ご町内会清掃オンブズマン・犬の落し物担当
樋護立彦 Tatsuhiko Higo
1941年2月、山口県生れ
思い出の貝 第三集
→(写真左上から時計回りに)ホンカクジヒガイ(和歌山県産)、オオイトカケ、チマキボラ、ハグルマミズスイ(ともに高知県土佐清水沖産)
←岩波写真文庫99『日本の貝殻』
オトメダカラ。紀伊半島以南に生息
写真上は『日本の貝殻』の図版
下は高知県土佐清水沖
写真集『日本の貝殻』

 私の手元に一冊の写真集がある。岩波写真文庫99『日本の貝殻』。定価100円、1953年9月25日第1刷発行、1959年1月20日第4刷発行とあるから、 私が18歳のころに求めたものと思われる。とすれば、同じものを中学生のときに買っていたはずだからこれは2冊目だろう。この薄い写真集こそ10代の私を貝殻 収集の道に迷い込ませた張本人である。モノクロの写真に、色彩は言葉で説明が付けてある。
 表紙にはバショウガイ、チマキボラ、ハグルマミズスイ、ホンカクジヒガイ、ユメハマグリ、シモオキザル、オオイトカケがあって、寸法は拡大されているものがあって実際の大きさとくらべて現実感が湧いてこないが、いずれも白・純白・小麦なんぞという色彩 の説明だから知らない人でも比較的容易にそれを想像できる。しかし、「オトメダカラ 淡青・乳褐・茶」では実物を見ないかぎりその色彩美は理解し難いだろう。形も、ハグルマミズスイやチマキボラのように2次元の写真からでは螺旋の妙を感じとれないものがある。
 今見てみると、写真になっているのは沿岸浅海種が多く、未だに収集の難しいものとしてはホンカクジヒガイくらいだろうと思われる。しかし、当時の私には高嶺の花、見ることもできない珍奇な種ばかりだった。この写真集の初見から何年もたって貝の実物を順次手に入れる都度嬉しい思いをしたものだった。
 やがて『原色日本貝類図鑑』、『続原色日本貝類図鑑』(保育社)あるいは外国の貝の紹介まで含めて多くの出版物が発行され、私の貝殻収集熱は募る一方となった。社会人になってもひまを見ては採集に出掛け、海外に出ても浜辺をうろつき、振り返れば半世紀の間に採集や標本整理、学会や同好会の集まりに費やした時間は相当なものだろう。中国の言葉に「玩物喪志」というのがあって、もともとは学者・政治家が骨董品のコレクションに夢中になって本業をおろそかにする、ということらしい。私の社会人としての生き方もこれに近いものだったかな、という気がする。いやいや、私にはもともと志なるものは無かったからこれはおこがましい。
 アマチュアコレクターの中にも大企業の役員を勤められた方々や学術的な業績を残された方が多数いらっしゃるのだから。それでも、この道に踏み込んだせいで多くの人々との交流や旅の思い出が積み重なり、平凡なサラリーマン人生を少しばかり楽しいものにしてもらったのだ、と掲題の写真集には感謝している。多くの方々とは未だに趣味の交流を続けさせていただいている。濫集癖のある自分のことだから、貝でなければ郵便切手とかマッチのラベルなんかでも集めていたかもしれない。対象が貝だったおかげで、造物主の妙技に触れ分類学の一端を垣間見ることができたのは幸いだった。その上、よき友を得られたのは望外の喜びといえよう。



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