千葉県産墨烏賊

最近、墨まみれ度が低くなった


2023年2月、千葉県産コウイカを発見して買う。たぶん東京湾内房、竹岡あたりでとれたものだろう。
遙か昔の話になるが、怖々と築地場内を歩いていたとき、仲卸の前にあった真っ黒な液体の前でつい足をとめてしまったことがある。どちらかというと生物採集のつもりの築地歩きだったがこの1980年代になり、並んでいるものが生物から食べ物によりシフトしていた時期に当たる。
当時の築地場内はトウシロに対して、優しい少数派と、まったく相手にしない多数派とが、当たり前だけどいて、その店は明らかに後者だった。
「買うのかい?」と声をかけてくれたことに、思わず後ずさりしたのを今でもおぼえている。
その墨汁の中にいたのがコウイカで、「コウイカなんですね。1杯だけ買えますか?」と聞いたら、「スミイカ(墨烏賊)と言わなくちゃーいけねーよ」と墨まみれを蝋引きに入れて売ってくれたのだ。
このスミイカが東京の市場では特別な存在であることは、食の歴史や市場関連の書籍で知っていたが、実際に体感できたのはこの時期からである。
東京で主にスミイカ、西日本でハリイカという。西日本できれいに洗った状態で出荷するが、東京周辺の特に東京湾で揚がったものは墨まみれで市場に並ぶ。東京では古くから墨まみれを喜び、きれいに洗ったものは二級品としていた。本場=東京湾(墨まみれ)=高級、という考え方は今でも変わらない。
面白いもので普通、その地域でいちばん人気の高い、それなりにたくさんとれるイカのことを「真いか」と呼ぶことが多い。東京湾を代表するイカなのでてっきり本種が「真いか」なのだと思っていたら、東京湾で「真いか」はシリヤケイカのことなのだ。本種は東京でも神奈川でも千葉県でもスミイカと呼ぶ人の方が圧倒的に多い。

墨一点あっても失格


意外に水洗いが難しい。まず最初に甲を外す、次ぎに墨袋を取る。外套膜からげそと内臓を外して、ていねいに洗う。墨一点ついていてもすし職人としては失格だと言う。これは天ぷら職人でも料理人でも同じだろう。
ここでまな板を変える。
外皮を剥き、薄皮を慌てないでゆっくりはがす。薄皮をはがすときは「ゆっくりそーっとな」とはボクの周りにいるすし職人たちの教えである。
下ごしらえが終わったらまな板に表を上に、お尻(鰭のある方)を向こう側に、げそのついていた前の方を手前に置き、外套膜横方向に走っている筋繊維に縦方向に包丁目を入れる。
夏の新イカも好きだし、寒い時季の親イカ(成イカ)も好き。下ろす度に卵巣が膨らんでくるが、この産卵期がスミイカ漁(西日本ではハリイカ漁)の最盛期となる。
個人的には立春から雛の節供くらいのがうまいと思うけど、毎年端午の節句まではせっせと買っては食べている。
たびたび無性に食べたくなるのはもちろんうまいからで、食感、イカらしい風味、甘味とも最上級だ、と淋しいデブは思うのであった。


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