コラム

春の足音を聞くためのアカガイ食い

日々のアカガイは中国に頼るしかない

中国産アカガイ

北海道南部以南の干潟や内湾に普通で、食用としても重要な二枚貝と言えば、アサリ、ハマグリ、バカガイである。比較的庶民の暮らしの中で食べられていたことが、文字として残っているのも江戸前・江戸湾や三河湾、伊勢湾、大阪湾など都市周辺でたくさんとれたからだ。
そこに毛を生やした、見てくれの悪い、まるでいびつなだんごのような形・大きさの二枚貝と、温泉まんじゅうのような形・大きさの二枚貝とが、一緒に売られていたはずなのに、あまり生活の場での記述には登場してこない。
この見た目の悪い二枚貝とは、サルボウとアカガイ2種のことだ。
サルボウは干潟などに多く、たやすく大量に揚がっていたので、ゆでたり、佃煮になったり、ときどき刺身にしていた。生きた状態でも江戸時代には産地(消費地の周り)から消費の場(消費の中心)までたくさん送られていて、庶民の味であったと思っている。
アカガイは少し沖合にいて船を使わないととれない。サルボウよりも高級なものだっただろう。だから茶会記(千家などが催した正式な)には登場しても、庶民の生活の場には登場してこないのだ。
アカガイはむしろ、川柳や小話の中で登場してくるだが、これを深く掘り下げるのは先のことにしたい。
ボクは日々の、酒の友としたいくらいにアカガイが好きだ。いちばんうまい時期は漠然と春だというしかないが、厳冬の年明けから、4月後半の子(生殖巣)を持ち始めるときまでの、味の変化を感じながら食べるのが楽しみなのである。
国産の宮城県閖上とか、瀬戸内海の山口とかの上物で旬を感じたいと思っても、八王子あたりまではこない。当然、日常的に食べるのは中国産となる。ちなみにアカガイがたっぷり食べられるのは、中国のお陰、というよりも中国大陸東部にアカガイの生息できるところが残っているお陰である。

形が揃うのも中国産で、しかも味も十二分にいい


我が家の財力では日常的には中国産を食べるしかない。豊洲、川崎北部市場に行けたときだけ、国産を買い求めてくる。ただ、中国東部のアカガイの旬と、国内産の旬はそんなに大きくは違っていないと考えている。
アカガイのことを本玉という。なぜ「本」なのかというと、「場違(ばち)」があるからの「本」なのである。「本」は本場、江戸前で揚がったという意味で、「場違(ばち)」は江戸前以外、例えば九十九里あたりで揚がったものという意味である。
「本」は標準和名のアカガイ、「場違(ばち)」はサトウガイのことだ。今、分類学的に別の動物、別種だが、江戸時代から今に至るまで流通上で2つは価値観の重軽での呼び分けでしかない。
この、「本」がつくほど江戸前・東京湾にいっぱいいたアカガイは、今では東京湾奥でわずかしかとれない。生息してはいるが、漁業対象ではない。これがために中国や、朝鮮半島から輸入していることを、もっとちゃんと知って置くべきだと思う。この国の自然破壊大好き人間達を個人的にはユルサン、と考えている。

アカガイに代わる貝は非常に希


さて新年明けてのアカガイは例えば初荷近くの初旬よりも、ここ数日の方が玉(アカガイ1個)の重さも重く、身に張りが出て来ているのがわかる。
持ち帰ったアカガイは殻頂部、蝶番の部分をコジて、剥き身にする。
ヒモと貝柱を外して、足(すしダネや刺身になる部分)を開いて、濃い褐色の部分を取る。
切り取りながらていねいに足の内側の汚れをこそげる。
貝柱とヒモはくっついている皮膜をていねいに切り取る。
これをボウルに入れて塩を加えてざっと指だけで軽くヌメリを落とし、水洗いして水切りをする。
足に切れ目を入れて、まな板にパチンとたたきつけると、切れ目が花のように開く。
中旬と下旬ではアカガイらしい風味の量が違うと思う。
たった半月ほどなのに下旬の方が風味豊かなのである。
アカガイの強いうま味と、舌にざらりと残る苦味があるのに、後味がよくて、など文字にするのが虚しくなるほどのうまさである。
これで神奈川県松田の「松みどり」を5勺だけ。
まことに、まことに体調不良ほど勺に触るものはない。


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