2004年8月9日
島根の旅 08
浜島根県多伎町小田漁港
ウニ漁

2004年8月5日から11日まで、
島根県安来を中心とした
旅に出かけました。
その土地土地で様々な生き物や
魚貝類に出合いました。
島根の目次へ! ■市場魚貝類図鑑
沖といっても港の前は広い磯場である。船が帰り着くとアカウニ、ムラサキウニをのぞいてバフンウニだけを木箱に入れる。
ウニをむくのは家族総出。小学生、お母さんに、おばあちゃんの3世代が仲良く並んで和気あいあい。見ていてこちらまで楽しくなる。手順は
1 ウニを割る 2 身を取り出す 3 海水の中でごみを取り除く
ここまでが漁師さんたちの仕事
 多伎町漁協で専務の藤井さん、マルショウ鮮魚の飛石さんと話をするうちに出てきたのが粒うに。すなわち世間でいうところの瓶詰めのウニである。漁をして漁港でむいて、それをすぐに塩をして瓶詰めにして作る。それが競りが終わって昼前後から漁協の下で見られるという。

 多伎漁港のウニ漁は港のすぐ前の岩礁域で、だいたい7月中旬から8月上旬までの夏、行われる。潜り漁で、漁をするのは男である。漁期は漁をしながら決める。すなわちとれる量が少なくなってきたら終了であり、なんとお伺いした8月9日(2004年)はその最終日であった。
 ウニ漁のことは当日、漁協で知ったこと。「ウニ漁のことを見るならこの競り場にいればいい」という漁協専務の藤井さんの言われるままに、ただただウニ漁の船が帰り着くのを待つ。

 建物の影を一歩外に出ると炎暑、日差しは痛いぐらいに熱い。それが日陰に入ると海風に、うとうとと眠くなるほどに過ごしよい。
 ほどなく何時の間に来たのか、おばさんふたりに、小学生ふたりが競り場に来ていて、ビールのコンテナ、合板の板で剥き台を作る。
 漁協の建物の下では2軒の漁家がウニを剥くのだという。ほどなく1隻帰り着いて桶いっぱいのバフンウニを水揚げする。バフンウニの他にはアカウニ、ムラサキウニが混ざる。
 バフンウニだけ台に乗せて小学生の男の子がウニ割でガシガシガシをリズム感よくウニを割る。それを細いヘラで身をかき出して、それがたまったら殺菌海水の中に木枠でできたザルを浮かせながら、夾雑物(ごみ)を取り除いていく。ここまでが漁師さんたちの仕事である。
 静かな港が急に騒がしくなったのは、もう1軒の漁師さんである浜勲さんの一家が集結したためである。
 浜さんたち浜富丸のみなさんは、ウニの剥き台を作り、海水を桶に張り、ウニを剥く用意を終えると、その後ろにゴザを敷いて、座卓を置く。座卓にはお握りや、焼きそば、漬け物などが並ぶ。そして大きなバケツに氷をいっぱい入れて缶コーヒーやジュース、子供のチューペット(?)などを入れる。
 浜勲さんたちは正午前に港に帰ってきた。浜富丸で漁をするのは3人であり、持ち帰ったバフンウニの漁も半端な量じゃない。「これを全部剥くんですね」と聞くと、ウニ漁はたぶん今日が最後で水揚げも少ないのだという。こちらも子供も参加してむいていく。多伎の子供はよく働くなと感心する。小学校高学年であるという女の子など大人に負けぬほどに手早くウニをむく。
 朝方、水揚げ、競りの案内をしていただいたマルショウさんは帰ってしまい、漁協の専務、藤井さんも2階の事務所から下りてこない。誰も紹介してくれる人がいないのに、「どこから来たの」とか「お昼は食べたの」とか見ず知らずの僕に気軽に声をかけてくれる。
 そのうち浜さんがアカウニ、ムラサキウニ、バフンウニを剥いて食べるように机に並べてくれた。アカウニはさっぱりと甘みがある。かたやバフンウニはうまみがあって濃厚な味。ムラサキウニはちょうどその中間的な味わいである。
 剥いたウニがある程度たまったのが昼の2時過ぎ。正午前に始まったウニ剥きの作業から2時間以上がたっている。この剥いた状態で漁協に納入する。ここから「多岐の粒うに」作りが始まる。



関連コンテンツ