浦戸湾文庫 06
高知大学理学部自然環境科学科教授 理学博士、高知大学海洋生物教育研究センター教授兼任
町田吉彦 Machida Yoshihiko
1947年3月30日生 秋田県出身
カツオの焼き切り廣丸風
土佐の漁師がちょっといっぱいというときに、これがいちばんうまいカツオの食べ方であるというのが、この焼き切り。ただしこれは料理と言えるかどうか? 
1 カツオを4つ切りにする。やや強めの塩をふる
2 これを強火の直火でざっと焼く。このときけっして焼き過ぎない
3 これをさっと切って手で食らう
すなわち調味料は塩だけ、薬味もしょうゆも使わない。カツオの持つ味だけを味わいつくす漁師風のもの
焼いて表面は微かに熱く、中は冷たい。ひんやりしたカツオの酸味を伴う食感。カツオの旨味が適度の塩味に引き出されて、「はちきん笑う土佐の味」です
註01
カツオの土佐作り」というのは、本来カツオを水洗いして4つに割り、これをわら、ガスなどの直火で表面を焼く(このとき軽く塩をふる場合もある)。これを平作り(5〜10ミリ厚みに均等に切る)にして、皿に盛り、上から青じそ(高知では“せいそう”)、みょうが、薄切りのニンニクなどを添えて、ポン酢(二杯酢)をかけまわす。または、これをただ単にしょうゆで食べる
註02
これを「塩たたき」という。カツオのたたきのいちばん古い食べ方
(以上、『土佐・味の百科』高知新聞社)

カツオの焼きぎり -真空パック・バージョン-
 9月14日午前9時半(2003年)。永野廣さんから電話。「せーーーんせい。やーーーっと捕まった。で、昨日、どこ行っちょった? 100ぺんばあ電話したが」。ちょーっと待て!
 私はお尋ね者ではない。昨日は土曜。順番からいけば、今日は全国的に日曜だぜ。「永野さんく(家)のカレンダーは去年のがやないかえ?」と言いたいところだが、まあここはぐっと堪える。土曜の午後3時半過ぎから100ぺん電話する方もどうにかしているが、日曜の朝に研究室に居る方もどうにかしてるんだけどね。「昨日の昼は同窓会で、夜は宴会と言うちょったと思うけんど……」。

 土佐の宴会は、げにまっこと恐ろしい。下戸は本気で腹をくくったほうがいい。強いと自負している御仁にあえて警告する。土佐では口が裂けても「呑める」と言わない方が賢明。「少々いける口」は1升と1升で2升。酒で負けたら恥。こんないごっそうの世界だ。おまけに、「おまんは俺の酒が飲めんがか!」と、怒り出すおんちゃんが居たりする。違う、違う。宴会は割り勘。これは常識。おまさんの奢りではない。地方ではもっとすごい所があるぜよ。少し早めに会場に現れる。腰を下ろす前から手はビール瓶を離さない。座るやいなや飲み始める。これでいいのだ。暗黙のルールなのだ。開始時刻? それは他人が勝手に決めた事。自分の予定表に載っていない。客が来る度に「カンパーイ」。披露宴で指名なしにマイクを握ろうとするおんちゃんもいる。アドリブの祝辞ではない。カラオケの準備だ。完全に出来あがって独自の世界を構築している。大したもんだ。小生はといえば、生ビール中ジョッキ一杯で息も絶え絶え。仲間は冷酷だ。死にかけを無視し、3度目か4度目の「おねえさーーん! ビイイーールウウウッ」。6杯目あたりでスイッチが自動的に切り替わる。「おねえさーーん! おっ、ちゃっ、けー!」。お猪口は飾りだ。時間内飲み放題に合わせて鍛えてる。そんなこんなで、よくぞまあ20年以上も生き永らえてきたものだ。50代半ばとはいえ、後光が射しそうな同窓会のお歴々の前ではひよっこだ。さすがに、気安い仲間との宴会と違うが、頭はまだ死んでいる。

「まーた、アカメが2匹掛かってねぇ」という事は、引き取りに来いという事だなと勝手に解釈し、「5時過ぎに行きますき」と応えるのがやっと。途中の彼の言葉はよく覚えていない。
 おかしい。いつもならベンチで一杯やっているはずなのに。珍しく中に居るようだ。美味そうな煙がこもっている。煙の中から、「これが僕の新製品」と言う。カツオの真空パックだ。「塩を振り、ひたすら、ひたすーうら強火で焼くのがコツ」と、そっくり返りつつ宣う。
 土佐の代表はカツオのたたきだ。たたきにはニンニクだ。スライス? そんな透き通るほどヤワなニンニクは土佐にはない。ガリガリか少なくともカリコリと音が出る厚さでないとアウト。土佐料理の本に、「これにニンニクの薄切りを添え」とあっても、写真のニンニクは誰が見てもぶ厚い。だから、これは嘘ではない。たたきは安い。我が家ではしょっちゅう食べる。土佐では、バスや電車で隣からニンニクの香りが漂っても、「あぁ、昨晩はたたきだな」としか思わない。土佐料理の有名店では、県外のお客に気を利かせ、ニンニク抜きで下ろしショウガを添える所がある。これは邪道だ。土佐なら土佐らしくもてなさねば。本場のたたきに憧れ、十分に予習し、はるばる県外から来た友人の某はとうとう頭に来て、「これはたたきではなーい!」と爆発した。店の人が慌てて別の皿を持ってきたお陰で、1皿分の料金で2皿食べた。でも、真似しないでくださいね。彼は本気で怒ったんだから。
 永野さんの今回の料理法は「焼きぎり」、すなわち「土佐づくり(註01)」だ。皮とそのほんの内側だけを焼く。材料はカツオに限らないが、飛び切り新鮮でないと駄目。物の本によると、土佐のカツオのたたきは生7分に焼き3分。これで妙に生ぐさいのは、鮮度が落ちたカツオを使った証拠だ。たたきは、焼いた後で直ちに氷水に漬ける。ユズやポン酢風味の独特のタレとセイソウ(青じそ)、ミョウガ、キュウリ、タマネギそして海藻も欠かせない。もちろん、カツオの焼きぎりも前からある。新製品のポイントは、土産になるほど鮮度抜群のカツオを真空パックにしたことだ。しかも、味付けは塩だけ。これが実にいい。シンプル・イズ・ベストだ。いくら土佐でも、朝からの宴会はない。板前さんには気の毒だが、宴会のたたきと刺し身は色だけでもう駄目な事が多い。下戸の分際で生意気だが、私は家でも刺し身はワサビ抜き。辛いのは嫌いではない。大好きだ。なんせ、韓国や東南アジアで鍛えまくった。新鮮な刺し身に生わさびならまだしも、練りわさびでは魚の味は分からない。意外なことに、奥さんの昌枝さんも塩だけのカツオの焼きぎり(註02)は初めてとの事。高知や徳島にはユズ醤油があちこちにある。私は土佐の某銘柄にこだわっているが、これも今回は出番がない。焼き加減、脂ののり具合と塩加減が絶妙で、カツオ本来の味が生かされている。しかも、切った端から指でつまんで食るのがいい。そうか、電話100ぺんの理由はこれだったんだ。廣さんにひたすら感謝するのみ。えっ、アカメ? 2匹とも持ち帰り、「一部」はちゃんと標本にしてあります。



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