久しぶり! ベニテグリの天丼

紅手繰りは紅色の底曳き網でとれるコチという意味


静岡県、愛知県、三重県で「赤ごち」と呼ばれている魚がいる。その名の通りまぶしいくらいに赤い色をした不思議な姿の魚である。見た目も変わっているが、どんな魚なのか、普通の人には見当もつかないと思う。スズキ目ネズッポ亜目ネズッポ科ベニテグリ属の魚であるが、分類上の話をしても余計に混乱するだけだ。このネズッポ科に知名度の高い魚はまったくいない。
あえて言えば天ぷら種として使われる「めごち」が種としては近いが、「めごち」自体が非常にマイナーな魚で、これを説明するのは「赤ごち」を説明する以上に難しい。
写真を見ればわかるように頭部が非常に大きく尻尾に近づくにつれて細くなる。これがネズッポ科の魚の特徴である。鰭に棘がなく、鱗らしい鱗もない。目が矢鱈に大きく、やけに体全体が赤いのは深海魚の一典型でもある。
標準和名をベニテグリという。本種は沖合いの深海にいるので、動力船が導入される大正時代、昭和初期くらいまでは漁の対象ではなかった。江戸時代の19世紀前半、シーボルトがオランダに持ち帰った魚としても有名であるが、採取場所が長崎だとしてどのような漁で揚がったものなのかはわからない。当然、古くからの呼び名はない。ベニテグリは一般に使われている呼び名がなかったため、魚類学者がつけた名ではないか、と思っている。
「べに」は「紅」だけど、「手繰り(てぐり)」は今ではほとんど使われない言語で、底曳き網のことである。要するに「紅色の手繰り網でとれるコチ」という意味になる。古く底曳き網は錘をつけた網で海底を船で曳き、最後に人が手繰り寄せて上げた。手繰り上げるので「手繰り網」という。
今でも漁業者の間で普通に使われている「小手繰り(網)」、「大手繰り(網)」は、今現在の漁法用語にすると小型底曳き網、大型底曳き網になる。本種は大型底曳き網で揚がる魚でもある。


さて、本種は「赤めごち」もと呼ばれる、「めごち」は江戸時代に江戸で生まれた魚名である。当時上物とされていた「真鯒(マゴチ)」よりも小さいので「女鯒」だ。江戸前の海で行われていた手繰り網漁(風力で網を曳くので打瀬網ともいう)で大量にとれた小魚である。この「手繰り網」でとれた小魚を使って生まれたのが江戸前天ぷらだ。
この江戸前、江戸湾という浅瀬でとれた「めごち」は先に述べたネズッポ科のネズミゴチ、ヌメリゴチ、トビヌメリなどなどの総称である。江戸時代には安くておいしい魚だったが、今やびっくりするほど高く、東京などでは高級天ぷら専門店だけの味となっている。そこで俄然注目を浴びたのが本種や同じように深場でとれるネズッポ科のヨメゴチである。ヨメゴチに関しては別の機会に述べる。
ベニテグリは流通のプロでも知る人は少なく、一般的な知名度はゼロに近いが、決して安い魚ではない。最近では高級魚といってもいいくらいの値をつけている。これは例えば豊洲市場でも、小物屋などとされる仲卸が扱う特殊なものだからだ。
事実、昔から味のいい魚であることを知っている仲卸もいたし、見つけると仕入れるという料理店もあった。ただ料理法が天ぷら、もしくは揚げ物と比較的限られていたために古くは「めごち」の代用品であり、マイナーな魚であり続けていた。本種の値が揚がっている原因には、浅場にいるネズッポ科の魚の急激な減少と小型化がある。
さて、八王子綜合卸売センター、福泉に愛知県産ベニテグリを発見。関東では愛知県産を見る機会が多い。他には静岡県、三重県、高知県などの底曳き網のある漁港で水揚げされている。鮮度も上々、久しぶりに天丼が食べたくなって買い込んだ。
持ち帰ったら総て計測して写真を撮り、間髪を入れずに開いてしまう。水分をよく拭き取り、軽く振り塩をする。浅場にいる「めごち」と比べると味がない、その味を引き出すためだ。
少し寝かせて水分をよくきり、小麦粉をまぶし、衣をつけて高温で揚げる。


天つゆはカツオ節出し2・みりん1〜1.5・醤油1を合わせて一煮立ちしたもの。
ご飯を丼につぎ、天つゆをかけ、天ぷらをのせて天つゆをふたたびかけ回す。
後は食らうだけである。
ふんわりふっくら柔らかく、皮に独特の風味がほんの少しだけ感じられる。浅場にいる「めごち」と比べると独特の風味(個性)が少ない。ある意味もの足りないが、「めごち」と比べると淡泊で嫌みのない味でもある。
最近、天ぷら屋(天ぷら専門店)にも行けず、神保町の天丼家(旧天丼のいもや)にも行けない。
一人淋しい天丼食らいで、我ながら侘しくもあるが、満足感もある。


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