アサリ 掲載種番号08

 アサリは東京湾最湾奥でも元気に生き残っている。また東京都内でも水揚げされているのである。また江戸時代からの文献でももっとも庶民の慣れ親しんだ味覚ともいえよう。
 日々の生活にあってアサリが如何に重要であったかは『聞き書 東京の食事』(農文協)に詳しく、東京(江戸)市内における深川からの貝売りに関しては無数の書籍に書き記されている。ひとつ取り上げると、『明治商売往来』(仲田定之助 ちくま学芸文庫)に明治時代、日本橋の情景として「深川や佃島あたりでは東京湾の海で貝類がよくとれた。その浅利貝、蜆、蛤、またときには赤貝、それら剥身などのはいったいけすを天秤棒で担ぎ、大川をこえてやってくる貝売りがあった。『あさりィ、むきみョゥ』とか『あさりィ、しじみョゥ』とか、若い衆が威勢のいい声をはりあげて流してきた。」と書かれる。
 また築地などでの聞き取りでも東京湾のアサリは1985年(昭和60年)くらいまでは市場に溢れていたという。船橋で貝の荷主をしている吉種登さんによると、「昭和60年くらいまではアサリは山のようにとれていた。それを一斗樽で計り(16キロ見当)、竹で編んだカゴに入れて埼玉、築地などに卸していた」と言う。この頃までは浦安、船橋、木更津、富津などでは「貝むき」が盛んであったという。これが佃煮や深川飯の材料となっていたのだ。
 面白いのは江戸東京を代表する食べ物、佃煮のなかでもアサリは重要なもの。東京都内には老舗とされる佃煮屋は多いが「あさりの佃煮」は定番のひとつだろう。その材料が本来の江戸前でまかなえなくなって、同じく東京湾千葉に三河、九州に求め、それが朝鮮半島、中国ものになってしまった。現在の漁獲量での第1位は愛知県、2位が千葉県となっている。それが国内でまかなえなくなった最大の原因が九州有明海などでの激減である。佃煮と言えばアサリを材料としているだけましなほう。「あさりの佃煮」自体が高級品になってしまっている。それを補っているのが東南アジア、中国などからのアケガイをはじめとする二枚貝なのだ。
 そして現在の東京の地物東京湾でのアサリのこと。今、漁獲量があるのが都内では羽田。千葉県では市川市行徳、船橋、木更津、富津。神奈川県では金沢区、横須賀市東部などである。千葉県はアサリの水揚げ量国内第2位(第1位は愛知県)をほこっているのをはじめ思った以上に東京湾のアサリは健在である。ただ、これで「貝むき」や加工業にまで繋げていくほどにとれているとは思えない。またアサリは不漁時に各地から移植が行われている。確たることは言えないのであるが、輸入されたものもあるのだ。そのためにアサリの天敵サキグロタマツメタが東京湾にも棲息する。これを総て東京湾での自然発生でまかなえるようにできれば理想的だろう。
 さて東京湾のアサリが健在であるといっても、まったく需要には遙かに応えられない。築地など東京の市場に入荷してくるのは全国各地、また輸入ものも多い。国内でのアサリの需要はだいたい10万トン前後。これを1988年までは国内産でまかなっていた。それが徐々に輸入ものが増えて1993年には国産と逆転してしまう。海洋汚染が改善されているというのに、アサリが激減してしまっているのは明らかに諫早湾埋め立てのようなまったく意味のない干潟の開発が進んだためであろう。悲しいことに市場でアサリを見ていると国内での干潟がいかに無謀な開発に晒されているかが如実にわかるのだ。
 特に寒の時期は輸入物が多く、韓国、中国ものがほとんどとなる。春になると東京湾千葉、三河湾、浜名湖、九州ものの入荷が多くなる。また見逃せないのが北海道からのアサリである。全国的に見ても一大産地であるために非常に市場では目立つもの。ちなみに北海道産は灰色一色でときに明るい茶が混ざる。中国朝鮮半島は文様が薄く灰色がかる。純国産ものは色や斑紋が明確である。市場で見る限り値段は産地ではなく大きさによって決まる。大きいほど高い。ただし北海道ものは大きくても貝殻が厚いとして嫌う人も多く、大きさによる値段が必ずしも比例しない。
 さて、江戸前という言葉は本来はウナギに対して使われてきていたもの。それが戦後食料統制時代に握り寿司にも使われるようになってきた。そして現在では東京湾でとれる魚貝類を差すこと言葉となってきているのだ。とするとアサリはまさに江戸前の貝である。いつまでも東京湾でのアサリ漁が健在であることを祈りたい。

東京湾でのアサリ漁のことなどは
「第二きんのり丸」
http://www.kinnori.net/
盤州里海の会
http://www.satoumi.net/
などから現状を学び取ることができる
資料/独立行政法人水産総合研究センター、『新 北のさかなたち』(北海道新聞社)他、多くの方々に情報をいただきました

■この項、引き続き書き、そして改訂する
■市場魚貝類図鑑・アサリのページに
東京のさかな目次へ
↑品川京浜運河で見られたもの。色文様が多彩であり、くっきりしている。まさに江戸前の地物

●基本データ
東京での呼び名/アサリ
全国/北海道から九州まで。関東の市場で多いのは愛知県三河湾、静岡県浜名湖、北海道、東京湾。ただし量的にいちばんなのは中国、韓国
旬/旬は春だと思うが、年末と真冬をのぞいて味が落ちない
多い/輸入、国産と非常に入荷量の多いもの。市場に欠かすことのできないもの
普通/小さいもので1キロあたり600円から1000円上。
一般的/日本の食生活にあって当たり前のものである
北海道産のアサリ
中国産は文様がはっきりしない。また色合いもぼやけている
東京鳥越の佃煮屋において



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