浦戸湾文庫05
土佐のうまいもん 01

敬称略
「えがに(トゲノコギリガザミ)」の内子
詳しくは、市場魚貝類図鑑へ!
黒潮に踊る引き縄のカツオを江戸前寿司に
「火傷(やけど)」はハダカイワシの干物。御畳瀬で作られている
土佐のうまいもの帖
 土佐のいごっそう、永野廣という男と出会えて、「なにがうれしいかと言って『土佐のうまいもんどっさ〜!』ほどうれしいものはない」。この最後のフレーズは『シクラメンの香り』のメロディーで歌って欲しいものだが、その荷物の届いたときの衝撃と言うのは『ちょっとね!』文章にできません。「えがに(トゲノコギリガザミ)」、アカメ、引き縄のカツオ、「火傷(やけど ハダカウワシの干物)」、日曜市のトマト、土佐文旦、堀たての横浜竹の子……。
 このうまいもんを思わず浮かんでくる順にあげていきますと、狭い頭を膨らませて充満するのは
「えがに」の内子。だいたいガザミ(わたりがに)の類いは、身があっさりしている割にミソ、内子の旨味が濃厚で甘いもの。それでついつい甲羅の後ろッ側を箸でツンツンとほじくったりするのだが、こいつに関してはそんな手間はいらない。永野廣の教え通りに、甲羅を下にして蒸し器で10分ちょっと。「あちちち……」といいながら、押っ取り刀で取り出して、甲羅を引っぺがすと、「どろり」と、熟した温州みかんの皮の色そのままの内子がドっと流れ出してくる。「おっともったいない」と手のひらに受けると熱いのも忘れて口に入れる。始めは「あれ」っと、思うほどに味がない。それがほどなくして旨味が浮かび上がってきて舌に張りつくようにジワリと重くのしかかる。この旨味の重圧感はフっとすぐに消えるが、甘い、旨い、微かに渋い、そして甲殻類の香りがシュンっと鼻に抜けていく。この体当たり的な旨さに疲れたらあっさりした身で合の手を入れ、ときにはミソ、内子を身にからめて酒で流す。「土佐の辛口合いますな!」
 と次に食べたいのは土佐の日曜市に売られていたという小振りの
トマト。玉子のLよりちょいと大きいが、普通のトマトと比べるとかなり可愛い。こいつ皮が硬くて噛みつくと、プリっと音がする。音がするとすぐに来るのが芳醇な香りと強い甘味。酸味がすぐに追いかけてきて後味がいい。まるでトマトにプラムの味をプラスしたような。
 土佐の初夏と言ったら
カツオだろうか? カツオのたたき(土佐造り)というのもあるくらいだから名物なんだろう。「でもね、東京にも全国からスゴイのが来るんだよね」と永野廣に言うと、ケータイ電話の向こうから無気味な沈黙のあとに「まあ食べてみんといかんでは」と一言。夕方引き縄で釣れたものを水揚げして、翌日には我が家に届く。発泡の箱をあけると銀白の光が! 「うっひゃ〜」とその眩さに水戸黄門の印篭のごとき威厳がある。これをダイナミックに卸して、まな板に角が向こうになるように置く。これを東京の老舗包丁店木屋の「団十郎」、刃渡り35センチで造りにする。切りつけた山が鋭く立つ様は見愡れるほど。半分はたたきに造るか、と思うまでもなくカツオはあらかた消えてしまった。あとは腹身の4分の1。これをバットに入れて寿司屋に走る。八王子総合卸売センターの『市場寿司 たか』である。ありがたいことに客は少ない。「お客いなくてよかったよ」と席に座ると、「すぐにお帰り」とやんわりとくる。が、前に出したカツオに、たかさんの顔つきも変わる。この辺、言葉はいらない。江戸前寿司のベテラン職人のこと、寿司6かん握って2分とかからない。このカツオ、鮮烈な酸味(これは血液の味だろうか)、ひらったく爽やかなうまみ、香り、微かに残る甘味。エイ! ヤ! トー! とどんどんカツオの旨さに追い捲くられて、ええい! もう後はない。
 と語ってきて疲れたな。と土佐鶴の辛口を一杯。高知の酒は、どの銘柄も私好みである。あとは「南」「酔鯨」なんてのもいいな! と夜はふけて、食後の独酌にもってこいなのが
「火傷」である。まったく痛たそうな名前であるが、これはれっきとした干物のこと。やや深海にハダカイワシというイワシに似た魚がいる。この魚、深く暗い海でぼーっと発光している。きっと深海に住んでいたらきれいだろうなと思うが、港などで水揚げされたものはウロコがとれて、まるで火傷をおっているように見える。哀れだ。これをひと塩、一夜干しにしたのが「火傷」である。これを5〜6本、「かあちゃん焼いてくれ」といっても知らんぷりしているので、コップ酒片手にガスコンロで焼く。火が通るとすぐにジュウジュウと脂が滴り落ちてきて、まわりはまるで油であげたように香ばしい。「火傷」のうまい食べ方と言うのは、コップ酒片手にガスコンロの脇に陣取って、焼けるそばから口に入れる。入れるそばから酒を流し込むというのが正しい。ということで焼いてくれない、わが配偶者はまことに正しいということだ。



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