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市場魚貝類図鑑
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うなせん
千葉県小見川町八丁面5628
電話0478-82-1804
営業時間/午前11時から午後1時30分 午後5時から7時30分 休/月曜日
●天然下りウナギは9月上旬から11月上旬まで、それから以後、寒い季節には利根川の野鴨料理が楽しめる
割いた大ウナギの中骨を並べていただく。クリーム色の卵巣が見える
小さなものでも60センチ、大物は1メートルを超える。これこそ利根川の下りウナギ、「ぼっか」である
下りウナギは銀色の腹にくっきりと浮かぶ文様。これを高知では「りんず」という
↑「うなせん」の天然下りウナギ、なかでも「ぼっか」と呼ぶ大ウナギを使ったもの。この蒲焼きの味は、やや甘口でありながら後口がよく、芳潤である。もし店に行くなら、しっかり腹を空かせて暖簾をくぐろう! 値段は3500円から(漁によって変わることも)

千葉県小見川町
がんこ親父としっかり女将さんの
作り出す利根の絶品
うなせん 01

うなせんは一見どこにでもありそうな店である
 地元の鈴木さんの車が香取神社から国道を南下する。利根川を左に、あたりは広やかな田園地帯であり、ときどき左右に集落がある。それは、今時の郊外型の大型店舗もあるにはあるが、なかなか古きを残した集落であり、見事な瓦屋根をいただく建物があり、見事な藏も散見する。
 ひとつの集落を越えてぽかんと田が左右に広がる、そして小さな橋を越えたときに突然「あ、過ぎたな」と鈴木さんが車を右の脇道に入れる。脇道と釣具店の前で車を回して、ごーごーとトラックがぶっとばす国道をひとつ戻るとそこが『うなせん』であった。
 鈴木さんは小見川在住のノンフィクション作家であり、利根川と利根川を巡る環境問題、社会問題に鋭く切り込んでおられる。また今回の小見川への旅は、もちろんいつもの『漁と生きものを巡る旅』なのだが、フリーライターで編集者である中島満さんの東京新聞の取材についてきたものであり、この日のことは新聞に掲載された。

 車を止めて、店の前に立つと、これは利根川に続くのだろうか右手に小さな運河(後に小堀川という黒部川につながっていることが判明)があり、川船が幾艘ももやってある。運河べりのウナギ屋というのがいいではないかと店構えを見るに、しか〜し、そっけない店構えである。サッシの引き戸の入り口に洗いさらされた暖簾が風で押されてめくれている。奥を覗いても、在り来たりな食堂の造り。この店を見ても、誰も利根川天然ウナギを出してくれる名店であることなど思いもつかないに違いない。
 鈴木さんが、「電話でお願いした、鈴木ですが、なんどもお電話して申し訳ありませんでした」、「今回はよろしくお願いします」と店内に入っていくと、女将さんが若くてかわいらしい娘さんとともに迎えてくれる。鈴木さん、中島さんのお尻にくっついて中にはいると、奥からでてきたのが店主の菅谷敏夫さんである。
 店にはいると左に小上がりがあり4人がけの座卓が3つ置かれている。ここは運河を見下ろせる最高の席ではあるが狭い。そして中央に椅子席があり、右手にはまた小上がりがあり、その奥が厨房である。
 中島さんが、このたびの天然ウナギの取材のことなどひとしきり説明しつつ、さてと大柄な3人ともども店内を見回していると。「まあ、そこえ」、とひとつだけ右にある小上がりの座敷を指さし、奥さんと、娘さんにまるで発声練習をしたかのような明白な声で「店々」と追い立てる。お茶やお新香などを用意しろということらしいが‥‥、しかし声がでかい。ちょっと恐い人かなと見ると、勝新太郎似の小柄なご主人のお顔に優しい笑顔がある。また、着ている白衣も染み一つなく、清潔である。これだけでこの店の底力を感じる。

天然ウナギへの期待がぐんぐん高まる
 そして娘さんがお茶を運んでくると、すかさず「お茶は出しますけどね。あまり飲んではいけないですから」、「お茶を飲むと、最高のウナギなんですから、お茶を飲むと味がわからなくなるんです」、「けっして飲み過ぎない、少しならいいんです、少しなら」と念を押して後ずさりして厨房に入る。
 この文字だけ見ているとまさに頑固親父、恐そうに思えるかもしれないが、この菅谷さん、目を見ていると穏やかで優しい気質がにじみ出ている。つられて鈴木さんも、中島さんもニコニコと笑みがこぼれている。いい雰囲気である。
「最高のウナギを出しますからね。ちょっとお待ちくださいよ」と奥から聞こえるのに、お願いして厨房を見せていただく。中央に蒸し器がおかれている。ちょうど今、蒸し器に入っているのが食べられるのだろうかと思うと、空きっ腹を抱えて生唾が出てくる。
 厨房はやや細長く奥に菅谷さんが、蒸し器を中心にして左に分厚いまな板、右に焼き台が置かれている。右のまな板の上に、おろした中骨を並べて大きさを見せてもらう、これがほとんど1メートル近くある。利根川で「ぼっか(ぼっかという地域は多い)」という大ウナギである。築地の仲卸、『小林川魚』で2003年9月に天然ウナギの話を聞いたときに「大きければ大きなほど脂がのってうまい」と教えてもらったが、今まさにその天然大ウナギがここで蒲焼きにされようとしているのだ。
 蒸す時間は30分もかかるという、養殖のウナギがだいたい15分であるから、ちょうど2倍かかるわけだ。

 関東風の蒲焼きは、まずウナギを割く、割いてから串うちしたものを皮を下にして焼く、これを何度か返して焼き上げて、蒸し器で一般には15分前後蒸す。蒸し上がったものを軽くもう一度焼いたものが一般に「白焼き」といわれるもの。蒲焼きは蒸し上がったものに2〜3度タレをつけて焼くとできあがりである。これがここ、うなせんの天然ウナギの蒲焼きではそうは簡単にいかない。
 まず割くのが大変なのである。養殖物のようにしゅーっと包丁がはいることはなく、割く包丁にぎゅーぎゅーっと強靱な筋肉で抵抗してくる。これを一息ではなくなんどかに分けて割いていくわけだ。これに串を打つ、これが細めの金串を二本ずつ組にして8本うつ。この繊細な串うちのわけはすぐにわかる。これを蒸すのだが、これがウナギの大きさによってまちまち、この日はだいたい30分以上蒸していたことになる。この蒸したウナギの皮目がまるで絹ごし豆腐のようにフワフワしている。身もかなり柔らかくなったとみえて、真剣勝負でタレに浸して、そーっとそーっと焼き上げていく。これほど柔らかくなったウナギの身であるから、江戸前のように竹串を4本、5本と刺していっては身が崩れてしまうのだ。そして重にご飯、タレをかけて、やさしく蒲焼きをのせて上がりである。


利根川産、下りウナギ
「まだまだかかりますからね、生きたの見ますか?」というので、お願いして店の横の運河まで下りる。後から土手を下りてくる菅谷さんの足取りが機敏である。幅3メートルほどの運河に何艘ものFRPの川船、中にカルガモの檻があり、この真横にプラスチックの黒いカゴが沈められている。中にいたものは華奢な娘の手首ほどもある大ウナギが6匹。これで5キロにはなるだろうか? この5キロというのがいかに貴重なものかは、小見川の北総漁協の1年間の下りウナギの漁獲量が300キロ台であることからも痛感できる。
 この大ウナギの体に利根川、霞ヶ浦などで行われるウナギ鎌で引っかけられたときについた傷があるものがある。このウナギ鎌の漁のことは別のページに譲るが、泥の中で昼間に眠っているのをウナギカマという道具で引っかけてとるもの。
 この大ウナギの脇腹は銀色に輝き、斜めに浮き上がるように縞模様が走る。これを高知県では「リンズ」と呼ぶ。リンズは絹織物の綸子のことであるというが、まさに典雅な色合い、文様と見える。腹が銀色になり、この文様が浮き出ているのが下りウナギの特徴である。下りウナギは秋になり産卵回遊を始めるとまったく餌を食わずに絶食する。そのために夏中、荒食いして分厚く脂をため込んでいるのだ。

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