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千葉県小見川町
がんこ親父としっかり女将さんの
作り出す利根の絶品
うなせん 02

目次市場魚貝類図鑑
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蒸すあがったところ。この皮を触るとふわりと柔らかい。これをちょっとでも手荒く扱うと崩れてしまう
蒸して焼きにかかるのを見計らって女将さんが次の串を入れる。この呼吸の合っていること
タレをつけて焼く。このときすでに菅谷さんの顔つきが変わっている。真剣勝負なのだ
キモ吸いの肝の大きなこと。なぜか味わいは軽く癖がない
食べた後もいろいろ教えていただきました。天然ウナギはだいたい9月から11月はじめまで。冬には野鴨料理に変わる。野鴨はご主人自ら撃つのであるというが、この猟のときの射撃音のために耳が遠くなり、それがために声が大きいのだ。もう一度会いたいなと思わせる人柄である
わざを目の当たりにする
 店に帰り、席で待つと、ほどなく「入って、入って」と呼ばれる。入ると手を洗わされて、蒸し上がった皮目を触って見ろと人差し指を引っ張ってちょんちょんと押しつける。「豆腐のようだろ」と言われるまでもない、まさにこの指先に触れる感じは絹ごし豆腐のそれである。
「これを蒸し器から出すのはなかなできるもんじゃないんです」、そして「これを焼くのも、焼き加減も、これは誰にもできません」。もうこれからは声をかけられない。蒸し上がったものをタレに浸して静かに焼き台の上に置く。焼き台は炭火ではなく電気のようである。これには少々がっかりしたが、後々、そんなものなんら味わいに関係ないのだと思い知らされた。


↑「かぶと煮」。このついてきたショウガがいい味

 席に着いて、少し間があるようなので、中島さんと「ビールでも飲みましょうか」と娘さんにお願いしていると、「ビールはだめ、だめ、食べた後ならいいんですけど、今日は我慢してくださいね」とすかさず声がかかる。仕方がないので少しだけお茶を含み、脇に添えられたウナギの頭を佃煮風に炊いた「かぶと煮」をつまむ。「ああ、おいしい」おもわず声を漏らしてしまって鈴木さんに同意を求めると、静かにうなずいてくれる。この「かぶと煮」の味が甘みもしょうゆの塩辛さも程良くて、絶品である。しかもホロホロと口の中でほどけていくほどに柔らかい。この味わいに突然、ぼんと蒲焼きへの期待が高まってくる。よくみると脇のお新香の取り合わせもいいではないか。

頑固親父としっかり女将のつくる
これぞ至福の味わい
 そして待つほどに、どっしりと重い重箱がくる。そしてキモ吸い。
 まるで秘密の玉手箱をあけるようにふたを持ち上げると、香り立つ香りが予想外に軽い。蒲焼きは店によっては強い焦げた香りと、みりんやしょうゆの持つアミノ酸の香りが相まって食べる前からげんなりさせられることがあるが、ここのはそれがない。しかも思わす「すごい」と声を上げてしまったのは、蒲焼きが大きくてご飯がほとんど見えない。ご飯とウナギの比率が五分五分に近いのではないか。
「ご飯、足りなかったら言ってくださいよ。蒲焼きが大きいでしょう。ご飯足りないでしょう」。店には午後も長けてきたというのに2組のお客が見えて、厨房はてんてこ舞いのはず。それでも気配りを忘れていない。
「さっそく冷めないうちに」という中島さんの一声で蒲焼きに箸を入れる。「柔ら、か〜い」。すかさず奥から「硬くないでしょう。天然というと硬いと思っているでしょ、これね料理の仕方次第なんです」と声がかかる。しかもよく見るとぶ厚い、ぶ厚い身の内の色がまばゆいばかりに白く輝いている。
 軽い香りとともに口に放り込んで噛み、口内を狭めると舌の先からバクバツが起こった。それは瞬間に消える鋭角的なうまみの一撃であり、まもなく穏やかな広がりのあるうまみが口中を支配していく。「甘〜い」、この甘みはタレのものではなく、間違いなく身からきている。ウナギそのものが持っている甘みだ。中島さんのほうから「ふ〜ん」というため息とも、なんとも言えぬものが聞こえてくる。ほどなく鈴木さんからも聞こえてきて、きっと全員が同じなんだなとこれには笑ってしまう。箸が止まらない。食べるほどにわかってきたのは、うまいという中にグーンと粒だってうまいのが混ざる。気になって、ふっくらとくびれた皮だけ口に入れると香ばしさというか、風味がつんときて、うまみがねっとりと下に絡みつくようだ。皮がいちばんうまい、最高だ。しかもこの身と皮の差は言葉にできないほどに微妙なものであるが、その差は誰が食べても歴然としているものだろう。
 あれほどのボリュームのものがあっという間に消えていく。「惜しい、おしい」、残る蒲焼きが愛おしい。ご飯を追加しようかと思うが、ご飯ではなく、もう一枚蒲焼きが欲しくなる。
「蒲焼きをもっと欲しいですね」と同意を求めるように言うと、鈴木さんのクールな顔に驚きのような、呆れられたような、きっと後者の表情が浮かぶのが見える。
 仕方なく、忘れていたキモ吸いを飲む。このキモ吸いに入っていた肝が大きいのは、まさに今食べた天然ウナギのものであるからだ。癖がなくあっさりしていい味わいである。
 ここで振り返るのは築地や、その他仲買の利根川河口ウナギの不評である。これらがまったく実の利根川下りウナギを食べた経験によるものでないことは間違いないことである。
 ただしこんな「噂がでた」のはなぜか? それはまったく明瞭である。だいたい実際に利根川下流域でとれるウナギなんて幻なのだ。この幻の度合いは半端な度数でない。2003年の10月に絶滅したトキほどではににしても、それにかなり近い利根川下りウナギ、「めったにくえね〜ぞ」と見栄をきっても仕方ないか? まずお目にかかるのも至難の代物だ。食べていないからこそ出る不評なのだ。
 天高くというがこの利根川周辺の秋空は遙かに高く爽やかである。「利根の川風、袂にうけ〜て」、利根の天然ウナギを食う旅は今時、最高の贅沢。この贅沢を来年も再来年も楽しみたいと切望する、ぼうずコンニャクでした。
2003年10月10日取材
●利根川の下りウナギの漁を始め、利根川の生きものなどは、これからHPの作成をしていく予定です。利根川を巡る開発や多くの事業はこの貴重な天然ウナギに大きな危機をもたらしている。
予告/この利根川紀行はウナギ鎌漁、ともえ網の模様や、同「うなせん」でのコイ料理などどんどんページを増大させていきます。



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