淡味よし姿もっとよしの幻の魚。
魚の王様 ペヘレイの旅 02
埼玉県大里町2004年5月11日
ペヘレイの旅 0103へ 番外編小川町
養魚場の前で立っていてくれたのは安田直弘さん。養魚場はやけにそっけない建物であり、その横の敷地に丸い水槽が何個も並んでいる。それは起伏のない真っ平らな大里町にあって地に同化しているかのように見える。
 ペヘレイというのはアルゼンチンで「魚の王」(「ペヘ」=「魚」、「レイ」=「王」)と呼ばれ、かの地では重要な食用魚である。「魚の王」と言われる所以は食に関しては別項で述べるが美味であるため。
 1966年にアルゼンチンから神奈川県淡水増殖試験場に卵で持ち込まれ、初め県内の湖沼河川に放流された。この放流事業は今でも各地、特に神奈川県で行われていて釣りの対象魚としても知られている。また近年、霞ヶ浦では異常に繁殖しており、在来種のワカサギ、エビ類などを凌駕して新たな問題を引き起こしてもいる。
 養殖生産(まだ食べていないが、天然のものはあまりうまくないという情報がある。これはこれからの課題)されたペヘレイは味がよいことから淡水養殖魚として有望株とされてきた。それがこの魚、養殖は難しく、産業的に採算を得ることができないでいた。困難であるとされたペヘレイ養殖を最初に事業として軌道にのせたのが安田養魚。それは今から25年前、1978年のことである。

 事務所の2階でペヘレイ養殖のことをお聞きする。育成しているペヘレイは棲息する塩分濃度によって4種(種というより地域的な型という意味)。それを採卵して養殖するという一貫体制をとっているのだ。ペヘレイの生育するアルゼンチンの水は非常に硬度が高く、言うなれば、汽水域のような水質である。そのような塩分の含まれる水域で棲息していたペヘレイを軟水である日本の淡水で養殖するのは多くの困難を伴う。それをエサの工夫や生育の課程で塩水で飼うなどすることで克服してきたのだという。
 安田養魚は株式会社安田というのが正式の会社名である。ここで養殖飼育しているのはペヘレイだけではない。当日も淡水に棲息するスズキ科の魚が試験的に丸い水槽で飼われていた。この様々な生物の養殖を行ってきた経験を基にして水槽や養殖技術そのものを商材としているのだ。ただそれでも会社の基盤はあくまでペヘレイ養殖であるとのこと。これを語る安田さんを見るに起業家というよりも技術者そのものである。
 最後に安田さんにペヘレイ養殖の現状を聞く。どうも
ペヘレイ養殖は凋落傾向にあったようだ。事実、昨年は採卵をしていないのだともいう。そんな状況から昨年は一転、持ち直してきて問い合わせや、注文が相次いでいるという。

 話が一段落して養殖場に向かう。フェンスの向こうにいるのは、あれはひょっとしたら犬ではないだろうか? まったく初めて出合う生きたペヘレイよりもお犬様のために心臓がドキドキする。ゆっくりゆっくりゲートから体をすべり込ませて、アルコールで靴底を殺菌する。手の甲にざらっとした犬の舌の感触が走る。「なめるな」と心でお犬様に声を荒げながら、それでも平気な顔をしたつもりが、安田さんから「犬は大丈夫ですか」と聞かれた。顔色が変わっていたのだろうか?
 手前のビニールハウスには出荷可能なペヘレイが泳いでいる。のぞき込むと思った以上に大きい、しかもか弱い魚であると思いこんでいたのが、その泳ぐ速度は想像を超えて早い。これに並んで親というか採卵する産卵間近の40センチを超えるペヘレイが泳いでいる。
 養殖場は採卵、水槽の清掃作業が遅れているために、やや魚の数量が少なく寂しい状態である。これは昨年採卵をしてないために若魚がいないせいである。これが今年採卵をして夏を経て冬がきたならどう変わっているだろう。
 当日はまるで真夏のような日差し、暑さであった。その日差しを受けて水槽のまわりで伸びてしまった雑草から真夏の匂いが湧き上がってくる。例年にない暑い5月、安田さんには採卵、水槽の修繕など過酷な日々が続く。



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