群馬県南部の郷土料理「えび大根」について考える

平野型淡水魚食の群馬県南部のえび大根の変遷

板倉町の水郷

なんども書くが関東平野に群馬・栃木・茨城・埼玉が接する場所がある。面白いことにここをちょっと歩くと4県ぐるりと回ることができる。ここに水郷地帯がある。
群馬県館林市で買った「えび大根」のエビはサクラエビを使っていた。冷凍の小エビも入って豪華である。この「えび大根」はボクには貴重な資料だけど、この貴重さがなかなかわかってくれない。
我がデータベースの根幹をなす部分なのだけど、世の中は派手派手しいものには飛びつくが、地味で日常的なものには見向きもしない。
「えび大根」は関東平野では栃木県でも茨城県でも、群馬県でも埼玉県でも日常的な惣菜である。1960年前後まで洪水に悩まされていた、東京都の隅田川の東側でも作られていたようだ。あえていうと平野部の、広い淡水域のある日本中の町で作られていると考えるべきかも知れない。
また、「えび大根」は淡水魚食でも平野型の郷土料理だ。
ボクの生まれた徳島県西部は渓流・清流型淡水魚食で、アユ、アマゴ、オイカワ、ヨシノボリで多彩さに欠ける。これに対して徳島県東部吉野川下流域では淡水エビ・淡水魚を多彩に食べていた。この構図が国内全域で当てはまる気がする。
2010年前後から群馬県板倉町にはなんどか淡水生物を調べに行っている。現在、十数年経って、急激に淡水生物を食べる食文化が消えつつある。
2010年に板倉町で霞ヶ浦産の「干しえび」を買った。どう使うか直売所で聞いて、親切な老人がいて、作り方を再確認して、少しだけエビの話をしたのだ。
板倉町、館林市には本流である利根川に沿うように谷田川が流れている。このあたりで淡水魚食が盛んなのは、利根川ではなく谷田川から広がる水路によってだ。
老人達の話では「えび大根のエビは昔は溜池のようなところでつかまえていた」という、谷田川のものは買い、ときどき霞ヶ浦から干したものを売りに来た。とすると溜池のエビはほとんど流れのない水域にいるヌカエビ、谷田川のは少しだけ流れのあるところにいるスジエビ、霞ヶ浦のはほぼ感潮域(少しだけ海水の入り込む)に多いテナガエビでスジエビも混ざると言ったものだったはずだ。
写真は館林市、板倉町を流れる谷田川。

まだまだ探せば見つけられる霞ヶ浦産エビのえび大根

えび大根

これがいつのまにか直売所で売られている「えび大根」の多くが、産地不明のサクラエビに代わっているのだ。
埼玉県熊谷などの民俗学的資料も踏まえて考えると、これは比較的日常的なおかずで、雑魚(モツゴ・タモロコ・小ブナなど)を醤油で煮て食べていた。コイ、フナ、ナマズは比較的贅沢なもの。板倉町に「なまずのたたき揚げ」があるが御馳走だったようだ。
ちなみにこの老人たちの、戦前生後を少年期、青年期を過ごした世代はボクの両親の世代で、非常に小柄である。たぶん平均身長160cm代前半だと思う。小柄なのはどう考えても動物性たんぱくが足りなかったためだ。
天武天皇、聖武天皇が獣肉食禁止をして、それが中世に形骸化したときに戦国期をへて江戸時代がはじまり、米食文化、穀物主流の文化が始まる。全藩をあげて稲の作付けを拡大したために飢饉が頻繁に起きた。
鈴木理生など歴史学者は江戸時代は米本位を幕府が強く進めたために、歴史上最も背が低く、体重が軽かったとされるが、それを昭和10年前後生まれまで引きずっていたのだ。
関東平野の養豚業が繁栄するのは1945年以後のことでもあり、肉が高くて日常的に食べられない時代が長々と続いていた。
写真は板倉町で教わった、霞ヶ浦産干しエビを使った、えび大根。

サクラエビに冷凍小エビで作った最新のえび大根

見た目のいい館林のえび大根

さて、この1970年以前の、関東平野の食文化を感じさせてくれる食べ物は、いったいいつまで残っていてくれるのだろう。
1945年以前に生まれた人が急激に地上から去って行く。
その食の記憶は重要ですと、言いたいし、教えていただきたい。
写真は群馬県館林で買ったサクラエビ、冷凍小エビを使った、えび大根。


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