浦戸湾文庫 11
高知大学理学部自然環境科学科教授
理学博士、
高知大学海洋生物
教育研究センター教授兼任
町田吉彦 Machida Yoshihiko
1947年3月30日生まれ、
秋田県出身
沼アサリは浦戸湾名物。我が国のアサリのなかでももっとも良質なもの
ヨシエビ。瀬戸内海はおろか日本中の内湾でもっとも在り来たりなエビであったもの。ところがところが築地など流通の世界から姿を消して久しい。これが浦戸湾でとれる
メナガガザミ。これは黒潮にのって来た浦戸湾の新参者。ただしこれも浦戸湾の貴重な住人です
「えがに」。これは正式名トゲノコギリガザミといいますが、宮崎県、静岡県などでも名物として珍重されるもの。これが浦戸湾名物というよりも高知県を代表するもの。これが覆砂のためにいなくなる?
ドロクイ。高知県絶滅危惧II類。環境省の絶滅危惧のカテゴリーには入っていないが、日本ではもはや危機的とする魚類学者もいます。「ぼくもここが大好きだい」と浦戸湾を愛しているドロクイ君。「ぼくのお家もなくなるの?」と泣いています
↑(左)高知市浦戸湾特産の沼アサリ。(右)三河湾産のアサリ、関東などにはもっとも普通に見られるもの。この2つのアサリのなんという厚みの違い。この沼アサリ、高知市民がなにげなく食べているものですが、これが驚くべき美味なもの。いわば「えがに(トゲノコギリガザミ)」とともに市民が地元の産物として誇りにしていいものです。ぼうずコンニャクはあまりに美味であるため『だるまアサリ』と勝手に命名いたしました。これも浦戸湾の貴重な『泥』が生んだもの。このままでは沼アサリがいなくなりそうです


まほろばアサリ
 ご隠居、相変わらず暇そうでようござんすねえ。
 おや、熊さん、まだ生きてたのかい。お前さんこそ暇を持て余しているんだろう?
 こりゃあ端っから縁起でもねえ。これでも二本足でちゃんと働いてるんですぜ。この前なんざあ、与太郎と衣ケ島でアサリ掘ってたんだから。
 ほう、そうかい。衣ケ島でねえ。で、どうだった。採れたかい?
 いや、それがね。首までつかって掘ったんだけど、ちょろちょろ。まだ腰が痛えや。
 お前さんにしては珍しく頑張ったじゃないか。アサリを掘ったついでに、あの砂を全部掘り起こしたらまたアサリが増えるよ。
 ご隠居、正気かい? あの砂地を全部耕すにゃあ百年はかかりますぜ。
 お前さん一人でやろうとすりゃあ、百年あっても足りないな。まあ、掘ってもじきに元に戻るし。
 永久に働くの? そいつぁご免だね。ご隠居、お上に耕してもらうってえのはどうです。みんなまた喜ぶと思うよ。誰も文句を言いやしませんぜ。地域が賑わうし。
 他所から来てアサリを掘る人はうれしいだろうが、漁民は砂で迷惑してるぞ。エガニも採れなくなったし。
 でも、お上はヘドロを砂で埋めたんで水がきれいになった、と言ってますぜ。
 いつ、何べん調べたか知らないが、冬なら低い値が出る。昼より朝と夜が低い値になる。洪水の後はもっと下がる。一年中ずっと調べなきゃあ。いや、二年も三年も調べなきゃあ。そもそも、砂で水を奇麗にするなんてまぼろしだよ。それにお前さんだって知ってるだろう? あそこはもともとヘドロじゃないよ。水が腐ってて、底からあぶくがブクブク出てたかい?
 そう言われりゃあ、あっしも与太郎もあそこで魚や貝をたくさん採ってたなあ。エガニもチヌ(クロダイ)もスミヒキ(コトヒキ)もいっぱいいましたぜ。
 そうだろう、ヘドロの中にエガニがいるはずがない。ヘドロの上にそんな器用な魚がいっぱいいるはずがないじゃないか。
 それじゃあ何です、そそっかしい野郎がいて泥とヘドロを間違ったんですかい?
 さーあて、それはどうかな? それが分からん。まあ、どっちみちエガニ迷惑な話だねえ。で、その時のアサリは沼アサリだったろう? 浦戸湾のエガニは沼アサリを喰って生きている。もう埋められちまったけど、衣ケ島には牡蛎の養殖筏があってねえ。あそこのエガニはカキも喰ってた。
 へーえ、エガニって奴は贅沢な野郎だねえ。ここらの地ガキは最高ですぜ。うーん、確か沼アサリだったなあ。あれも美味いねえ。ご隠居、前は沼アサリは二束三文だったんですけどね、今や高値の華。残念ながら、貧乏人の見本みたいなご隠居の口にはもう入りゃあしませんぜ。
 他人の懐具合など心配せんでよろしい。
 へへっ。また怒らしちまった。まあ、あまりカッカしなさんな。また先が短くなる。でも、この調子で砂が流れたら沼アサリもヤバイいねえ。お上はまた別の所をやるって古いお触れに書いてますぜ。瓦版には載ってないけど。
 確かに危ないな。それを喰っているエガニも危ない。このままでは浦戸湾から動物がいなくなる。
 動物がいなくなったら水は奇麗になりゃしませんかい? 動物の糞も死骸も無くなるから奇麗なもんだ。いっそすぐに浦戸湾の底をぜーんぶコンクリートで固めるってえのはどうです。動物が棲めないから水は奇麗になる。
 乱暴な事を言っちゃあいけない。でもねえ、何回も撒いたらそれに近くなっちまうんだけどね。砂は高いとこから低いとこに流れる。そこまで計算してたら怖い話だねえ。
 これがお上が言う環境創造・自然再生ですかい?
 お触れには確かにそう書いてあったなあ。でもねえ、あのお触れはそんなに出回っていないよ。私が住んでる朝倉村(注01)には届いてないねえ。
 この調子でどんどんやっちまったら航路も浅くなっちまう。そうだ、そうなったら与太郎に掘らせよう。あいつは俺より暇だから。
 泥は大事だよ。生き物がいっぱい棲んでいる。動物は糞までも他の動物の栄養になる。それで大きくなった沼アサリと、それを喰うエガニを天の恵みとして人間が有り難く頂戴する。これが自然に、ゆっくりと水を奇麗にする方法だねえ。
 でもねえ、ご隠居。沼アサリってえ名前はどうも印象が良くねえ。与太郎はダルマアサリって呼んでるけどね。
 そうだねえ。まほろばアサリなんてえのはどうだい。
 なんですかい、まほろばってえのは。今はやりの横文字ですかい? 自慢じゃあねえが、あっしは寺子屋中退だから横文字見ただけで卒倒しちまう。
 いやいや、紀貫之の時代から「土佐はまほろば」だ。美(うま)し國、美しい土地という意味の古い日本語だ。
 そうですかい。美しい土地のアサリですかい。でも何だねえ、ご隠居は平安時代の生き残りみてえだなあ。生まれた時代を間違っちゃあいませんかい?
 おいおい、勝手に物の怪扱いしちゃあいけないよ。物の怪でもよそ様に迷惑はかけてないつもりだ。まあ、お上には痛いほど考えて欲しいものだねえ。
 そうだ、エガニに指を挟んでもらいましょう。まぼろしから醒めて、まほろばに目覚めるにちげえねえ。
注01
朝倉村:現在の高知市朝倉地区。市内を流れる鏡川の西の区域。(戦後、高知市に組み込まれた。高知大学本部、教育学部、理学部、人文学部はここにある)

町田吉彦 Machida Yoshihiko http://www.kochi-u.ac.jp/w3museum/fishlab.html



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