浦戸湾文庫 10
高知大学理学部自然環境科学科教授
理学博士、
高知大学海洋生物
教育研究センター教授兼任
町田吉彦 Machida Yoshihiko
1947年3月30日生まれ、
秋田県出身
絶滅が危惧される四国のツキノワグマ(提供:四国自然史科学研究センター)
県内で撮影したオオサンショウウオ(特別天然記念物)
春野町のドジョウ(高知県絶滅危惧II類)
学習会の子供たち。海の生きものや、環境などを子供たちに教えることは非常に大切なことである。自然から遠く離れてしまったら、それは子供たちに精神的な危機があるかもしれない。自然学習会はぼうずコンニャクも参加・お手伝いしたい。ただし、これを自然破壊を伴う事業の隠れ蓑に使われると「いやだな〜」
↑特別天然記念物ニホンカワウソの剥製(高知県佐賀町役場)。この希少な動物を助けるためには、人工増殖なども必要かも知れないが、いちばん重要なのは無駄な開発や自然破壊をしないこと。森や川べりの自然を回復させることだ。町田吉彦教授の文章の序に変えて、高知県民(もちろん人であるならばすべて)の方たちよもっと生きものと、目の前にある自然のことを知ろうではないか。
(ぼうずコンニャク記)



何でだろう?
 高知県ではプロジェクトを民間から募集し、事業化している。私は住民参加型の県政を否定しない。むしろ歓迎する。ただ、責任の所在が曖昧になっては困る。かつて私に、天然記念物を紹介する小冊子の作成で県からお座敷がかかった。このプロジェクトは、市民団体の提案を県が採択したものである。県はこの団体から発案者を委員に選んだ。これは当然である。この方は動物に詳しかったが、一口に動物といっても幅が広い。私はこの団体には所属していないが、私以外の人たちにも声がかかった。委員はそれぞれ動物の専門家である。激しい議論が委員どうしで、また、委員と県の担当者の間で交わされた。議論はもめにもめたが、担当部局がリーダーシップを発揮し、各自の意見を調整して見事にまとめ、作成にこぎ着けた。税金を使って行う事業である。どんな予算規模であれ、この姿勢は貫かれるべきである。浦戸湾の覆砂計画がどんな経緯で事業化されたのかは知るよしもない。ただ、民間からの発案であっても、最終的な責任は事業主体者にある。あちら様の提案ですからでは、納税者は納得しない。
 事前・事後の生物のアセスメントをどこの組織に依頼するかは事業主体者の判断である。しかし、生物のアセスメントを実施する場合、最低でも1年かけるのは常識であり、その結果の審議にさらに時間をかけることが実行されている。国土交通省の河川水辺の国勢調査は、定期的かつ長期的展望で行われている。基礎資料の蓄積なくして自然は語れない。
 覆砂が実施されると知りながら埋められる生き物を調べないのは、子供相手に生き物の学習会を担当した私には耐えられなかった。ややランクの低い絶滅危惧種は、学習会に参加した皆が確認した。過去の資料があるわけではない。初めてのフィールドである。これ以上のランクの種がいるかどうかは、私自身も見当がつかなかった。こんな状態である。自然が相手の調査は、やってみなければ誰も、何も言えないのは明らかではないか?
 自然は複雑である。提案者も事業主体者も、砂がこれだけ広がることをまったく想像していなかったと考える。仮に、シミュレーション(模擬実験)で砂の動きを予測したとしても、現実にはそうならないこともある。その場合、なぜ一致しなかったのか、モデルを再吟味することになる。それには、現場でのデータの蓄積が必要である。これが科学の普通の手段であり、一歩前進することである。アサリが突如として大発生したのち激減したのも、未知の希少種がいたこともこれと同じである。現実を現実として認め、それを次に生かすことが何故いけないのか理解に苦しむ。まさしく、何でだろう? である。
 私には職業として、社会の倫理・常識に反しない範囲での研究の自由が保証されている。研究の自由の保証は、その成果を社会に還元する義務があることを意味する。要らんことをする暇な奴、事業の邪魔をして、と思う市民がいても、それは個人の自由である。しかし私にとって、希少種の発見を隠し、覆砂の悪影響に目をつぶることは自らの職業を否定することでしかない。事業担当者はより優れた方策を探り、実施するのが職務である。すなわち、方策を探る過程において、新たな事実を踏まえて議論し、計画を再検討するのもまた職務なのである。子供たちに大人の世界はこうなんだよ、と諭すのもまた私の義務かもしれないが、この状況だけは絶対に避けたい。
 話はきわめて簡単。浚渫した土砂の処理と埋め立ては別次元の問題である。低地に埋めるにしても、国分川の土砂では周辺の住民が拒絶するだろう。かつて、土砂をはるか沖に捨た事実がある。ただし、これが最善の策とは安易に言わない。安全性を徹底的にチェックし、データを公開する必要がある。浚渫した土砂を浦戸湾の埋め立てに利用するのは一見、経費節減の名案のように思える。しかし、すでに撒かれた砂が日々、泥底に依存する動物を脅かしている。さらに追い討ちをかけるのか? どんなに奇麗な砂を使っても、どんなに水質浄化を謳っても、覆砂は浦戸湾を再生するどころか環境の悪化を招くだけでしかない。覆砂の肯定は、2年前までの私がそうであったように、浦戸湾が実は高知市民にとって身近な存在ではないからに相違ない。浦戸湾のエガニは美味い。ぜひ賞味して欲しい。その感動は、環境創造・自然再生の幻想を瞬時に蹴散らすだろう。

町田吉彦 Machida Yoshihiko http://www.kochi-u.ac.jp/w3museum/fishlab.html



関連コンテンツ