千葉県袖ヶ浦。線路(内房線)から左は干潟が広がった旧海岸線でしたが、今は工場地帯となっています。機関車から見える風景は今の盤州干潟と同じ遠浅な干潟が広がっていました
千葉の養老川河口付近で見つけたバイクの残骸。人間が作って陸上で疾走していたバイクも海の中に入ってしまうと海の生物の繁殖の場となってしまいます。東京湾の生命力を感じるものでした
上総海苔の産地木更津から
浅草海苔(アサクサノリ)の再生を目ざす

 1822年江戸の海苔商人 近江屋甚兵衛(注01)が千葉県の小糸川河口付近(現君津市)に海苔養殖技術を苦労と挫折の末に広めました。私の職業はそこから受け継がれてきました。
 昭和になり高度成長と言う旗印に浦安から幕張、市原、袖ヶ浦、富津まで干潟が干拓・埋め立てされて工業地帯が立ち並び、豊かだった東京湾の干潟は絶滅に近い状態となっています。私の子供の頃の記憶では当時房総西線から袖ヶ浦付近を走ると海岸線を臨むことが出来ました。現在は大企業の工場地帯の鉄塔・煙突がそびえたつ姿を見渡せるだけです。その工場地帯は世界に誇る経済日本を象徴する事となり、多くの家族が生活できるようになりました。日本全体が恩恵を受けて豊かになっていきました。当然私たち家族も多くの恩恵は受けています。しかし、干潟が消滅することによりハマグリ、スナメリ、アオギス等々の生き物たちはその東京湾に住めなくなり去って行きました‥‥。
 時を同じくして私のライフワークのアサクサノリも消えていきました。絶滅危惧品種T種となっています。この海藻が消えたのには他の生物とは違う経緯があります。
 海苔は現在の評価は色と艶と形と言う見た目重視で価格がつきます。そんななか千葉県の袖ヶ浦にてナラワスサビ(注02)と言う今までのアサクサノリとは違う海苔が選抜されました。病害に強くて育てやすく、色艶が良く高値の海苔が出来る海苔です。あっという間にナラワスサビは全国に広まりアサクサノリは絶滅へと追いやられていったのです。
 しかし、『最近の海苔は不味くなった‥‥』『昔の海苔は美味しかった!』とお年寄りの口から聞くと‥‥その美味しかったと言う海苔を食べて見たい衝動に駆られてきました。私の職業は海苔生産です。『私が育てて食べることが出来る』と言うことでアサクサノリ復活にチャレンジする事にしました。食文化の面でも東京湾で江戸時代に紙漉きからヒントを得て浅草から広がっいった場所から再度復活させることに意義がある‥‥しかし浅草・品川沖の干潟は消滅した現在では私たちの漁場、東京湾の木更津沖の盤州干潟にて復活させようと思いました。
 まずはアサクサノリの糸状体を探すことから始まりました。何故か‥‥古来のアサクサノリの糸状体は海苔研究者からは表に出てきません。自然種は協力いただいている千葉県立中央博物館分館海の博物館研究員、菊池則雄氏からご提供いただき2年間チャレンジしました。私のミスと自然環境に恵まれずに失敗しました。今後は養殖に適した種と自然種で再チャレンジの予定です。
 そこまで考えると、究極の海苔を食べるにはアサクサノリだけでは足りない部分があります。太陽と水の自然の恵み‥‥天日干しです。昔は東京湾のどこの海岸にも見ることが出来た台簾場の風景です。パチパチと音をたてて乾く姿は今でも記憶に鮮明に残っています。既成の漁業組合・国の補助頼りの事業計画ではなく、賛助してくれる消費者・企業を募集して新しい形で東京湾の姿を見てみたい。
 天日干し加工場も復活させて江戸時代からの海苔の味を堪能したい!どちらも復活することが出来たなら‥‥豊かな東京湾が帰ってきそうな気がします。たまには利益を追う漁師ではなく、夢を現実にしたいと思う漁師になってもいいかな(笑)と思うのですが‥‥どうしても経費がかかるので個人・企業スポンサーを募ることにしました。
 興味のある方はご支援ください!!

●きんのり丸/金萬智男(きんまん のりお)さんは千葉県は内房、木更津市で夏から冬にかけてはノリの養殖、そして海苔の生産を、春から夏にかけてはアサリ漁をしている。今では希な東京湾の専業漁師の一人であり、ノリの研究家でもある。すなわち東京湾で漁(すなどり)することから、東京湾の現在をもっとも深刻に受けとめ、新しい東京湾での生き(暮らし)方を、金満さんを通して勉強したいと考えています。
(ぼうずコンニャク記)

きんのり丸さんのサイト
第二きんのり丸
ノリの養殖のこと、東京湾の生き物のことなど超盛りだくさん。実際に、きんのり丸の海苔、アサリを購入することもできます
注01
近江屋甚兵衛
おうみや・じんべい/江戸時代、ノリの生産は浅草ではじまり、当時「浅草紙」という再生紙の産地であったところから、紙漉きの製法を応用して干し海苔が作られた。江戸の人口増加と、板海苔製造開発により、ノリの需要が大幅に伸びる。江戸時代はじめには開発が進み浅草周辺の水質悪化のために海苔の原藻せいさんが、品川、大森などに移っていった。ノリの生産自体も天然のものを採集することから、ノリそだ(粗朶)を使った養殖へに変わる。1821(文政4)年、このそだを使っての養殖を上総の国周准群人見村(現君津市)で試み、その後、上総一帯に広めていった。これが今に続く「上総海苔」の嚆矢である
参考文献/『街道の日本史19 房総と江戸湾』(川名登著 吉川弘文館)


注02
ナラワスサビ
(ナラワスサビ)
アマノリ属スサビノリからの選抜品種で、スサビノリは元来銚子以北の外海水域に分布する海藻です。1955(昭和30)
年頃に三陸沿岸から東京湾に移植された種網から三浦昭雄先生(元東京水産大学名誉教授)が地元漁民とともに選抜・同定し全国に広がりました。現在全国で養殖されている海苔はこのナラワスサビから選抜された品種がほとんどです。 今や海苔の原料のほぼすべてはスサビノリであり



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