2004年10月7日
三河の旅 04 『一色市場へようこそ!』・堀さんのこと
2004年8月7日から翌8日まで、愛知県幡豆郡一色町を旅しました。
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04/10.07 04

 一色市場からほんの5分で掘淳さんのお宅に到着した。建てたばかりであろう瀟洒なお宅では奥様の行柄さんが待ち受けてくれている。まことに穏やかな面もちの行柄さんは、初めて出会う人すべてに安心感を与えてくれるのかも知れない。しかも今もとても美人である。
 実を言うと間違いなく堀さんも、当然、行柄さんもまったくの初対面である。それなのに堀さんご夫婦の暖かい雰囲気にすぐに和んでしまった。朝食のテーブルに誘われる。食卓には並びきれないほどの皿がある。これには退院後、体調がもどらない身にも食欲が湧いてくるのを感じる。
 食卓には、メイタガレイ、小振りのキンメダイの干物、アイゴ、カイワリの煮つけ、ウルメイワシの煮つけ、ウルメイワシの酢の物、生ピーナッツとゴボウ、レンコンなどの煮物とちょっと覚えきれないほど並んでいる。それがどれも程良い味つけで箸がすすんでしかたない。特にメイタガレイはほんの10センチ足らずのもので、これがいい味わいで酒の肴に持ってこいなんて思ってしまう。もともと朝は3杯飯を食べるのだが、体調を崩してからは1膳飯に徹していた。じゃあいったい堀さんのお宅で「何杯食べたか」っていうと3杯飯を食べたんです。
 堀さんは1930年生まれで70歳を過ぎているということであるが、分野はわからないものの専門家であった人が持つ独特の話しぶりを感じる。お聞きすると水産試験場にお勤めであったのだという。そこでノリ養殖では画期的なというか、今現在我々がふんだんに海苔が食べられるようになった画期的な発見を成し遂げている。これに関してはまた三河での海苔のこととともに書くつもりだが、中国でのサケの孵化・放流事業など堀さん自身にお聞きしておかなければならないことが多そうである。
 さて、和やかな秋の日差しが射してきて、どこか物憂い気分になってきた。考えてみればここ数日ほとんど睡眠をとっていない、もちろん昨日来の睡眠時間は40分だけ。飯塚さんともども、贅沢にも朝風呂を湧かしていただいて、ゆったり湯船につかるうちに重くのしかかっていた疲れが解消していく。
 汗を流して、食卓にもどると飯塚さんと堀夫妻がのどやかにお茶を飲んでいる。またここで話が弾んで、うつくしい行柄さんと堀さんのなれそめを聞いてしまった。

 堀さんは蒲郡にあった愛知県水産試験場に勤めていて(何歳くらいの時かは聞いていないが)、そこで二人は恋に落ちてしまったという(古い表現だが)。水産試験場には男性が多くて女性は数えるばかり、そこで貴重(?)な妙齢の女性を、高い倍率をクリアしてゲットしたのだから堀さんも、きっと魅力があったのだろう。そんな職場であるから秘めやかに進行していた恋愛の日々が、あるときを境に白日の下にさらされてしまう。
 そのあるとき、調査のために沖に出ていた堀さんの船が暴風雨に遭遇し、まず助からないだろうということが場内に流れてきた。そこでひとり激しく泣きじゃくったのが行柄さん。だいたい試験場に勤務する理科系の人種は野暮なやからが多いものだが、そんな朴念仁にもこの涙の意味はわからないはずはない。そして、きっとこの涙が天の神様に届いたためか堀さんは急死に一生を得て帰り着く。そして後は「語らずともわかるだろう」。

 日差しから時計を見ると8時を回っている。ここで知り合いの水産会社の方に紹介していただいた、毎味水産に連絡を取る。少し仮眠をとり10時に行きますというと、すぐに来ないと会えないということで急いで市場近くの毎味水産に向かう。
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