている同科のバイや、エゾバイ科のエゾバイの仲間たちである。
本種はいつの間にか、煮貝の主役であったことを忘れ去られる。
2010年くらいから本種の復活の兆しがみえてきた。近年は至って普通の存在になってきている。
ただ、このブランクは大きいのではないかと思っている。本種自体が復活しても日本中で行われていた、「ばいかご漁」が廃れてしまっているからだ。