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2005年4月7〜8日 大坂の旅 02 大坂中央卸売市場 目次/ 市場魚貝類図鑑/ 大坂の目次へ |
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05/04.07 大阪中央卸売市場 大阪市には中央市場をはじめ地方市場、鶴橋のように朝鮮併合という悲しい歴史で渡ってきた在日朝鮮人の方たちと戦後の闇市から発展して自然発生的に出来上がった市場など、多くに市場が存在する。また黒門市場のように鮮魚や食料品を扱う言うなれば築地場外のような商店街にしか思えない市場もあるだろう。その中心にあるのが大坂中央卸売市場である。大阪に泊まる機会があれば、ぜひここを訪ねてみてほしい。 大阪がまだ「大坂」と書かれた江戸時代から生の水産物を取り扱う市場のことを「雑喉場(ざこば)」と呼んでいた。この雑喉場は江戸の前期から今の西区京町にあった。それが中央市場法ができた大正時代から昭和6(1931)年にかけて現在の福島区野田に移転して現在に至る。 この市場の様子を初めて見たのは確か日本テレビ『ズームイン朝」という番組で大阪中央卸売市場にある「つかみ寿司」というのをとりあげていた。テレビ画面に映るその市場は、なんだか騒々しい、今の築地と似通ったあばら屋に近い造り。その情景が記憶に残っていたので、ここにこそ「古い大阪」があるはずと思いこんでしまっていた。それで 大阪に行くならなんとしてでも中央卸売市場に行かなくてはと、大阪のつてを便り、いろいろ調べてみたのだ。何人かに問い合わせてその誰もが決まって「新しいなって味も風情もありませんよ」と教えてくれる。調べてみると中央卸売市場は平成5(1993)年から14(2002)年にかけて近代的な建築物、「すなわち味わいもへったくれもありゃしないところ」と変貌していたわけだ。これではあまり期待できそうにない。目的を「つかみ寿司」として、市場はほどほどに「見て帰りましょ」と思いを決して大阪にきた。 大坂中央卸売市場のやはり味も風情もない巨大な建物に入って最初に見たものは、宍道湖産であるという見事なシラウオ。そして琵琶湖の稚アユ。熊本産のハマグリやまた宍道湖産のシジミ、徳島県池田産の養殖アマゴ。市場の端っこに入って、とりとめもなく見ても、やはり関東とは明らかに品揃えが違っている。 学校をさぼらせて連れてきた娘と、こわごわ店先を見ていると、いかにも浪速の商人といった風情のご老人が声をかけてくれた。 見上げてここが『中亀商店」であるのがわかる。その丸顔のご主人の話しぶりが柔らかくはんなりしているのが、大坂らしい。 「市場を見においでですか?」 とメガネを上げながら、 「この奥に行くとね、塩干、そしてあっち行くとね。鮮魚ですねん」 この水産物を扱う長方形の建物は3筋に分かれ、中央に競り場があり、その両脇に仲卸が並んでいる。その一方の列には淡水、塩干、蒲鉾や練り物などがあり、一方には鮮魚が並んでいる。塩干、練り物、鮮魚が混在する築地の未来の姿がここにある。 その言われたとおりに鮮魚売り場をめざしていくと、大振りのシジミを不思議な入れ物に入れて置いてあるのが目に飛び込んできた。船形の紙の器で、大阪ではこれに水産物を入れて販売するのだ。今でも油紙の袋を使っている関東からするとなんだかスマートに見える。アカガイも同様の容器に入れられていて、珍しいので見ていると「どこからきました」と店員の方が声をかけてくれる。 「東京からです。この容器関東にはありませんね」 というと 「そうですか? このシジミも関東とは違いますでしょ。こっちはね黒いのが好きですね。関東は茶色が好き」 と気さくに教えてくれる。ここが吹山商店。 脇を通り過ぎる原付バイク、自転車を避けながら鮮魚売り場に入る。築地で怖いのがすれすれを通り過ぎるターラーであるとしたら、こちらは原付バイクに乗っている老人である。その運転の危うさというか傍若無人振りに驚く。 一店舗一店舗店先を見ていくと、関東の市場とは品揃えがかなり違っているのに驚く。特に目に付いたのはメイタガレイである。関東では隅っこにあるメイタガレイがもっとも目立つところにあり、また活けが多い。四国、とくに徳島からの魚が多いのも、当たり前だけれど面白い。 歩いていくうちに焼き穴子、割き穴子を並べる店先になんだか見慣れぬものが置かれている。よく見ると割いた穴子で何か白いものを包んでいる。きれいなので見とれていると「中はすり身です」と教えてくれたのが『松井 泉』という店。 またまた「どこから来ました」と聞かれて東京からというと焼き穴子を一本丸ごと食べさせてくれる。お腹が空いていたのもあるが、この焼き穴子うますぎるのである。このような食べ物にはいつも「微妙」なんて言う娘が無心に食べるのだから端的にうまいのだ。無心に食べている娘に「ちょっと残してくれよ」なんて言いながら見回すと、穴子専門の店が何軒もある。これも関東とは大違いである。ちなみに『松井 泉』では取り寄せもできるという。これは夏には一度取り寄せたいものだ。 また、この大阪中央卸売市場が関東の築地などとはっきり違っているのは「地物がある」ということだ、と思い至った。関東の築地や太田市場には「地物」は存在しない。羽田や太田、神奈川や千葉が明らか東京の前海、「地物」の産地なのだが、どこか遠く感じてしまう。大切にしていない。ところがここでは大阪湾というすぐ前の海でとれたもの、すなわち「地物」が随所に見られるのである。 アカエビだろうか? 何匹か明らかに生きている。尋ねると、 「じゃこえびですね。今日はどこのもんだかわかりませんけど大阪湾ですね。競りの時にはまだ跳ねてました」 「しらさ」というのも活けであり、これはヨシエビとサルエビの混ざり。シャコも総て生きている。ある店では 「大阪湾のひらご、新子もありますよ」 と小振りのマイワシとイカナゴをすすめてくれる。浪速での高級魚である活けのメイタガレイもそうだし、シマイシガニがあったので呼び名を聞くと「とらがにですね」とこれは模様からして阪神タイガースのカニである。 マナガツオ、サワラ、ハモも関東に倍するほどにある。そのマナガツオの見事なこと。隠岐からの、れんこだい(キダイ)、徳島県椿泊のアカアマダイもただ者ではない。値段を聞くのが怖くなる。 「徳島から来るのは高級魚が多いんです。後は紀州、高知もいいもんがきますね」 店先でいるとどんどん説明してくれるのも大阪ならでは。 今回は珍しい魚は見かけなかった。唯一、雑賀崎からきていた50センチ近いヒラが珍しいところ。 時計を見るとすでに8時近い。時間が遅くて残っているものが少ないのであるが、当初の期待は見事裏切られて収穫大であった。 いつものことながら市場を見て、それをまとめるのは非常に難しいのであるが、魚貝類を語る上で大阪を抜きには考えられない。江戸前がひとつのイメージならそれを上回るのが「浪速の食い倒れ」「上方料理」というやつだろう。江戸前というのが鰻や寿司ということで単純でわかりやすいのに対して、上方の食文化というのは大きすぎてとらえどころがない。そのために江戸前ほどにイメージが定まらない。この膨大で、とりとめのない大阪の食と魚貝類を知るには地道に大阪通いをするしかない。できるだけ早くここにももう一度来たいと思って水産物の棟を出る。 |
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