予備校臨時講師
赤嶺尚美 
Naomi Akamine
東京都生まれ。
沖縄育ち

著者紹介
赤嶺尚美 沖縄生まれ。アメリカのモンタナ州立大学州を2003年に学部卒業した後に一時帰国中で、さらに海外での大学院進学を目指している。2004年8月現在、沖縄県内の某予備校の臨時講師をしながら琉球大学の山口研究室に出没する「もぐりの研究生」となっている。アメリカでは大陸内部の山野を駆け巡って野生動物を追っていたので、研究対象として海洋生物に触れるのは沖縄に戻ってきてからの経験となっている、今のところマングローブの生態研究に興味を抱いている。
鳴瀬町から赤嶺さんが持ち帰ったハマグリ。今やスーパーなどで一般に売られている「はまぐり」というのは標準和名でいうとシナハマグリ。また市場やときに高級な魚屋さんで売られている「地はまぐり」と呼ばれているのはチョウセンハマグリです。本来のハマグリは今や絶滅の危機にあるといっても過言ではない。ぼうずコンニャク記す
蛤浜にハマグリを尋ねて

 ハマグリを求めて、遥か南方の島沖縄から日本本州、宮城県鳴瀬町(注1)にある蛤浜へと旅に出ました。たった、ひとつの疑問、「蛤浜に今もハマグリはいるのか!?」に答えを見つけるために‥‥!!!
 初めての東北地方、しかも太平洋側。きっと沖縄から見ている太平洋とは面構えも違うのであろうと、案外普通な事を考える。「基本的には太平洋は地球上に一個しか存在しないのだから、見ているのは同じ太平洋。でも、見ている部分が違うから、違うように見えるはずだ、いや、同じみたいだったらどうしよう‥‥」―と、那覇空港で仙台行きの飛行機の中で、結構真剣に頭を悩ます。こんな事で悩めるような人間が本当にハマグリに出会えるのでしょうか?
 そもそも、この東北行き自体不思議な成り行きで始まったかもしれません。お世話になっている琉球大学の加藤名誉教授(注2)のところへ、挨拶に行った事からどんどん話は転がっていって‥‥。簡単に言と‥‥。
「こんちには、ごぶたさしておりました。」
「おう、元気か?いい時に来たなー、仙台来るか?」
「?」
 と、幕は上がり、今、厄介になっている研究室のハマグリを研究なさっているMYMY先生(注3)に報告。
「先生、仙台に1週間ほど行って参ります」
「?」
 世の中って面白いなあ、と思う事が多いものです。面白い事は向こうからたいていやってきます。にっこり笑って。
 とにかく、MYMY先生はすかさず、「そうか、だったら蛤浜を調べてこい。」と、おっしゃいました。と、言う理由で、東北地方に行く事になったのです。いい加減といったら、いい加減な成り行きではありますが‥‥。

初めての東北へ
 東北入りをして1週間弱が経ち、凝灰岩(注4)にとても詳しくなった頃、とうとう運命の「蛤浜」調査の時がやってきました。それは西暦2004年7月27日火曜日!
 今にも泣き出しそうな空の下、何気に迷いながら宿泊先のホテルから駅へと向う。午前9時前に仙台市のJR仙台駅から仙石線石巻行(9番ホール)に乗り込む。“風の又三郎”が出てきそうな田園風景を横目に電車はゆったりと突き進み、約50分(快速線だと40分ほどだとか)ぐらいで「野蒜(ノビル)」駅に到着する。とりあえず、前日に電話をした鳴瀬町商工観光課に話を聴きに行ってみることに。
 電話上で蛤浜の事を訊いた時は、「蛤浜でハマグリはとれないと思うが、たまに少しとれるような噂はあるので、蛤浜の近隣の人に直接聞いてみたらいいと思うよ」という情報をもらっていたので、期待を持って中へと入る。
「沖縄から来たハマグリを勉強している者ですが、蛤浜でハマグリがまだとれるのかについて調べにきました。昨日、こちらにお電話をした際に、直接こちらに来たらよいとの事。どなたに聞けば一番いいのか教えてもらえますか?」
 変なヤツが来たと思われているかもしれない、と、頭の隅で自覚しながら、聞いてみる。「ご苦労様です〜!」と、観光課にいたお姉さんはとってもいい人でした。お姉さんから宮戸西部漁協の連絡先と“奥松島”と題した宮城県鳴瀬町の地図つき観光パンフレットをもらう。「気をつけてねー」と、笑顔で送り出してもらい、駅前にてタクシーに乗る。
 タクシーの運転手さんにも聞いてみる。このお兄さんもとってもいい人でした。「ハマグリねー、とれるのかなー? 私は聞いた事ないなー。アサリはとれるんだよ。波津々浦とかで。東名浜が有名だったけど、去年アサリを食べる別の貝が大発生して今年は駄目だってテレビでやってたよ。蛤浜については、漁協の人が何か知っていると思うよ」
 お礼をいい、お兄さんはタクシーの電話番号をくれる。歩くのはそんなに大変なのか‥‥と一抹の不安を胸に、おそるおそる宮戸西部漁協へと足を踏み入れる。犬だったら、確実にしっぽは股の間にしまってるような気分で。
「失礼します!」
 殴り込みに来たわけではないけれど、殴られる覚悟はできていたと思います。びびりまくっている私をよそに、漁協の人達もやっぱり、とてもいい人達でした! 組合長さんと漁協のみなさんはここまでたどり着くまでのあらすじと用件を辛抱強く、笑顔と共に聞いてくれました。犬だったら、私はしっぽを左右にちぎれんばかりに振っていたと思います。私は単純な人間だな、と思いながら。いい人達ばかりで本当に良かった、とホッと一息。
「東名浜で発生しているのはサキグロタマツメタイ(注6)だよ」と教えていただく。MYMY先生のところでタマちゃんと呼ばれてる貝かな?と思う。
 野蒜に来た、本来の目的をこわごわ持ち出す。
「あのー、蛤浜では今もハマグリはいるんですか?」
「波津々浦は泥目だから、アサリ。蛤浜は砂目で、ハマグリは商売に出すほどの量はとれないけど、今もとれるよ」
「‥‥!」
 蛤浜では今でもハマグリはとれると、組合長さんの言葉! 鎌をもって、それを砂底にさして柄を持って、だーっと端から端まで鋤いてとるそうです。面白そうだな、見てみたいな、やってみたいな、と心は先走りつつ、それを制し、「蛤浜を実際に見てきたいのですが、いいですか?」と、まともな事を聞く。すっかり、MYMY先生の名刺をもらっていた事を忘れていた事を思い出し、それを組合長さんに渡す。組合長さんも快く名刺をくれ、「蛤浜海水浴場の所に、管理人さんがいるから、その人にこの名刺を見せたらいいからね」と、優しく言ってくれる。忙しい人なのに、こんなヒヨッコに時間をさいてくれ、申し訳なさとありがたいと思う気持ちで動揺しながら、名刺を受け取る。
 漁協から蛤浜までも行き方を漁協のお姉さんが地図を書いてくれながら丁寧に教えてくれる。
「30分はかかるよ。あと、山を通って行くから、本当に海に出るのか心配になるだろうけど、大丈夫だからね〜」
 迷いそうだったら、その辺りにいる人に聞くんだよ、とアドバイスをもらい、「ありがとうございましたー! 帰りにまた顔を出します!」とお礼をいい、ハマグリが今もいるという蛤浜へと出発!
 テクテクと貝塚ポイントをみながら、むき出しのいい感じの地層(凝灰岩!)を眺め、カエルをつかまえ(ちゃんと逃がしました)、植物をいじり、やっぱり迷って、親切な近隣の方に教えてもらいながら、お姉さんの言っていた山中を歩いて行く。
 あちこちで見事なアジサイが咲き乱れ、本当に自然があったかく、楽しく、たびたび、当初の目的を忘れそうになる。時折、思い出したかのように出現するつい立てや看板が「蛤浜」への方向を教えてくれる。それで、「そうか、そう言えばハマグリだった!」と再自覚をしながら、ハッと気が着いたら、道が開けて‥‥「蛤浜海水浴場」の登場!
 なんだか、懐かしい、心落ち着く浜です。松尾芭蕉が歌えなかっただろう風景は、私ごときには説明できません。おこがましいですが、日本の大切な心の風景みたいだと思いました。漁協の人々が管理して、残していく努力をしているおかげで、今も残っている奇跡の浜だと、勝手に思い、勝手に感激し、彼等の心がけに心の中で手を合わせる。「ありがとうございます」。
 当たり前のはずの風景が、当たり前ではなくなっていく現代。蛤浜にこれた私はとても幸運だと、東北にこれてよかったと思いました。
 しばらく、どうしていいか解らず、とりあえず、蛤浜を眺める。そういえば、この辺りは「奥松島」。何となく、一人で納得する。写真をとりあえず、撮る。
 管理人のお兄さんもとってもいい人で、その浜に遊びに来ている地元の人達もやっぱり、さわやかで、あったかくて、いい人達でした!
 彼等から、その土地の思いで、彼等のこの浜との関わりについて教えてもらう。浜は砂目でさらさら、とてもいっぱいいろんな種類の貝殻(注5)と昆布がうち上がって、ヤドカリさんもうじゃうじゃいました。小潮でしたが、浜の結構、遠くの方(浮きがあるところ)まで浅く、小さなお子さん達も立てるくらいの深さでした。沖縄の海とは趣がちがうけど、沖縄にはない情緒があり、美しいところです。人の心もすてきで、得体の知れない、どこの馬の骨ともつかぬ、私を暖かく迎えてくれただけでなく、そこにいた、家族の皆様がた、管理人さんにお昼をご馳走になってしまいました。美味しかったです。ご馳走さまでした! 本当にありがとうございました!
 もう、とても満足したので、そろそろ帰ろうかな、と思いはじめた頃‥‥。
「これなんだろう?」と、遊んでいた女の子。
「ハマグリだよー!」
 チョコレート色の私的には大きな、初めて見る、飼育室以外の生きている、野生の“倭”出身のハマグリさん! 蛤浜にいるハマグリさん! みなさん、私にもらっていきなさいと言ってくれる。手に取ってみる。本当に美人です!
「ハマグリだ‥‥」
 思いもかけないごほうびをもらってしまい、どうしていいか、解らず、とりあえず、「ありがとうございます!」と、みなさんに深々とお礼をいう。
「よかったねー」と、みんなが自分の事のように喜んでくれる。
 漁協に連絡をとり、ハマグリ発見と持ち帰って良いかをうかがう。携帯電話って便利だな、と蛤浜に腰掛け、しんみりする。「どうぞ」と、快く許可を頂き、さっそく、連れ帰り準備にとりかかる。
 沖縄の研究室と連絡をとり、野蒜ハマグリさんを沖縄にお連れする(MYMY先生曰く“拉致”)方法を確認。ビニール袋にハマグリが潜れるくらいの砂と海水を入れ、それにハマグリを入れて、手荷物でお持ち帰りとの事。
 お世話になった、蛤浜のみなさんにお礼を言って、いざ、ゴーイング バック! ―と、そこへ‥‥。
「どこまで行くの〜? 送ってくよ!」。先ほどから、お世話になりっぱなしのご家族が車で送ってくれるとの事。「本当に、ありがとうございます!」。蛤浜から漁協まで送ってもらう。本当にありがとうございました。
 漁協で、お礼をいい、組合長さんにハマグリを見せて、「今度、また来なさいね〜!」と、言ってもらい、漁協を後に。すぐ横の、貝塚博物館に入って、また、タクシーを呼ぶ。帰りのタクシーのお兄さんも、とてもいい人でした! 漁もやるそうで、このお兄さんも貝に詳しかったです。
 野蒜の旅は、ハマグリに出合うというよりも、あったかい人達に出会う旅だったと思います。感謝と感激ばかりして、お世話になりっぱなしで、私はまだまだだと実感しつつ、今日も思い出しては、あの、野蒜で出会った人達に感謝です。
注1 宮城県桃生郡鳴瀬町は松島湾の北の入り口にあたる景勝の地。奥松島とも呼ばれます。人口1万人あまりの小さな町です

注2 加藤祐三 2004年3月に定年退職したばかり。地質学、特に岩石学が専門分野で、公開講座として一般市民と一緒に地質巡検を毎年楽しんできたが、退職後もそれを継続させている。赤嶺尚美は高校生時代に加藤教授の巡検に参加した縁があったので、日本に帰国してから挨拶かたがた相談をもちかけ、山口研究室を紹介してもらったという経緯がある。

注3 琉球大学理学部海洋自然科学科山口正士教授のインターネット上の呼び名で、MYMYとは単にイニシャルを繰り返しただけ(MYでは呼び名としてつまらない)。サンゴ礁の沿岸生物、特に嫌われもののオニヒトデなど、そして資源として有用な貝類であるヤコウガイなどの生活史や生態を研究してきたが、最近は砂浜の貝類を主な研究対象としている。詳しくは
http://www.cc.u-ryukyu.ac.jp/~coral/

注4 凝灰岩とは、火山砂、火山灰などの固結した岩石、つまり、火山から噴出した溶岩以外のくずが固まったもの。
注5  蛤浜の砂浜海岸に打ち上げられていた貝殻にはカキやコタマガイなどが見られたが、ハマグリの殻は見当たらなかった。宮戸西部漁業協同組合の組合長、尾形一男さんによれば、昔からこの海岸ではハマグリが生息しているが生息量が少なくて漁業生産の対象にはなっていなかったそうである。この蛤浜でのハマグリ探訪については、NPO法人、盤州里海の会サイトの「里海講座」で山口が記述しているのでそれも合わせて参照してもらいたい。
http://www.satoumi.net/url25.html


注6 この巻貝は同じく鳴瀬町の東名浜で、海外から輸入、放流されたアサリと一緒に移入して大発生し、アサリを食害している
http://mirabeau.cool.ne.jp/shiohigari/
tonahama.html 
http://www.sanrikukahoku.com/news/
2004_04/i/040411i-asari.html



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