淡味よし姿もっとよしの幻の魚。
魚の王様 ペヘレイの旅 01
埼玉県大里町2004年5月11日
ペヘレイの旅 0203へ 番外編小川町
【ペヘレイの旅のプロローグ】
 ペヘレイに初めて出合ったのは築地場内であった。2000年の初夏ではなかったか? ペヘレイに関しては『新顔のさかな』(成山堂)ほか幾多の本で予め知っていたものの現物を見るのは初めてのこと。どちらかというと食用として市場で出合うとは夢にも思わなかった。すなわち釣りの対象魚であると思っていたのだ。キロあたり2400円という値段には高くて驚いたが、それよりも場内の仲卸が売ってくれるのかが心配だった覚えがある。それから2001年に八王子魚市場で1箱見つけてこれがキロあたり1700円(卸値で、これも高い)。このときには3本ほど購入して知り合いの寿司職人などと味の評価をしてみた。種名を告げないで食べた料理人は「サヨリかな?」と首を傾げて、「いいサヨリだな」と言葉を畳みかけてきたのが印象に残る。
 それから3年目の初夏である。

 朝、もう少しで7時を過ぎようとしている。地面は昨日の雨で濡れているものの日差しはやけに強い。ラジオの天気予報からは今日は真夏日になる模様であり5月としては記録的な気温になると告げている。『森本毅郎のスタンバイ』、ラジオの話題は管直人の民主党党首辞任のことである。
 今日向かうのは、お隣の埼玉県、その中央部にある大里町であるが、まるで砂漠に足を踏み出すように思えるのはどうしてだろう。それほど埼玉県というのが色合いに欠けているのだ。クルマの少ない多摩大橋を渡り、殺伐とした16号を福生に出る。右にはアメリカ空軍基地を見て、入間まではあっと言う間にたどり着く。
 入間市街に入って左側車線、407号と出てすぐに曲がったのがいけなかった。これが266号であり、ここから大いなる迷走が続く。そのまま曲がって曲がってたどり着いたのが川越市街である。このとき、頭はヒートし、自己嫌悪で頭がガンガンと鳴る。ここで一般道をあきらめて関越の入り口を探す。当然のごとくここでも迷いに迷って関越の直線に入ったときの安堵感というか、これをどう例えればいいのか? と同時に我が国の道路標識の呆れるばかりの見づらさというかデザインの悪さに腹が立ってくる。デザインというかタイポグラフィーからいってこの道路標識を作っているやつは「バカ」である。
 川越インターから東松山まではすぐであるが、高坂パーキングエリアで眼球からの汗で汚れた眼鏡を洗い、おいなりさん(さんをつけるのは徳島県人のクセである)を3個買う。これがなかなかうまいし、100円はありがたい。高速に乗ると不当な値段の食べ物が多くて、これも建設省(国土交通省の前身)の役人というか天下りの悪人達のぽんぽんを満たすのかと怒りを感じたものだが最近はなんとか許せるようになってきた。ただでさえ「汚職」とその「飲み食い」と極悪人のために高い料金を絞りとられている高速道。このろくでもない高速道路公団、結局まっとうにならないなら、インターの食い物ぐらい「安くしろ」。
 と怒りが明滅している間にあっと言う間に東松山インターに到着。ここから熊谷に向かい。大里方面の標識を見つける。しかしここからいくら走っても大里村の中心がどこかわからない。埼玉の行政が悪いのか? 仕方なく見つけたコンビニに入り、残り少なくなったキシリトールガムを買いがてら役場の場所を聞く。このコンビニから見晴るかすとぽつんとまとまった建物のかたまり、そこにぽつんと突起が見える。これが町役場だ。やっと町役場を見つけ、入って地図をもらったものの、これがビックリするほど見づらい。「おいおいこれが地図かよ?」なんて、何度見なおしても見るに耐えないひどいもの。この町には他の地域から来た人に対する思いやりはないのか? と役場のそばの物産館に寄る。
 この物産館は主に野菜、それにおまんじゅうやちらし寿司が並ぶ。おまんじゅうフリークなので2パック買い(これいい味でした)。ちらし寿司も1パック(これはやたらに甘いのだけれど懐かしい味)。
 この超不親切な地図を見ながら「中恩田」の安田養魚を目差す。そして何度も何度も迷った末にたどり着いたのは11時前。末期的な痔瘻が痛い。



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