2002年4月14日
桧原村への旅 その1
我が家から向かうと途中で耳がキーンと変になる。
そんな標高にある奥山桧原。
まだまだ野生がたくさん残っている。
イタドリがにょきにょき。
スミレサイシン
ヤブレガサ
マタタビの新芽
ミミガタナンテンショウ
ホウノキの新芽
バライチゴ
チャイロヒダリマキマイマイ
 春と言っても窓の外は若葉が目に眩しくて初夏のようである。これじゃ〜、春よ来いと言う前に、突然春になり、そして春は去っていたのだろうか? このまま春らしさを満喫しないままに、梅雨にでもなってしまったら大変ではないか。僕は家長として朗々と告げて「春に後戻りする旅」を提案する。
 日帰り、しかも朝早く出て、昼過ぎには家に戻ってくると言う慌ただしい小旅でも、前夜は大変である。お握りを作ったり日頃汚くしている車の掃除をしたり。これだけでヘトヘト、なんていかにも40代後半。しかも僕は全然手伝っていない。
 車で1時間ほどなので朝は7時前に出る。日曜日の一般道はいつもながらにすいている。すいすい走って、いちばんの難所、小峰峠にくると、なぜか道が新しくできてトンネルが貫いている。出れば、あっという間に五日市、あきるの市である。
 秋川は川遊びをする人でごった返している。ジーンズでじゃぼじゃぼ川の中を走り回っている子がいる。なにやらピンク色の上着をきた大人が川の中に旗を立てている。駐車場も満車にちかい。五日市街地から桧原に抜ける道々、御祭礼の提灯が目につく。今日はお祭なのだろうか? 春祭りだ! とこちらまで心が浮き立ってくる。
 桧原に近づくとヤマブキが満開、見上げる山並にたくさんの黄金色が散らばっている。杉林のなかのゼンマイは葉を広げているし、野菜直売所にはタケノコも見える。子供達もうきうきして歌を歌うが、太郎だけが車酔いで口数が少なくなってきたのが心配。ビニール袋を渡す。
 いつものように秋川を左にまがってこれからは本格的に山を分け入って行く。
 自宅からあっという間にいつものお散歩道への入り口についた。着いた途端に見渡す限りのイタドリ、スミレ、そしてぽつりと立っているのが「まむしぐさ」である。本名ミミガタナンテンショウ、見た目も無気味であるが草全体に毒を持つ。
 3歳の子供もいるのでゆっくりゆっくり山を登る。さすがにここまで来ると肌寒い。ウツギやツツジはまだつぼみが目立つ。末娘は手にお握りを持ちかじりながら登る。そのお握りを「おとう」と僕に持たせて、先を行く姉兄を追い越して行く。



 さすがにここは標高が高く肌寒い。日野よりも半月は季節が遅いようだ。楽しみなバライチゴやモミジイチゴなどは、まだ花を咲かせたばかり。実が食べごろになるのは5月になってから。5月から7月にかけて、とれるイチゴが移り変わる。我が家の山登りは下を見てばかりだが、見上げるとヤマザクラは満開である。
 ウグイスを聞きながらたどる山道はうっとりするほど心地よい。しかしこんなときがいちばん怖い、「おらおら〜」、太郎が大きな岩を道から落とそうと持ち上げている。ここで一発、カツを入れなければ。
 林の中に見えるのはモミジガサとヤブレガサ、これはたっぷり持って帰れそう。緑色の花のように見えるのがホウノキの新芽、なんとも柔らかそうで、しかもどこかコケティッシュな魅力がある。「きれいだな〜」と呟くとなぜか妻が笑う。
 妻はサンショウの葉をちぎっては鼻に突っ込んでいる。刺激的な香りに目が覚める。これを太郎と娘がまねて「げっ」と仰け反って笑い転げている。
 頂上まではほんの1時間で着く、子供達は下り坂が大好きなのですぐに取って返す。走っては転け、走っては転け、キズだらけになるのに時間はかからない。
僕と妻は下りながら山菜を摘む。モミジガサ、ヤブレガサ、マタタビの新芽。子供達はイタドリを折り、かじってはすっぱ〜いとはしゃぐ。
下りてきて、木材の積み出し場が合った場所にスミレサイシン、ケマルバスミレの群落。ぽつんとエイザンスミレが咲いている。
 下り坂で一番の発見は山の水が滴り落ちる崖で鳴くカエル。「ククコ、ククク、ククコ、ククク」となんともかわいらしい鳴き声。ミズの間の崖の裂け目で鳴いているが、ついに姿は見ることができなかった。そしてもうひとつ、長女が見つけた大きなヒダリマキマイマイ。これがビックリするほどするほどでかい。

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